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自作SS 第3弾「シュレディンガーの猫」

バンッッ!!

爆音が部屋震わせた。
空気を大きく揺さぶった音が、俺の背中を痛いくらいに叩く。

「待て!!」

機先を制し、振り返りながら声を出す。
腕をピンと前に伸ばし、手のひらを相手に向けるのも忘れていない。
無理をさせた椅子がギシと悲鳴を上げたが、構っている余裕は無かった。

「いや、あの、、、なんだ、、、」

カッコよく決めたかったのだが、少し日和ってしまう。
たまらず視線を逸らすと、かつてないほど乱暴に開け放たれたドアが、まだ微かに揺れていた。…心なしか痛そうだ。
既に折れそうな心を何とか立て直し、再びおずおずと前をみやるが、やはり気圧されずにはいられなかった。 
何せそこには、鬼のような形相をした 
 ―いや、鬼がドアノブに手をかけたまま、こちらを睨んでいたのだから。
その眼力は、さながら昔流行ったホラー映画のようである。

(お前は人でも呪い殺すつもりか…

そんな言葉が喉から出かけるが、かろうじて飲み込む。
火に油を注ぐような、そんな危険な遊びをする年頃はとうに過ぎているのだ。ここは、穏便に、大人の余裕で対応するのが良いだろう。

「いいか? あのな…

息を深く吸い、心を落ち着かせてから
焦らず、子供をなだめるように、諭すように、ゆっくりと、俺は話し始めた。

「まずここに、中の見えない箱があるとする。
「そしてその中に、一匹の猫と一つの量子、そして量子が崩壊すると
 毒ガスを出す装置を入れる。
「あ、量子ってのは…な。目に見えない小さい粒だ。
 ほら原子や分子とか。あんなやつな。
「…。
「…少しくらい反応してくれよ。微動だにしてねぇじゃねえか。
「怖いからあまり睨まないでくれよ。…続けるぞ?
「…。
「でな。箱を開けるまでにな、その量子ってのが崩壊する
 確率は50%だとする。
「てことは、だ。この箱の中の猫が生きているか死んでるかってのは、
 箱を開けるまでは誰にも分からないわけだ。
「…聞いてるか?
「…。
「…だからそんなに睨むなって。
「説明で分からない所があれば、すぐに聞いてくれよ?
「…で、だ。ということは、だ。
 猫の生死は箱を開けて確認するまで分からないわけだから、
 最初に箱を開けた人が猫の生死を決定した。と言っていいわけだ。
「わかるか?誰かが中を確認したからこそ、猫の生死が決定したんだ。

ここまで喋った俺は、また息を深く吸い、これが仕上げと最後のセリフを吐いた。

「ということはだ!お前が開けた時に無かったってことは
 お前がその有無を決定づけたんだよ!」

ビシッィ!!

鬼を指した人差し指に、そんな擬音が書き加えられそうなほど…キまった!
自分で惚れ惚れするほどの、完璧な口上。
あえて小難しく分かりにくい話を出すのも、相手の思考をストップさせるのに一役買ってくれるのだ。
心の内でドヤ顔をする。…おっとアブナイ。思わず表に出る所だった。
とにかく、これほどステキな話をしたんだ。これできっと怒りも

ドゴォっ!!!

今度は擬音じゃなかった。
実際に鳴った。しかも左の頬から。

『わけわかんないこと言ってんじゃねぇ!!!!!!!』

頬から鳴った異音よりも大きな声が、狭い部屋にこれでもかとコダマする。
俺は遅れて来た鈍い痛みを左手で抑えながら、右手で体を支えた。
先程まで座っていた椅子は、クルクルと回っていた。

「い、いや、あのな。だから、おまえが無いと思って開けたから結果として

『うるせぇっ!!』

ドゴォっ!!!

右の頬が鳴る。

『そんなわけあるか!自分で用意したんだぞ!!』

そんな怒鳴り声を聞きつつ、右頬も押さえる。
いわゆるアッチョンブリケの格好だ。
痛みと混乱で変なことを考えてしまっているが
そんな俺に構わず、大きな声がまくしたてる。

『そもそもだ!
『シュレディンガーの猫はそんな話じゃねえんだよ!
『箱を開けるまで猫の生死が決まらないってことは、箱に入っている時は
 猫が生きている状態と死んでいる状態が共存してるってことだ!
『それはどんな状態だよ!説明してみろ!ってシュレディンガー博士が
 量子の性質に反論した話なんだよ!
『観測したものが結果を決めるとか、そもそも関係ねえんだよ!
『わかったか!クソ兄貴!!

その声量だけでトラクターをも吹き飛ばせそうな怒号を浴びせられる。
アッチョンブリケしていた両手が、自然と耳を抑えていた。
ん??というか、なんていった?
シュレディンガーの猫ってホントはそんななの?
ってか、なんでそんなに詳しいの?
…まさにアッチョンブリケだ。

いや、まて。
まだ諦めるな。思考を止めるな。
シュレディンガーの話は一旦忘れろ。
優先すべきは、目の前の鬼。…いや悪鬼と化した妹の怒りを鎮めるのが先だ。

「ま、まって!」

声が少し上ずる。

「でもまだ、俺のせいと確定したわけじゃないだろ?」

そうだ。そうなのだ。
現場は抑えられていない。証拠もクソもあったもんじゃない。
こんなの不法逮捕だ。法を犯すような育て方をした覚えはないぞ妹よ!

「育てられた覚えはねえよ!!
「扉を開けた瞬間、何も言わずとも高説垂れ流したのが何よりの証拠だ!
「それと!今からするのは逮捕じゃなく、制裁だ!!

その言葉を聞いた瞬間、俺は飛び上がっていた。
そして床に落ちる数瞬の間に、ルパンも顔負けの早業を披露する。
膝を揃えて綺麗に折り、お腹と腿(もも)がくっつくほど腰を曲げ、掌を下にし、指先から肘まで、果ては脛(すね)から足の指先までが、床に密着するように腕と足の角度を調節する。
この間、僅かコンマ数秒である。そんな刹那の間に…

俺は地面に頭をこすりつけていた。
それはそれは見事なジャンピング土下座だったに違いない。


『…ハーゲンダッツ。』


「へ?


『…買ってこい。


「え?いや、おれ食べたのガリガリく…

ドスッ!!

耳の真横を鬼の右足が通り過ぎた。
怯えながら、覗き込むように、顔色を窺うと…

鬼は親指で自分の首を掻っ切る動作をしたあと、そのまま指先を下に向けた。

「ダッシュ」

下に向けた指は、今度は開け放たれたドアに向いていた。


…その後、40秒で支度した俺は、会社帰りで賑わうコンビニへと駆け込んで行ったのだった。


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はい、どーも。ニルギリです。
今回は特に語ることはありません。
思うがままに書いただけですね。

実話に基づいている!

とかそんなこともありません。
妹もいませんしね。残念ながら。

そんなことはさておき
3弾まで続くとは思ってませんでした。
小説書きたいとか思ったことは、特に無かったのに。
ちなみに、前作2作の反響が良かった!
…ってことも、特にありません。
というか、ほとんどだれも何も言ってくれません。
リツイートは嬉しかったけど。
オホンッ。でもまあ、書いちゃったのは仕方ないので。
ブロマガを有効活用しますよ。

もう何作か書いて
いつか誰かにオムニバスノベルゲームを作ってもらうのが夢です。(今決めた)

面白いと感じた奇特な方は、ご連絡お待ちしています。

2021/05/19 ブロマガからNOTEへ転載、そして修正(初出2020-12-06 )

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