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片思いの相手に寄生する系のラブコメ(2)

「よし、蔦ヶ原。ここ訳してみろ」
「先生、蔦ヶ原はさっき捕食されました」
「じゃあ隣の箔崎」
私立ドクターモロー学園は、異星文明間の摩擦を減らすことを目的に設立された。校則として生徒には自身の外見、言語、倫理観の諸々を<擬人化(ヒューマナイズ)>することが義務付けられているが、所詮は校則なので破られることが日常茶飯事だ。裾が乱れたりゲーム機が持ち込まれたりする要領で、共食い、種族間抗争、異種交配とそれなりに賑やかなことが毎日のように起こる。けれど、教師の能力には限りがあり、生徒にとって青春は一瞬だ。いちいちそんなことに構っていてもしようがない。
極限環境生存用幹細胞適合型寄生個体の僕であっても、第三分類群指定超危険生体乙型亜種である箔崎さんの中で耐久殻を作るのにはかなりの手間を要した。
反射神経がもう少し低かったら、危うく完全に分解されてしまう所だった。箔崎さんに咀嚼されていく折、僕の断片は前の瞬間に中枢神経系から体組織全体に拡散した記憶情報を受け取り、それを書きとめた生体分子を核として特殊な殻を組み上げた。
その殻で覆われた構造ーー耐久殻ーーの大きさは、最小で、ナノサイズにまで及ぶ。耐久殻は強靭な堅牢さと消化酵素に対する耐性を駆使して箔崎さんの生体内のあらゆる間隙に潜伏している。耐久殻は、僕のアイデンティティを構成する記憶情報を保管しているのと同時に、元々それが僕の肉体のどの部分に位置していたのかを表す情報も保持している。それらの情報を元に耐久殻は箔崎さんの体内で相互に通信を行い、そうして築き上げられたネットワークの上に、僕がロードされる。

大雑把にいうと、僕という人格は箔崎さんというビデオデッキを基盤にして出力される映像みたいなものになった。

第三分類群指定超危険生体乙型亜種たる箔崎さんはさすがは第三分類群指定超危険生体乙型亜種だけあって、代謝活動が異常に活発なので、めまぐるしく増減する生体分子の種数、怒涛の如く押し寄せるウィルスや細菌などの自分以外のパラサイトあるいはそれに寄生するハイパーパラサイトの大群、高速で行われる臓器のスクラップアンドビルドと、イレギュラーなことは枚挙に暇がなく、その運営状況は健やかそうな容姿からは想像できないほどのブラックさだ。親切そうな人の腹の内はうかがい知れないといった意味のことわざが、思い出される。
このように、僕と箔崎さんの関係は、屋上の一件以来結構近しいものになった。近しくなり過ぎた。物理的に。
これは単にフラれるよりももっと悪い状態だ。僕は今、他の誰よりも箔崎さんと近い位置にいるが、そうであるが故に彼女に気軽にコンタクトをとることができない。耐久殻のエネルギー源の大半は箔崎さんの体内に浮遊するATPだ。恋愛の形態は多様だから、もしかすると「既に私はあなたのヒモです。だから、付き合ってください」というアプローチの仕方があってもいい気がしないでもないが、仮にそうだとしても、告白と同時に同棲が始まっているというのは、高校生にとって荷が重いだろう。変な期待を抱いたばかりに、僕は箔崎さんとの接点を失ってしまった。
「まあ、そう気を落とすなって」
耐久殻というノードによって描画される僕の全体像は、箔崎さんの臓器たちからは「新入り」と見られているようで、というかそういうメタファーを僕が無意識の内に付与していたようで、何個かの臓器に冗談半分で仮想人格を割り当てて交流を行っていくことにしている。第四十二心臓のミチザネさんは、新造の心臓に押し出される形で、体の下部へと沈降してきた古参の臓器で、押し出される時に血管との接続を全て断たれた孤独のハツだ。命名は押し出されている様子がなんとなく左遷されているように見えたので、地球の古代王朝の一つで同様の憂き目にあった貴族の名前にあやかった。自身を見舞った当時としては悲惨な運命から怨霊と化し、どくどく拍動しながら王宮に舞い降りる臓器を想像するのは、ちょっと可笑しい。
「というか、宿主(マスター)の口からはまだ何も聞いてないだろ。なんで、付き合ってそれが破綻したみたいな口ぶりになってるんだよ」
ミチザネさんのいう通り、僕が今一番憂慮しているのは、そのことなのかもしれない。屋上の出来事が、箔崎さんの罠だったのか、それとも本能の突発的な発露による事故だったのか。僕は屋上の出来事をめぐるこれら二つの解釈の間を揺れていて、もし後者だとしたら、牙の代わりに受けとるはずだった言葉を聞きたいと思っている。
【続く】

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