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雌性先熟 掌編小説800文字

 つり革からぶら下がっていたのはサナギだった。驚いている間に電車のドアは閉まっちゃって、中は不思議なにおいで満たされていて、わたあめに包まれたみたいに頭がふわふわした。砂糖水を焦がしてカラメルを作った時のような甘いにおい。それまで私が保健の教科書とかで見たサナギはどれも茶色い枝豆みたいだったけど、まだ蛹化が始まったばかりだからか、一見普通の人にしか見えなかった。服もきちんと着たままで、お祈りでもするように胸の前で合わせた手でつり革につかまってぶら下がっている。でも手やほっぺたは枯葉みたいに変色していて、ごわごわしてそうだったし、電車に揺られるままになっていて少しも自分では動いていないみたいだった。着ていたのは有名な名門高校の制服。私なんか逆立ちしたってとても入れっこない、めちゃくちゃ優秀な子たちが行く学校だ。せっかく勉強頑張ったのにオスになっちゃうなんて可哀そうだな。もちろん蛹化はお祝い事だから、そんなこと絶対口にしないけど。百年もだらだら生きるなら若いうちにさっさとオスになって自分の子孫いっぱい残して数ヶ月で死んだ方がいいって言う子がいて、その時はそうかもって思ったけど、実際にサナギをみるとやっぱり怖い。サナギになってオスになるのは数百人に一人くらいらしいから、よっぽど大丈夫だとは思うけど。
次の駅に着くとピンクの衛生服を着た人たちが入ってきてサナギになった子をどこかに連れて行ってしまって、残った他の乗客と一緒に私も病院みたいなところに連れていかれていろいろ検査された。ピンクの服もグリーンの壁もブルーの机や椅子も、みんなマカロンみたいな淡い色で変な感じのする場所だった。夜にはお家に帰れたけど、フェロモンにやられているから一週間くらいは安静にするようにって。あれからしばらく経つけど、あの甘いにおいは今も鼻の奥に残っているみたいで、思い出すと胸に針が刺さったみたいにチクチクと苦しくなる。

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