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【読書記録】現代生活独習ノート

おすすめ度 ★★★★☆

ひさびさ津村記久子さんの小説である。はー気持ちいい。こういうのがいいんですよ。ちょっと笑えて、ちょっと刺さって、じんわりくる。

最近どっしりドロドロした小説ばかりを読んでいたから、カリポリ食べられるおかきのような軽快さが心地よかった。ドライなんだけどドライすぎない、ちゃんと味がしみてるおかき。わからんか。


8つの短編集、どれも女性が主人公という点で、昨日読んだ「わたしに会いたい」と同じなんだけど、こちらはもっと、普通の人だ。

リフレッシュ休暇をとったのにリフレッシュする気力もないほど疲れた女性が、深夜番組を見る話(レコーダー定置網漁)や、食にこだわりがない女性が自分の夕食をSNSにあげていく話(粗食インスタグラム)、近未来の話なのに生活に便利なもののカタログが大好きでアレを買おうかコレをどうしようかぼんやり悩む話(現代生活手帖)など。

多分これだけ読んでも何も伝わらないと思うし、書いてても「私は何を書いてるんだ」と思うのだけど、これがすごくおもしろいから、意味がわからない。


津村さん作品の魅力を考えてみた

津村さん作品の魅力は、なんなのだろう。好きな理由ってうまく説明できない。読んでいて「好き!!!」という気持ちが湧いてくるとしか言えない。
それだとここで終わってしまうので、頑張って整理してみた。

・設定がちょっと変

先ほど挙げたように、8篇とも「ちょっとだけ変」な設定がある。
深夜番組は、ゆるい料理番組や旅番組で、一見ありそうなのだけど、よく考えると「絶対ありえないな」という番組内容になっている。
「現代生活手帖」の近未来の便利カタログも、絶妙に変なラインナップで、目覚めた時にお茶を一杯入れてくれる「執事」という商品、宅配便をロバが配達してくれるサービスなど「なんだこの未来」具合がたまらない。

・違和感を補う描写の緻密さ

これが下手な作家だと「なにこれ変なの」で終わるところを「ん?もしかして本当にある?」と思ってしまう。いわゆる津村マジックである。
さっきの「執事」という商品も、どのくらいの大きさで、タイマーにはスヌーズ機能がついていて、最新機種には音声認識が付いていて…ともう、細かい。細かすぎて、苦手な人には冗長に感じるのかもしれないが、一度癖になると、このちみちみした感じが大好きになる。妄想の世界を、ものすごく細かく突き詰めて全て書き切る、かつ面白いって、並の力量でできることじゃない。

・イライラや悩みの加減がリアル

この作品は「生活」がテーマなので、日常の細々したところの共感性が高い。特にお仕事系を書かせると津村さんは「実は会社員なのでは?」と思うくらいリアルだ。
「粗食インスタグラム」は、会社の飲み会のお偉方の話とか、文字しかないカフェメニューに困惑するとか、そういうことがひたすら書いてある日記のような話なのだけど、どれもわざわざ人と話して共感を得るほどですらない小さなことだ。
だけど「我慢出来ないわけではないけど、寝る前に思い出してイライラ」なことを絶妙に刺してくる。こういうのにモヤつくの、私だけじゃないんだと思える。

・少しだけ前を向ける爽やかさ

作品にもよるのだけど、この本の8篇はみんな読後感が良かった。
「レコーダー定置網漁」では、主人公が毎日深夜番組を見続けて、徐々に気力を取り戻し、立ち上がり、カーテンを開け、お茶を淹れる。
「粗食インスタグラム」は、クラッカーと水から始まった日記が、ちょっとずつ食べ物らしくなり、最後にお味噌汁と卵焼きがでてくる。美味しそう。ただそれだけの前向き加減だけど、生活ってそういうもんだよなぁと思う。ほんとこう、ちょっとしたことで後ろ向きになったり前向きになったりしながら続いていくよなぁ、それでいいんだよな、と読み終わった後に爽やかな幸福感が得られる。

イン・ザ・シティ

8つの中で一番好きだったのが、最後の「イン・ザ・シティ」という作品だった。ちょっと変わった中学生の主人公が、とある想像上の都市の設定を妄想する話。そして友情の話。
主人公にも、友達の子にもそれぞれ気になる事情があるのだけど、そこに必要以上に踏み込まず、「都市の設定」を通して2人が交わっていく関係性が、とても良い。
津村さん好きは、一文目からギュッと心惹かれるだろう。授業中の手紙交換や、授業内容、遊んでいるゲームの設定まで、ちみちみと書かれていて、「え?もしかして津村さんは作家で会社員で中学生なの?」と思ってしまう。なんでこんなん書けるんだろうホントに。
読み切った後の「あーー、そうそう、こういうのが良いんだよーーーー」という気持ち。緩む表情筋。

はぁ、好き。また違うの読もう。



今まで読んだ津村記久子作品↓


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