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[ 息子が握る手に ]:シロクマ文芸部(チョコレート)

↑↑コチラの企画に参加してみました。
このお話はフィクションです😊

画像: 栗原工房/illustAC


[ 息子が握る手に ]

「チョコレート」

 それは3歳まで、言葉での意思表示を示さなかった息子が初めて口にした言葉。

 近所のスーパーへ買い物に行く時は、息子を連れて行く。
 必ず手を繋いで、ひと時も離さない。
 息子は嫌がるそぶりも見せず、いつも黙々とついてきた。

 スーパーの店内では少し緊張するのか、息子は繋いだ手に力を込めて握ってくる。
 なのでカートは使えず、左手に息子、右手で必死にカゴを持つ。
 野菜コーナーで玉ねぎ、にんじん、ピーマンもいっちゃえ、あと卵。
 使えるのは右手のみ。カゴを床に置き、商品を手に取り、カゴに入れてから持ち上げる。その繰り返し。
 その間、息子は黙ってついてくる。
 定番のルートで一通り回って、最後は、お菓子コーナーだ。

「どれがいい、好きなものを選びなぁ」

 と、いつも訪ねるが、答えはない。
 たべっ子どうぶつやカプリコなんかをいつも買ってみる。
 あとビスコ、息子はどれも美味しそうに食べる。
 それらを、せっせとカゴに入れていると、

「チョコレート」

 と、不意を突かれ、一瞬、混乱した後で息子を見る。
 いつもと変わらない表情。
 私は慌てて、

「チョコレートね、どれがいい?」

 息子は少し前に出て、細くて短い人差し指で商品を指した。
 「あ、」と心の中で思わず声がでた。
 それは、いつも私がこっそりと買っているチョコレートだった。
 前の会社に勤めていたとき、いつも駅の自動販売機で買っていたチョコレート。
 デスクに忍ばせて、バクバク食べながら仕事をしていた。
 半分、クッキーだから腹持ちがいい。
 会社を辞めてもその癖が抜けず、隙あらば買い物カゴに忍ばせている。

「よし、コレだねー、ママも大好きよ、コレ」

 ハテ? 息子は食べたことあったっけ? 
 そんなことを思いながらも、息子が言葉で意思表示してくれたことが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

 愛おしくてたまらない。

 息子が生まれて24ヶ月目に、私は会社を辞めた。
 息子が自閉症かもしれないと診断を受けたからだ。
 それまでは、子育てと仕事を両立しようと頑張っていたけど、私は子育てを選んだ。
 その判断は、会社にとっても好都合のようだった。
 父親が判明すると、そうとう困る上司はさぞ喜んだことだろう。
 そんな会社に未練は無かった。

 私は、この子と一緒に生きて行く。
 そう決めた。
 あらゆる支援を受ける体制は整えた。
 最低限の収入を得られる仕事も見つけた。
 もちろん、完全在宅の仕事だ。
 私は、この子と一緒に生きて行くんだ。
 「子育てが女の喜びなんて思うな!」なんて言う人には怒られるかもしれないけど。
 私は、息子との生活を選んだ。
 それだけだ。

「じゃ、レジに行こう、今日の夕飯はハンバーグだよ。その後で、チョコレートも食べようね」

 息子の握る手が強くなったことに喜びを感じながら、ふたりでレジに並んだ。


おしまい

#シロクマ文芸部

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