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忍辱 第九場

■第九場
 それから数日後。自由新聞社の応接室。中には手塚と、新聞記者の小笹、牧原。高価なソファ。壁に社内啓発ポスター。「自由・公正・謙譲 自由新聞社訓」と大書されている。
 手塚は、町民が唐玄を監視している現状を新聞記者に訴えた。
 小笹は小太り。さほど暑くもないのに、扇子をパタパタさせている。姿勢がだらしない。服装もラフ。地声はやや大きい。牧原は対照的にかっちりしたスーツ。背筋をピンと伸ばして、やり取りをメモしている。
小笹 「なるほど、経緯はよくわかりました。‥監視ね。‥市役所とかにはもう相談されましたか? 」
手塚 「してみたのです。でも、監視と言っても、ただ見てるだけなので、ストーカーや迷惑といった条例に触れるまでにはあたらないようで。」
小笹 「まあ、そうでしょうなあ。これが違法なら、我々も取材がやりにくくなりますからねえ。」
 小笹は苦笑い。
手塚 「でもこんなこと許されるべきではないです。‥愛実さんはどうも犯人の顔をよく見ていない。粟田さんが犯人だと言い切れるわけがないんです。‥それで、思い余って、自由新聞さんにお願いにきました。この状況を世間に公表して、民意を問いたいのです。そうなれば町民も自分達のことを客観的に見ることができるでしょう。‥ちなみにこれが関係者の写真です。あ、もちろん報道の際のプライバシーはご配慮いただきたいですが。」
 小笹は、手塚が差し出した唐玄と愛実の顔写真を手に取る。
小笹 「井上愛実さん、女子高生でしたね? 可愛らしいお嬢さんだなあ。‥粟田さんは中年の、‥新興宗教の教祖でしたよね。そのわりには、カリスマって感じがしないなあ。‥民意は、お嬢さんに傾くと思いますよ? 」
手塚 「‥そんなものですか。」
小笹 「そんなものですよ。たいていの人は見かけで判断をしますからねえ。動物的な本能かもしれませんなあ。‥うーん、内容的に、新聞よりテレビの方が向いているかもしれませんねえ。‥ウチの関係会社にテレビ局があります。わたしから相談してみましょう。」
手塚 「お願いします。」
 手塚は、深々と頭を下げる。小笹は立ち上がる。
小笹 「では、‥その後また情報がありましたら、こちらの牧原に電話かメールいただければ。本日はありがとうございました。」
手塚 「あの、テレビになるとしたら、どれくらいで放映されるでしょう? もう監視が始まってしまいそうなんです。」
小笹 「こちらも、調整が必要になりますからねえ。具体化した時点で、また連絡しますよ。」
 牧原も立ち上がる。小笹と牧原は一礼。手塚も、仕方なく一礼する。
手塚 「どうか、お力を貸してください、お願いいたします。」
 手塚退場。小笹と牧原はソファに座りなおす。
牧原 「どうですか? 小笹さん? 」
小笹 「内容的に弱すぎだな。」
牧原 「でも、顔を見ていないというのに、監視と言うのは‥。」
小笹 「その話じゃあない。‥稼げないだろう、こんな記事。テレビでやっても同じだ。」
 牧原は黙る。小笹は腕組み。若干の間。
小笹 「おい、男の方の身上と、新興宗教の概要、一応調べとけ。ゴシップとか不祥事とかないか。」
牧原 「え? 」
小笹 「むしろ、男を叩く方が売れる。その材料があればだがな。」
牧原 「あの、手塚さんは、粟田さんを守るために来られたのですよ? 」
小笹 「バカ、学んだろ? 新聞は公正であるべきものなんだ。あれは手塚ってやつ一人の考えだろう? それをそのまま信じて報道してはいかん。物事は色々な見方や考え方があるんだ。広い観点で見なければ。」
牧原 「はい。」
小笹 「それともう一つ。自由新聞は株式会社だ。売上を伸ばして、会社を維持し、株主の期待に応える。それが第一なんだ! そのために必要なのは売れる記事! これ以外に必要なものはない! 」
牧原 「はい! 」
 牧原は緊張して固い顔に。小笹は言い過ぎたと少し後悔。
小笹 「すまんなあ。つい大声になっちまった。‥簡単に考えればいいんだ、な? 面白い記事、大衆ウケする内容、それを考えていけばいいんだよ。 」

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