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隣、いいですか?

「もう、死のう」

 俺は深夜、家を出て山奥へ向かった。
 どうせ死ぬのだから、どこへ向かったのかバレてもいいだろうと思い、車で向かった。
 都会に住んでいるため、山奥へは2時間ほどかかった。
 この時、死ぬ恐怖よりも、幽霊や動物に出くわす恐怖の方が勝っていた。
 でも、そんな恐怖もあと数分すれば消え去る。
 俺の魂とともに。
 車に載せてあったロープを取り出し、丈夫そうな木を探す。

 ザッ、ザッ、ザッ…

 俺の鼓動は速度を上げた。
 何か…いる…
 俺はその音から遠のくように、木を探した。

 ザッ、ザッ、ザッ…

 また聞こえてきた。
 俺は動物かと思い、近くにあった木を思いっきり蹴った。
 ザザザッと素早い音がして、その音は遠ざかって行った。
 おそらく動物だろう。
 こんな夜更けに、こんな場所にいるなんて人間じゃない。
 じゃあ、俺も人間じゃないのか。
 まぁ、いいや、そんなこと。
 俺は蹴ったことで、その木が丈夫であると思い、枝にロープをくくりつけた。
 それから、作った輪っかに首を突っ込んで、ぶら下がるだけ。
 ぶら下がるだけ。
 ぶら下がる…だけ。

「生きていたかったな…」

 突然、涙が溢れ出した。
 生きていても仕方ない、辛い、苦しい。だから、ここへ来たというのに、死ぬ瞬間になって生を惜しむとは、情けない。
 だけど、今戻っても何も変わらない。
 苦しい生よりも、楽な死を望んだ俺は、ついにぶら下が…ろうとしたのだが。

「隣、いいですか?」

 ロープを持った、中学生くらいの少年が俺を見上げて言った。
 俺は慌ててロープから首を外した。

「どうしてそんなこと訊くんだ?」

 ロープを結ぶ少年に向かって言った。

「念のため、訊いた方が、いいかなと思いまして」

 一応、俺は30を手前にした大人だ。
 自ら命を絶とうとしている少年を止める立場にある人間だ。

「どうして死のうとしてるのか、訊いてもいいか?」

 どうせ俺も死ぬのだから、せめて少しでも、救える命は救おうと、俺は訊いた。

「おじさんが死のうとしてたから」
「俺が?関係あるのか?」
「一人で死ぬより、誰かと死んだ方が、少しは楽になれそうかなって」

 おかしなことを言う少年だ。

「そんな理由で命を粗末にするんじゃない」

 俺は少し怒りを含めて告げた。

「おじさんだって。どんな理由だろうと、命を粗末にしようとしているじゃないか」

 止めたはずの涙が、再び溢れてきた。

「おじさんが死なないなら、僕も死なない」

 おかしなことを言う少年だ。
 だけど、俺は何も言い返せなかった。

「あ、そうだ。帰るなら、僕も隣に乗せてってください」
「わかったよ」

 後日。
 あの後、車に乗せていたはずの少年は消えていた。
 おそらく、幽霊とか妖精とかの類だろう。
 自分のように死んで欲しくなく、歩み寄ってきたのだと思う。
 辛く、苦しい日々に、再び戻された俺は、向かった山奥で起こった事件について調べた。
 その中で、気になる記事を見つけた。

『〇×山周辺にて、男子中学生の行方が不明』

 2年前の記事だった。
 暗くて顔まではっきりと見えなかったが、記事にある特徴と恐ろしいほど合致していた。
 俺は警察に話しに行った。
 信じてもらえなさそうであったが、あの少年が何かを訴えてきているような気がしたのだ。
 不審がられつつも、話を聞いてもらった俺は、警察官とともに、〇×山へ向かった。
 運転席と助手席に一人ずつ警察官が座り、後部座席には俺一人だったのだが、山道に入った辺りで、気配を感じた。

「隣、いいですか?」

 横にはあの時の少年が座っていた。
 俺は少し驚いてから、頭を撫でてやろうとした。
 けれど、霊体の少年には触れられず、俺の手は宙をさまよった。
 山に入ってから、道を覚えていなかったが、俺の前を少年が歩いてくれた。
 あたかも俺が誘導しているかのように、警察官の前を歩いた。

「こ、ここです」

 警察は慎重に掘り起こし始めた。
 それが見えてくるのに、時間はかからなかった。
 少年の綺麗な遺体と、手を繋いでいる自分の遺体があった。

「少しは楽に死ねたよね?」

 おかしなことを言う少年だ。

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