【2年前の日記やさん】11月3日
2022年1月に頒布した『東京には大阪より16分はやく夜が来る日記』から、2年前の今日の日記を掲載します。
2021年11月3日(水)晴れ 大阪・笹
西村ツチカ『ちくまさん』を読む。筑摩書房のPR誌「ちくま」に掲載されたイラストとマンガの連載をまとめたもの。ちょっと綿毛を運ぶひと、落ち葉を裁縫するひとなどのお仕事を次々こなしていくちくまさん。少し不思議でカラフルな本だ。プロローグは「きょうのひと」、エピローグが「あしたのひと」。たぶん、ちくまさんの現実の仕事は、「暗い画面に文字を打つだけの簡単なお仕事」だ。同僚の五番さんがミスの処理もせず、一言も残さずに去ってしまって、彼女はたぶん呆然とした。いつも誰か帳尻を合わせるためにここにいる。それが仕事というものでは。突然いなくなるなんていかがなものか─。
うたかたの間に、キュートでミステリアスな、手触りのあるお仕事を歴任したちくまさん。物語の最後、彼女はすべてを投げ捨てて逃げたと思っていた五番さんが、「違算の処理もしないまま貧血で帰ってしまって あなたに申し訳ないと明日謝りたい」と言っていたと知る。そして彼女は「お疲れ様です」と頭を下げ、帰路につく。不思議でも突飛でもない、「お疲れ様」。ピリッとしていて、クールで、やっぱり結構優しい。西村ツチカの描く話。
2021年11月3日(水)晴れ 東京・音
祝日。朝から美容院に行って、髪を染めてもらっているあいだに村井理子『兄の終い』を一気読みする。
昔から折り合いが悪く、癇癪もちで暴言を吐き、近年はもっぱら金を無心してくるのでほとんど絶縁状態だった著者の兄が亡くなり、ほかに親類がいないので、著者は突然、彼の「終い」(火葬、身辺整理等)をとりおこなうため、縁もゆかりもない宮城県塩釜市に通うことになる。
兄の元妻、加奈子さんの人柄が気高くて、素晴らしい。他人に対して誠実で、率直に利他的で、そこに欺瞞がなさそうに見える。そういうひとを見ると、「清潔な魂だなあ」と思うのだが、加奈子さんに対する感情は、まさにそれだった。
生活保護を受けるほど困窮していた兄に対して、もし著者が援助をしていれば(兄は死なず、兄が引き取って育てていた彼の息子は、父を失わずにすんだかもしれない)。そういう安易かつもはや実現しえない仮定を置いて思考することを、それでも私たちはやめられない。
憎い親族は、ケアに値するか? という問題は、本当に難しい。一昔前なら、社会は「当然ケアに値する」と答えただろう。近代社会が最初に目指した「家族」は、そういう組織だった。でも、令和の社会には、「ケアしなくてもよい」という意見も、それなりの数、存在するだろう。
乾いた筆致が読みやすかった。でも、もっと深く、詳細に書き込んでほしかったと思う。人ひとり死ぬことの面倒くささを、もっとぐるぐるとこねくり回してほしかった。そうすると、ただ暗いだけの本になってしまうということなのかな……。
夜、またまた、観劇尊師のおこぼれにあずかり、舞台鑑賞。
野田秀樹脚本・演出のNODA・MAPシリーズ「THE BEE」を観た。四人芝居で、被害と加害のグラデーションとシーソーゲーム、支配・被支配、女子供をいたぶる男、男をいたぶるメディアと社会、さまざまな暴力が描かれた作品だった。四人芝居かつ、一時間強の作品なのだが、役者が常時狂気の渦の中にいるので、ものすごく濃厚な味わいだった。
今年四作目の観劇だったが、今回初めて、キャストや筋書きが好みであるということをわきにおいても、舞台演劇という表現、演出がおもしろいかもしれない、と思った。ような気がする。私にも、演劇の楽しみが分かってきたのかもしれない。そうであってほしい。
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