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【小説】デズモンドランドの秘密㉝

※前回はこちら。

「藤山、今まで何を――」
「ご、ごめんなさい……」
「責めてはいない、心配してたんだ」
 修治は上に向かって首を横にふりました。
「……ヤマとヘイハチがきてるよ。壁でも作ってとめようと思ったんだけど、よく分からないけど、連中に近すぎると玉座の力が使えな――」
 流花の声が途中でやみました。
 次の瞬間、本棚が倒れてハッピーラビットが押しつぶされます。
「藤山、こいつは敵じゃない――かもしれない」
「あ、そうなの……?」
 流花はゆっくりと本棚を起こします。
「ぷっはー!」
 本の山からハッピーラビットが飛び出してきました。
「おい王様、ずいぶん派手にやってくれるじゃないか! ぼくがほんとのウサギだったらそれこそ目もあてられないことになってたよ!」
 少しうすくなっていましたが、元気なので問題なさそうです。
「ごめんなさい、あなた、私たちの味方なんだよね?」
 流花は早口で訊きました。もうすぐそこまでヤマたちがせまっているのでしょう。
「ぼくはこの世界の味方さ。君たちがこの世界のために働くなら協力してもいいよ」
「分かった。まずは、すぐそこまで連中がせまっているから、佐伯君を連れて上手く逃げてくれない?」
「利害が一致したってことだね、それなら何とかしてやろうじゃない。ただね王様、ぼくだって連中にはかなわないんだ――ぼくは争いが大嫌いな平和主義者だからね。でも、走るのなら誰にも負けない――滑走路!」
「えっ?」
「ぼくが走るための道を作るんだ! なるべくきれいに、長く、まっすぐ!」
「分かった、上手くできないかもしれないけど」
 目の前の本棚や壁に穴が開き、一直線の道ができました。はるか向こうに外の光が見えます。どうやら、建物を貫通する道ができたようです。
「まあまあだね。じゃあいくよ!」
 ハッピーラビットは闘牛のように右足で地面を蹴ります。
「そうだ、大事なこと――大事なことを忘れてたよ」
 本棚のかげに消えたと思ったら、木のはしごを持ってもどってきました。はしごの端に力をこめると、まるであめ細工のように先端が曲がります。
「何で木なのに簡単に加工できるんだとか野暮な質問はなしだよ、漫画だからだもん」
「そんなことより、何やっているんだ?」
「そりだよ、そり作ってるのさ!」
 ハッピーラビットは目を丸くしました。
「さっきもいったでしょ? ぼくは力がないから君なんかおんぶできないよ。それにぼくは馬じゃないから君なんか乗せない、だから代わりにそりを作って君を引っぱってあげようとしてるんじゃないか!」
「背中に乗せるのはだめなのに、ソリを引くのはいいのか」
扉の向こうからヤマの「ドアをぶち破れ!」という声が聞こえてきます。
「じゃあいくよ! さらば我が家! 別に思い入れもないけどね!」
 修治ははしごに腰かけました。ハッピーラビットははしごの先を持ちます。必然的に修治は斜め後ろに傾いて、落っこちそうになります。
「先っぽを曲げてもそこを手で持ったら、ただはしごを引きずってるだけにならないか?」
「それじゃあ出発!」
ハッピーラビットはかけだしました。二人は流花の作ったトンネルを疾走します。連中のアジトの壊れた壁がものすごい勢いで後ろへ流れていきました。
引きずっているはしごに乗っているだけなので、ゆれるし不安定で仕方ありません。
(落ちたらすり傷じゃすまないな)
 不意にのぼり坂になったかと思うと、浮遊感を感じました。
どんよりとした赤黒い空が現れ、乾いた土と石だけの不毛な大地がせまってきます。
流花はきちんと道を作ってくれたようですが、ハッピーラビットが速すぎて、トンネルの出口ののぼっている部分で、大きくジャンプしてしまったようです。
「おい、俺はデズモンドワールドの住人だぞ!」
 修治は落ちていくはしごにしがみつきながら怒鳴りました。
「あ、あらら……」
 一緒に落ちているハッピーラビットは頭をかきました。
「えーと、ちょっと待って。はしごを上手いこと作り替えるから」
 ハッピーラビットははしごをつかんで力をこめます。
 ぱきんという乾いた音がして、はしごが真っ二つになります。
 ハッピーラビットは肩をすくめて苦笑いします。
「笑いごとじゃない!」とさけびたかったけど、それどころではありません。
 地面がせまってきます。高さは一〇メートルくらいでしょうか。生身の人間にはつらい高さです。
 その時、目の前の地面が白い砂に変わり、砂煙をあげながらもりあがりました。
 修治は砂の山に突っこんで、そのまますべり落ちます。
 起きあがってふり返ると、ハッピーラビットが砂の山をくだってこちらに走ってくるのが見えました。
「けがしてない?」
 空から流花の声がふってきました。彼女が大地を砂山に作り変えてくれたようです。
「助かったよ、あやうく死ぬところだった」
「それと、これ――」
 二人の前に、はしごの破片が飛んできました。はしごはみるみるうちにリヤカーに姿を変えます。かなりいびつですが、はしごよりはましに見えます。
「ハッピーラビットさん、本当にあなたを信用していいの? あなたの近くにあるものを変化させようとしても上手くいかなかったり、あなたの近くを見ようとすると映像が乱れるんだけど」
「失敬な! ここまで修治君を連れてきた部分を評価してほしいね!」
 ハッピーラビットは空に向かって甲高くさけびました。
「分かった、ごめん。信用するから、それに佐伯君を乗せて引っ張って、お願い!」
「よしきた!」
 ハッピーラビットは空に向かって敬礼すると、リヤカーの取っ手をつかみました。
「俺が乗るまで待て!」
 そのまま走りだそうとしたので、急いで飛び乗ります。
 ハッピーラビットは修治にかまうことなく走りだしました。
「ハッピーラビットさん、佐伯君をおいていったら協力しないからね!」
 流花の怒った声がしたかと思うと、後ろで大きな地鳴りが聞こえました。
 ふり返ると、すぐ後ろで大地が割れて崖のようになっていました。
「こんなのじゃ足どめできる気がしないけど、まだこれくらいしかできないの」
 天から流花の声が聞こえてきます。連中が追ってこれないようにするつもりのようです。
修治は、トミー・パピーが流花に柱を壊させたり作り直させたりする時、「ぼくたちが危ないから離れたところの柱でやって」といった本当の理由に気づきました。
(もっともらしいこといっていたけど、あれは、連中に近すぎると力が使えないからだったんだ)
「これからどうするつもりなんだ?」
 修治はリヤカーにしがみつきながら訊ねます。
「逃げるだけさ、落ちついたところでもう少し本を調べたいね。連中の中から偽者のキャラクターを突きとめたい」
「逃げなくてもその本を調べる時間が確保できればそれでいいんだな――藤山、聞こえていたか?」
「うん。ハッピーラビットさん、これから前の方に洞窟を作るからそこに逃げこんで! あなたが入ったら入口を閉じるから!」
「なかなか君たちさえてるねえ!」
 ハッピーラビットは甲高い声でさけびました。
 前方に砂嵐が巻き起こったかと思うと、地下に通じる穴ができました。
 ハッピーラビットと修治を乗せたリヤカーは洞窟の中に入りました。洞窟の中はひんやりと冷たくて、下り坂になっていました。ほとんど前が見えません。
「藤山、明かりはどうにかならないか?」
「やってみる――」
 洞窟の中がぼんやりとうす明るくなりました。洞窟の壁に等間隔でろうそく立てがくくりつけられています。ところどころ何もないろうそく立てがあったり、火がついてないろうそくがあったり、ろうそくが落ちてしまっているのは、まだ玉座の力を使いこなせていないせいでしょう。
「これでちょっとは見えるかな――あ、もうすぐいきどまりだからとまって!」
 ハッピーラビットは体を斜めにして両足を突き出し、漫画のように急停止しました。
 投げ出されそうになった修治は、とっさに手すりをつかみます。
「いいじゃない、なかなか快適そうな洞窟で」
 ハッピーラビットはあぐらをかいて本を取り出します。修治も後ろから本をながめます。英語ですが、デズモンドによる造語が多いせいかほとんど読めません。
「藤山、連中は何やってる?」
 修治は洞窟の天井に向かって話しかけます。
「えーっと――」
 しばらく流花の声が途切れました。
「大丈夫、少なくとも近くにはいないよ。デノセッドが一番近いけど、別の方向に向かってる。連中のアジトにはヘイハチがいるみたい。仲間は数が多すぎてなかなか調べきれないけど――ああ、アジトにスインガさんとベラニさん、カカさんが捕まってるよ。鳥かごみたいのに入ってる」
「逃がせないか?」
「……だめ、鳥かごに近づくと連中の近くにいるのと同じ感じで力が使えないし、声も届かないみたい。映像も乱れて――ごめん、もうちょっと見たいから一分だけ留守にするね」
 流花の声が途絶え、洞窟が静まり返ります。
「その本は俺たちの世界にもあるんだよな?」
 修治は本を指差しました。
「何とかして俺たちの世界にあるその本を手に入れれば、どこが改ざんされているか分かるんじゃないか?」
「それはむだだね」
 ハッピーラビットは首を横にふりました。
「この世界のキャラクターが消えると、君の世界でも、そのキャラクターの出ている作品が忘れ去られて、風化していってしまう――それはね、キャラクター以外でも同じなんだ。君の世界にある本っていうのはこの本の写本だ――つまり、この本に依存してしまっている。この本の内容を変えると君の世界にあるこの本の内容まで変わってしまうんだ。だからむだだね。今できるのは、この本をよく見てどこがどう変えられたのか考えることだけなんだ」
「ただいま」
 流花の声が聞こえました。
「ヒッチコックがアジトから出て、そっちに近づいてるよ、たぶん気づいてはいないと思うけど。そっちは何か分かった?」
 視線の気配が修治たちの背後に移動しました。本をのぞきこんでいるようです。
「俺にはさっぱりだ。ファットチキンさんたちもいるんだろう? 本を見てもらってくれないか?」
 流花の声が小さくなりました。何やらぼそぼそいっています。
「……ファットチキンさんいわく『映像だけじゃ分からないけど、デズモンド作品の詳細を書いた本でありそれ以上でもそれ以下でもない』って。つまり、よく分からないみたい。あと、ピンクキャットさんは『きれいに加工されているから、その本は連中によってではなく、デズモンドの住人の誰かが適切な方法で書き変えたんじゃないか』っていってる」
「それは、味方の誰かが連中に加担してるってことか?」
 信じたくはありませんが、ガボエの例もあるし油断はできません。
「あれ、ちょっと待って……」
 流花は何かに気がついたようです。
「古い本に、傷めずに手を加えることができる人って――」
 修治は何のことだか分かりませんでしたが、ハッピーラビットは目を丸くしました。
「おおお、それは考えもつかなかったよ」
 何のためらいもなく、本の背表紙の隙間に指を入れてカバーを引きはがしました。
「やるねえ流花ちゃん、ビンゴだよ」
 ハッピーラビットは歯をむきだすようにしてにやりと笑い、ページの束をかかげました。
 背表紙にくっついていた部分に、赤い印が大量に押してあります。文字がつぶれている上に破れた背表紙がついているので、何と書かれているかはよく分かりません。紙が差し替えられているせいで、ほとんどの印が一部欠けています。ただ、最近押されたものらしい印に欠けはありませんでした。
「ちゃあんとした装丁屋さんにちゃあんとした手順で直されてるってことだね。全部同じ印だ。文字がつぶれて読めないけど、誰だかはぼく分かるよ。この本はもともとウォーレス・デズモンドが看板男の家族に依頼して作ったものなんだ。数年に一回ページを追加して、そのたびに裏に印を押してるんだろうね」
「じゃあ、看板男さんがページを差し替えたの?」
 流花が訊ねました。
「そう思っていいだろうね」
「私、看板男さんを問いただしてくる!」
 流花の声が消え、背後から感じていた視線もなくなりました。
「あの人ビビリだからね。おどされてたんじゃないの?」
 何がおかしいのか、ハッピーラビットはにやにや笑いながら答えました。
「佐伯君、大変!」
 流花の大きな声が上から聞こえてきました。
「看板男さんたち、捕まってる!」
「何だって」
「この辺りにヤマの姿がないからおかしいなと思ったら、看板男さんたちのところにいて、無理やり連行してる」
「捕まえられそうになってるってことは、連中の仲間ではないのか。でも、何でこんな時にわざわざ看板男さんたちのところになんか」
「これだろうね」
 ハッピーラビットは紙の束になってしまった本をぽんとたたきました。
「看板男たちはここに書かれていた内容を知っている。今まで口どめしてたんだろうけど、もし彼らが連中を裏切るなら今だからね、裏切られる前に捕まえようとしてるんじゃないかな」
「とめられそうか?」
「だめ、車のタイヤをパンクさせられないかか試したけど、ハッピーラビットさんの近くのものをいじろうとした時と同じで、こっちから手出しができない」
「本を改ざんしたのは看板男だとして、それを強要したのは誰なんだ、お前じゃないよな?」
「失礼な!」
 ハッピーラビットは予想以上に大きな声で反論しました。
「確かにぼくの作品は散逸してしまってるけど、ぼくの出どころははっきりしてる。何てったってデズモンドの例の裁判のきっかけになったのはぼくだからね。ぼくだってこの世界を連中のものにする気はないよ。トミー・パピーが気に食わないから嫌がらせはしてたけどね」
 じゃあすべての元凶はおまえじゃないか、といおうと思いましたが、さすがに少し気の毒な気もしたのでやめておきました。
「連中がこの本を書きかえるってのは、この本に知られたくないことが書かれてたって証拠だよ。看板男たちを奪還して内容を聞くしか――」
 突然天井が轟音とともにはじけて崩れ、赤黒い空があらわになりました。
「見つけたぞ、我輩から逃げられるとでも思っていたのか」
 デノセッドでした。

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