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西表島の朝、サガリバナの花火その⑤カメラの向こう側

こぼれ続けるサガリバナを目の前に、どうすることも出来ないもどかしい気持ちなった。
私はパサッっと音がする度にハッと驚く。この音に少しも体が慣れていかない。あまりにもあっけなく、潔すぎる姿が圧倒的に支配している空間に違和感を感じ過ぎているからだろうか。
もと来た川を今度は海に向けて帰る途中、カヌーを漕ぎながら振り返った。後良(しいら)川の水がぼんやり白く浮き立ち、サガリバナ達が揺れ動いていた。
今日はあの世に行き着いてしまったと思わせるような事ばかり起きる。
2018年7月に体験した後良川のサガリバナの花見カヌーは派手ではない演出の中に確実に人間の感性を揺さぶる魔力が確かにあった。

2020年7月、その魔力に引き付けられ私は、再び西表島を訪れ後良川をサガリバナに向けてカヌーを漕いだ。
2年前の再現そのもの、後良川は私を迎えいれてくれた。
まだ朝日が眠る暗闇の中、真っ白な手のひらを精一杯広げているサガリバナにスマートフォンのカメラを向けた。2年前には感じなかった新しい感動がそこにはあった。
私のスマートフォンのカメラ機能には、被写体が何であるか勝手に認識する機能がある。例えば、植物にカメラを向ければ画面の隅っこに花のマークが現れる。ラーメンにカメラを向ければフォークとナイフが現れるのだ。その正解率はけっこう高くて、感心する。
スマートだ。
ただ、時々、可愛らしいトンチンカンをする。先日は巨大なさやいんげんに似ているサボテンのために、小ぶりの丸太をくり貫いて鉢植えを作った。とても良くできたので、何気なくスマートフォンのカメラを向けると、カメラ画面にフォークとナイフのマークが現れた。ブッシュ・ド・ノエルと勘違だ。確かにブッシュ・ド・ノエルに見えなくもない。何度カメラを向けても「これは、いわゆる美味しいヤツでしょ?知ってますよ」と言わんばかりにフォークとナイフのマークが表示される。
私は暗闇の中、同じようにサガリバナにスマートフォンのカメラを向けた。カメラが認識した被写体は花火だった。つづく。