ゐとう

人生まるっとフィクションです

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最近の記事

無題

友達が死んだ。もう9人目だ。 だからといって慣れたわけじゃない。亡くなる少し前に食事に誘われたのに、残業を理由に断ってしまったことが悔やまれる。近くの人は「決心した人を引き止めることは不可能だ、それでよかったんだ」と言うけれど、果たして本当にそうなのだろうか。 べつに不幸な生い立ちだとは考えたことのない自信の出自に「いとうさんが頑張って生きているのなら私も頑張らないと」と口にしてくれた友人がバタバタと死んでいく。皆家族があっても、恋人がいても、お構いなしに。 苦しいだろうに、

    • Let's be alone together!

      「え、いとうさんって文章書いてるんですか。見せてくださいよ」 しまった。 思わず口にしてしまったので一瞬不機嫌そうな顔つきになっただろうか。話を逸らせようと思い、一拍置いて視線を窓の外にやったけれど、わたしの視界の端のほうで彼はまだこちらを見つめているのがわかった。 目の前ではテーブルに運ばれてきたばかりのパスタが湯気を立てている。豚肉と野菜をフォークで刺し、麺と一緒にくるくると巻いて聞いていないふりをしようとしたけれど、好奇心旺盛な男はこちらを見つめたまま、手元にあるピ

      • 「人間に戻してあげる」

        ついさっき、耳の中に涙が伝い落ちていく不愉快な感覚で目が覚めました。足元に散らばるメッセージカードを拾いながら、先日自分が贈った手紙のことを思い出し、自分勝手な行いを反省しているところです。ああ、あれは早く捨てておかなければ。 わたしは絶対に左手首は傷つけないくせに、心のなかでは懲りずに自傷行為を繰り返しています。ふとした瞬間にとんでもない寂寥感に襲われて、殺されるんじゃないかなと思う日もあって……そんな時は皮膚を強く抓り、頭の中より痛い場所があると自覚させる信号を、身体中

        • 日曜日の悪い旅

           日曜日、新緑の眩しい昼下がりに、レースのハンカチを握るわたしの小さな手のひらは震えていた。ジェーンマープルの赤いジャンパースカートの裾を揺らしながら、床の木目に沿って真っ直ぐ進み、舞台の真ん中に貼ってあるバミリにつま先がかかったところで右へ曲がる。おそるおそる客席のほうを向いた。  浅くお辞儀をすると、まばらな拍手が起こる。なるべく遠くに視線をやっても、身を乗り出してわたしの様子をうかがう大人達が見えた。目を合わせないよう客席の後方にある非常口に意識を向ける。  心臓は跳

          グッド・バイ

          「知多じゃないなこれ」 思ったより大きい声が出てしまった。ごまかすようにハイボールをもう一口飲みながら、店主の顔を横目で見た。知多だったらどうしよう。 なめこの天麩羅が美味しかったので、ハイボールの味などすぐにわからなくなり、天つゆに浮かぶ生姜混じりの大根おろしもスイスイと箸ですくって、口に運んでいく。すかさず酒で流し込んだ。 「最近、文章を書かなくなったよね。やっぱりろくでもない男とサヨナラしちゃえばああいうのは浮かんでこないもんなのかね」 もう16年の付き合いになる

          グッド・バイ

          或る群青色の内側

          あなたは、宇宙人と会ったことはありますか?わたしはあります。なんなら今、この時間、宇宙人はわたしの家で眠っていますし、ここ最近の週末は、必ず宇宙人と過ごすことにしているのです。 それがなにより刺激的で開放的なので、わたしがふだんもずっと明るくいられる秘訣なのかもしれません。 ※ 宇宙人と出会ったのは、去年の夏の終わり、電気屋へ向かうために新宿の東口を歩いていたら、駅構内の隅で体を折り畳むようにしゃがみ込んでいた彼女に「あ!」と声を掛けられたのがきっかけだった。 宇宙人はこ

          或る群青色の内側

          葉っぱを買いに

          外は暑いから覚悟して出たほうがいいよ、と上司に言われ、なんとなくゲートを通過して外へ出たら、ほんとうに参ってしまうくらいの熱気が纏わりついてきた。安物のサンダルをペタペタと鳴らしながらタイルの上を歩く。今日も疲れた。すぐに、こんな暑い日にリュックなんて背負ってくるんじゃなかったと後悔が巡る。背中はあっという間に濡れてしまった。麻のシャツは汗染みができる上にすぐには乾かない。リュックの下に隠れた背中を想像して、ぼくは少し憂鬱になった。 少し歩いた先にあるコンビニに入った。当初

          葉っぱを買いに

          人を食む蛇

          わたしはバイセクシャルでもあるので、お恥ずかしながらママ活のような真似をしていた時期がある。その相手であるツルタさん(仮名)がいなければ、わたしは600万円の借金を返せていないし、若い頃に身に付けていた洋服をヴィヴィアンウエストウッドで揃えたりはできなかった。 ツルタさんは40代後半の小柄な女性だ。稼ぎの多い旦那さんが不在の時だけ、わたしは広い一軒家に招かれた。ツルタさんの身体が華奢なことも相まって、ドールハウスにいるような錯覚に陥るほどに大きくて立派な家だった。 部屋に

          人を食む蛇