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【小説】デズモンドランドの秘密㉜

※前回はこちら。

 流花は玉座から立ちあがりました。映像が途切れます。
「ちょっと、もうちょっと見たいんだけど。私が座るわよ」
 ピンクキャットが代わりに腰かけると、すぐにトミー・パピーたちの姿が映ります。連中とトミー・パピーが連れだって移動しています。
「おうおう、連中はあんたらを離れ離れにしてプレッシャーをかけようとしてるんだ」
 ファットチキンにいわれなくても十分分かっていました。
「佐伯君、ちょっと――」
 流花に手首をつかまれて、部屋のすみに引っぱられます。
「何だ?」
「こんなこといってもどうにもならないけど、本当に気をつけてよ」
 まゆをさげ、目をうるませて懇願するようにいわれました。そこまで心配されると、こちらも困ってしまいます。
「……大丈夫だよ、デノセッドもいっていたけど、俺は藤山に食べ物を届けるって役目があるからまたすぐにもどってこられる。それより、藤山こそ気を確かに持てよ。そうだ、何とかして直接トミー・パピーに会ってくるよ。本当にこの世界を何とかする気があるのか問いただしてくる。藤山も、玉座の力を使ってトミー・パピーとコンタクトを取ってくれないか?」
「そうだね、今は『助言』は無視してトミー・パピーが何を考えているのかを探るのがいいかもね」
 その時、修治は不意に目の前がぼやけるのを感じました。続いて、体が高速で後ろに移動するのを感じます。
(この感じは前にもあったな――)
 流花の姿が一瞬で遠くなって消え去り、目の前が暗くなっていったかと思うと、次の瞬間には暗雲の立ちこめる荒野の中に座っていました。
「どうせ帰ってきたんだろ」
 ふり返ると、そこにはデズモンドの像がありました。
「やっぱり」
ツボックの姿はありませんでした。勝手に帰ったのか、連中に帰ってこいといわれたのかは分かりませんが。
 修治は辺りを見回します。ツボックがいなくなったとしても、誰かしらがむかえにきてはくれているはずです。
 すぐに、デズモンドの像の台座のかげから黒くて長い耳がはみ出ているのを見つけました。くすくすという小さな笑い声も聞こえます。
「むだなことしてないでさっさと連れていけよ」
「あっ、あーららららららら、見えてた、見えてたのねぼく、こりゃまいったね、どうも」
 そこにいたのはハッピーラビットでした。会うのは初めてでしたが、さっきツボックに乗っていた時に追ってきていた張本人なので、あまり仲よくはしたくない相手です。
「じゃあさっさと帰るよ、そこ、そこのぼくの車にお乗り」
 ハッピーラビットは、すぐ近くにとまっていたクラシックのオープンカーを指差しました。車体は黒くててかてかで、何となくゴキブリを彷彿とさせました。小型ですが、後部座席つきで四人は乗れそうです。
「走る方が速いんだけどね、ぼくは力がないから、君を背負って走れないからね」
 修治が後ろの席に座ったのを確認して、ハッピーラビットも運転席につきました。
 エンジンをかけると、その衝撃で車体が大きく五〇センチほどジャンプしました。
「さあ、ぼくらのおうちまで一直線だよ! 出発進行!」
 ハッピーラビットはそうぞうしくさけびながら、アクセルをいっぱいに踏みこみます。
 車はまた軽くジャンプしてから、一気に加速を始めました。後部座席がスピードについていけずに車体が二倍近くに伸びます。アニメの誇張表現を現実でやっているのでひどい乗り心地ですが、ヤマのトラックに比べれば少しはましでした。
「ちゃんと君のお友だちは王様になったの? 君のお友だちは今ここを見ていると思う? ぼくはずっとここで待ってたから知らないんだ」
「どうでもいいだろ」
 修治は投げやりに答えました。
「そうだね、どうでもいいことかもしれない」
 ハッピーラビットはハンドルをにぎりしめてへらへら笑いました。
「今大切なのは早く帰ること、なるべく早くおうちに帰ることなんだ。今はみんな出払っちゃってるからね、おうちにはヒッチコックしかいないんだ。でももうすぐみんな帰ってくるからね、その前についておきたいね」

 ハッピーラビットは車を門の前にとめました。
「さあさあさあ」
 修治の手をつかんで引きずりおろし、建物に手をふりながら、大きく飛びはねます。
 それに応じて、門がシャッターのようにあがっていきました。
「急いで急いで」
 腕をつかまれて、そのまま引っぱられます。
 逆らうのも面倒なので、修治はだまって引きずられていきました。
 建物の中に入っても、そのまま引っぱられていきます。
 廊下は相変わらずうす暗く、鉄板の打ちつけられた床や壁にはさびがびっしりとついています。
 ヒッチコックがばたばたやってきて、目の前でつんのめるようにしてとまります。
「ハッピーラビット殿、例の小娘は王になったのですか?」
「いやあ分かんない、分かんないなあぼく、この子だまっちゃうから」
 ハッピーラビットはつかんでいた手を離して、背中をたたいてきました。
「やい小僧、あまり生意気な態度は感心しないのです! どうせもうすぐ仲間がここにくるから分かるのです!」
「マサソイトに閉じこめられてたんじゃないのか、どうやって出たんだ?」
 修治はめいいっぱい馬鹿にした声でいってやりました。
 ヒッチコックは何も答えず修治をにらみつけます。
「ハッピーラビット殿、この生意気な小僧を、これ以上のさばらせないようにしっかり見張っているのです!」
「あはは、いいよ、いいよ」
ハッピーラビットはヒッチコックの肩をたたいてから修治の腕をつかみます。
「さあさあこっちこっち、君は急がなくちゃいけないからね」

「もうついたよついた、ここだよここ」
 ハッピーラビットに引っぱられてたどりついたのは、黒ずんだ木製の扉の前でした。他の扉が金属製なので、周りから浮いて見えます。
 ハッピーラビットは口から鍵束を出しました。
「はい、がちゃりんこっと」
 鍵を回して扉を開きます。そこは金属の棚が並んでいる大部屋でした。高さは三メートル近くあり、見通しが聞きません。棚には本や紙の束を閉じたファイルがいっぱいにつまっています。
「何か探させる気か?」
「あれれ、いわなかったっけねえぼく? 連中の中から偽者を見つけるって」
「いわれてないし、聞いてない」
 ハッピーラビットは頭を傾け、ぼりぼりとかきました。
「ついでにいうと、何で連中の仲間のお前が連中を連中呼ばわりするのか分からないし、偽者が何だか分からないし、今お前が何をしようとしてるのかも分からない」
「あーら……」
 ハッピーラビットは口をすぼめてほおをかきました。
「お前は連中の味方じゃないのか?」
「ぼく? ぼくはこの世界――この世界の味方だよ」
 ハッピーラビットはファイルを手に取り、頭上ににかかげます。
「むむむ、理解してないって顔してるね。この世界のどこかに、デズモンドに作られたんじゃないキャラクターが存在するって話聞いたことあるかな?」
「誰から聞いたかは覚えていないが、聞いたことはあるかもしれない」
 流花から聞いたことはいいたくなかったので、曖昧な返事をしておきました。
「お前のせいでデズモンドとライバル会社か何かの間に争いが起こって、その時にデズモンドが作ったものではない悪意を持ったキャラクターがこの世界に送られたって話だろ?」
「ありゃま、ずいぶんとくわしいね。人聞きまで悪い」
 ハッピーラビットは目を細めていいました。
「それは本当だよ、ぼくほど素晴らしい――そう、ぼくほど素晴らしいキャラクターは世界にそういないからね、みんなほしがるさ、そうだとも。デズモンドがぼくの出る映画を作って大成功してね、それを聞きつけたハイエナが上手いことぼくを使う権利を奪い取ったんだ。ぼくを上手く使いこなす腕もないくせにね。そのハイエナが追い打ちで劣悪な作品をデズモンドが作ったと勘違いされるような形で公開して、その作品のキャラクターがこっちに入ってきちゃったんだ。でもそんな経緯を持った作品の記録がきちっと残ってるはずないからねえ、誰が『そいつ』なのか見つけないと」
「連中がやってることは全部そいつのせいってことなのか? お前は、結局どっちの味方なんだ?」
 本当のことを話してくれるとは思いませんでしたが、訊く分には問題ないはずです。うっとおしいキャラクターですが、他の連中に比べれば話が通じそうな気もします。
「だからぼくはこの世界の味方だってば。ぼくが連中と仲よくしてたのは、連中がこの世界をきちっと管理してくれると思ってたからなんだよ。でも何か変だからね、ぼくは連中の中に悪意を持ったデズモンドとは何の関係のないキャラクターがいて、そいつがこの世界をめちゃくちゃにしようとしてるんじゃないかと踏んで、連中に味方しながらこっそり調べてたんだ。一応連中って呼び方をここではするけど、ヒッチコックとかヤマとかはぼく嫌ってるわけじゃないよ、目指すところは一緒だしね。あっ、目指すところが同じといっても、トミー・パピーに全面的に味方してるわけじゃないよ、あいつキャラがむかつくもん」
「お前がいうな」と思いましたが、だまって続きをしゃべらせます。
「それに本当ならぼくがあの立ち位置にいるはずだったんだからね。トミー・パピーなんてぼくの代わりに作られたキャラなんだから。ぼくはただ、この世界が平和ならそれでいいの。この本を見ておくれ!」
 ハッピーラビットが分厚い革張りの本を力いっぱい投げつけてきました。とっさに避けると、本は扉にあたって大きな音を立て、床に開いた形で落ちました。
「エラーしちゃだめだよ、それにそこのページじゃない。四五ページだっけ? とにかくそこらへん開いて!」
 修治はいわれた通りにめくってみました。英文が細かい文字でびっしり書かれています。じっくり読めば分からなくもなさそうですが、読む気をなくしそうなくらい小さな文字でした。
「どう思う?」
「俺は日本人だから分からない」
 じっくり読む気などもちろんありませんでした。
「初めからそんな長ったらしい文章読んでもらう気なんかぼくないよ。そうじゃなくて、何か気づかないかい? 一目で分かると思うんだけど」
 修治は本を拾いあげ、ぱらぱらめくってみます。
 すぐに違和感を感じました。
「最初の方のページの紙が、あまり劣化していない」
 ほとんどの紙が茶色く変色しているのに対して、最初の方のページだけやけに白いような気がします。
「そう! その本は先代の王様――ウォーレス・デズモンドが自ら書いたとても大切なものなんだ。すべてのデズモンド作品を綿密にまとめてある。この世界に一冊、君の世界にこれの写本が一冊――合計二冊しかない」
「これがどうかしたのか?」
「んふふ、つまりだ」
 ハッピーラビットが素早く後ろに回りこんできて、本を取りあげました。
「この本に、デズモンド作品の歴史がすべて――すべて書かれていたんだ。それなのに、一部が意図的に――意図的に差し替えられている――どういうことか分かるかい?」
 修治はすぐにぴんときました。
「偽者のデズモンド作品のキャラクターが、本の内容を変えたのか?」
「そういうことだろうね、自分がデズモンド作品のキャラクターじゃないって分かるようなものをこっそり処分しているってことだろうね。いつもはみんないるからなかなか調べられなくて――今みたいにみんな出払ってる時を見計らってこの本を見てたんだけど、とにかく長いし時間もないし、うかうかしてたら内容を差し替えられちゃったんだ。この本がこうなっちゃったのは二年くらい――二年くらい前だったかな? せめてひかえとか取っとけばよかったんだけど、ひかえを取っといて連中に見つかったらおしまいだし――扉、ロック!」
 突然ハッピーラビットが扉を指差しました。
「はっ?」
 修治はいわれるままに、扉の鍵を回して閉めます。
その直後に、「ハッピーラビット殿、そこで何をしているのです!」というヒッチコックの声と、ノックの音が聞こえてきました。
「ぼくは一応連中に協力してるんだけどね、ルーシーとかガボエと同じで連中からは警戒されてるからね、ぼくがここで何をやってるのかばれたのかもしれない――いや、ばれてるだろうねたぶん」
 ハッピーラビットはそういうと、棚あさりを再開しました。
「まだいい本があった気がするんだけどな、ぼくもうちょっとここで探すからね、もうすぐみんな帰ってくる――帰ってくるから、それまでにここから逃げれるようにしといてね」
「俺が?」
 理不尽ではありますが、文句をいって納得する相手ではありません。
「藤山、見てるか?」
 天井に向かって呼びかけてみますが、返事はありませんでした。別のところを見ているのかもしれません。
 背後からヒッチコックの扉をたたく音が聞こえます。
無理だ、逃げられない――そう思った時でした。
「佐伯君、連中がすぐそこまできてるよ!」
 流花の声がどこからか聞こえてきました。

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