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明日が来るのが怖くて布団にくるまってた。

高校2年生の冬、自分の誕生日に、私は教室に行くのが億劫になりました。

教室で笑って過ごすために、いろいろもがきました。
髪を切って気持ちを切り替えようとしたり、考え方を変えるためにいろんな本を読んだり、ただひたすら勉強に打ち込んだり、、

当時、クラスには鬱病寸前の子がいました。
クラスには、いろんな人の陰口が充満していました。

「いじり」と「いじめ」の差が当時の私には理解できませんでした。

私には、頑張っている人に向けて、「いじっている」行為が
見えない・口には出さない悪意を込めて「いじめている」ように映ったんです。

普段は、悪い部分にばかり目を向けて揚げ足をとったように言っているのに、「いじっている」のだから「いじめ」ではないなんて、思えるその心のうちが理解できなかったんです。

部活のチームメイトに陰口を言われているその瞬間に立ち会ってしまい、
学校に無理して行くのを諦めました。

なんで私が苦しい気持ちにならなきゃいけないんだと思うことを辞めました。

無理に教室で笑うのを辞めました。

1日1つ良いことがあれば、それでいいと思うようにしました。

教室に行かなくても勉強はできるし、
教科書や学校の教材さえすれば、定期考査も赤点はありませんでした。

それでも、卒業できるくらいには登校していたので、
登校しようと思う前日は、明日なんて来なきゃいいと恐怖でいっぱいでした。

高校を卒業したかったのは、その高校を選んだ自分への強がりです。

数学の受験頻出のベクトルの授業が休んでる間に全部終わっていて、
考査でほとんど勉強していないベクトルばっかり出題されても、クラス平均を維持してたこと。

学校を休みがちな私にでも、フォローしてくれた優しい先生もいたこと。

新卒で赴任してきた養護の先生が、泣いたときは優しくベッドを貸してくれたこと。

救いようないなあって瞬間にも希望を持たせてくれた人や出来事はあったから、いまの自分があること。

春から社会人になる私へ。
大丈夫。布団から出れない日があっても、いつか笑えればそれでいい。

17歳だった私へ。
希望を捨てないで頑張ってくれてありがとう。
思ってた以上に世界は広くて、優しいみたいです。そこが世界の全てじゃないよ。




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