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或る群青色の内側


あなたは、宇宙人と会ったことはありますか?わたしはあります。なんなら今、この時間、宇宙人はわたしの家で眠っていますし、ここ最近の週末は、必ず宇宙人と過ごすことにしているのです。
それがなにより刺激的で開放的なので、わたしがふだんもずっと明るくいられる秘訣なのかもしれません。

宇宙人と出会ったのは、去年の夏の終わり、電気屋へ向かうために新宿の東口を歩いていたら、駅構内の隅で体を折り畳むようにしゃがみ込んでいた彼女に「あ!」と声を掛けられたのがきっかけだった。
宇宙人はこちらに目をやるなりすっくと立ち上がってハグを求めてきた。知らない人だったけれど、わたしはそれを拒む理由がなかったので、軽くハグを返し、酒でも飲ませてみようかと思いたった。予定もないので昼間から開いている適当な居酒屋を探そうと、そのまま手を引いて歌舞伎町方面へ向かうと、宇宙人はおとなしくついてきた。

それから、適当な店で適当に酔って適当な味の水タバコを吸いに行った。彼女は初めて吸うという水タバコを上手にプカプカ燻らせている。ふかふかのソファーに腰掛けながら、わたしは数ヶ月前の自殺未遂で死ねなかったことについて話す。
「死ななくてよかった!ジサツしてたら、コウデンあげられないんだからね」
それはそうだよな、と思いながらなんだかおかしくなって笑ってしまった。口の中で甘ったるい水タバコのフレーバーとジンジャーエールが混ざり合って変な気分だ。感覚器が正常に働いているのを感じるのも、久しぶりだった。

辺りが暗くなって来た頃、別れの挨拶を交わしながら手を振って瞬きをすると、いつの間にか目の前から宇宙人は消えていた。

スマートフォンに、連絡先を交換したはずのない彼女からメッセージが入っていたのは、それから一週間ほど経った頃だった。

彼女と何度か遊ぶようになってから、宇宙人は専用の薬を飲んでいないと活動できないと教えてくれた。だから薬の効果が切れている朝と晩は、何を喋っているのかわからない。同じことを繰り返したりする。独り言も多い。

真っ昼間に、目を爛々と光らせている宇宙人は瓶から白い錠剤をザラザラと取り出し、わたしに飲むように促す。わたしはそれを拒む理由もないので、おとなしく飲み込んだ。

まるで米粒のように小さな錠剤だ。宇宙人が地球で正常に動けるようになる薬を、地球に住む正常なわたしが飲んでどうなるかはわからない。飲み終えると、だんだんと顔が熱くなってきて、頭のてっぺんが猛烈に痒くなる。右目と左目が入れ替わるような感覚があって、不安に思って顔を上げた。宇宙人はわたしを凝視して、なにかを喋り掛けた。

その途端、わたしは仰け反ったまま後ろに倒れ込んだ。それをわかっていたように宇宙人はわたしをキャッチして、やわらかい胸に抱き寄せた。

わたしの一部が彼女の肌に溶け込むような感覚があって、一瞬で境目がわからなくなる。彼女の言葉はいつも加工されたようにくぐもっていて聞き取りにくいのに、不思議とその時だけはハッキリと聞き取れた。

「ずっと助けてあげる。あなたのこと、一生守ってあげるからね」

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