脚本「かごめ」第ニ場

■第ニ場
  2017年6月。鬱々とした曇り空。昼下がり。東京都某所の古ぼけた喫茶店。店内は広いが客は数人しかいない。鵜飼良玄、亀井トキオ、内山洋一郎は、店の奥のボックス席でコーヒーを飲みながら話している。テーブルも椅子も、暗い色。
  良玄は服装は、折り目がきっちりついたシャツ、しかし靴は古い。トキオはラフなシャツだが、靴は高価なもの。洋一郎は上着は半袖シャツ、下はジャージ、靴は穴サンダル。
  良玄は冷静。トキオは少し平静を失っている。洋一郎は我関せずでスマホをいじっている。
トキオ「だから、美羽のことは、そっとしといてやれって! 」 
良玄「なかなかわかってもらえないな。‥いいか? ここに苦しんでる幼馴染がいる。実際にいるんだ! それに手を差し伸べることが、どうしていけないんだ? 放っておけとでも言うのか? 」
トキオ「そうだ! ‥正気じゃねえよ。美羽の鬱病を、お前が治すなんて! ‥そういう専門のことは医師とカウンセラーに任せるんだ。素人が余計なことすんな! 」
良玄「俺もそうしてた! でも全然良くなってないじゃないか! ‥鬱に悩まされたあげく自殺してしまうリスクの高さ、薬剤師になろうとしてるお前なら充分わかるだろ? 今の美羽を見て、そうなる危険感じないのか? 」
  攻め込まれたトキオ。冷静になろうと、飲み残しの紅茶をゆっくり飲む。
トキオ「‥かといって、‥でも、‥彼女の病気は、高校の時に彼氏の子を妊娠して、どうにもならずに堕ろしたことからだ。男の俺らには想像もできないほどのデカいショックを今も抱えてる。‥お前に何ができんだよ? 彼女の心を変にいじくって、もっと悪くしたらどうすんだ? そういうことなんだよ! 俺が言いたいのは! 」
良玄「そこは賭けだ。」
トキオ「人の命を賭け物にすんな! 」
良玄「違う! ‥どんなことだって、裏目になるリスクはあるってことだよ。100%なんてない。特に美羽のような難しい病気はそうだ。‥そりゃあ俺は男で、医者ではない。ただの機械エンジニアだよ。‥でも、賭けをやめたところで、美羽の病気が進行していくだけだろ! そして最後に行きつくところは。‥おまえは本当にそれでいいのか? ‥おまえも俺も幼馴染じゃないか、美羽の! 」
  トキオは迷う。良玄は落ち着いてゆっくりコーヒーを一口飲んで、トキオの顔を見つめる。洋一郎はようやく顔をあげて、良玄の方を見る。
トキオ「‥おまえ、‥彼女に何するつもりよ? 」
良玄「‥本当の事をしゃべってもらう。」
  意外な答えに戸惑うトキオ。洋一郎はコーヒーを取りながら皮肉っぽく聞く。
洋一郎「お前にしゃべってくれんの? ただの幼馴染じゃん。」
良玄「美羽は、自分の病気について何か隠してる。医者にも言ってないことが絶対ある。‥だから治療も進まないんだ。」
  洋一郎は、だらしなく姿勢を崩す。
洋一郎「秘密ねー。うーん。‥よくわかんないけど、鬱って、心がストレスの塊みたいになんだろ? 外出するのもストレス、人に会うのもストレス。‥いちいちその原因探るんじゃなくてさー、ストレス消すような、なんか楽しいものに触れさせる方がいいんじゃねーか? 」
トキオ「布団から出られないんだぞ。楽しいことすんのもストレスなんだよ。」
洋一郎「‥そこは工夫次第だけどさ。」
  三人しばし沈黙
良玄「‥みんなの考えはわかった。‥でも、俺は考え直す気にはなれない。」
トキオ「人の秘密をいじくって、怖くないのか? 」
良玄「そりゃ怖い。でも、やらないといけないんだ。これは俺自身のためでもある。」
  洋一郎は座りなおして言う。
洋一郎「あー、‥二人とも重いよ! 重い重い。深刻になればいいってもんでもないでしょーよ。もっと楽しいこと考えよーよ。」

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