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イラスト名建築ぶらり旅 with 宮沢洋&ヘリテージビジネスラボ①

重要文化財で北欧のオープンサンドはいかが?

今回の行き先
大阪府立中之島図書館(旧・大阪図書館)

「今回、一番力を入れて伝えたいのはカフェなんです」。この連載のガイド役である西澤崇雄(たかお)さんは、事前の打ち合わせでそう切り出した。大阪府立中之島図書館は、名建築中の名建築。筆者も何度か行ったことがあるが、カフェには行ったことがない。「オープンサンドやパフェが有名なんですよ」と、うれしそうに語る西澤さん。堅そうに見えて、意外に乙女っぽい?

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今回から始まる「イラスト名建築ぶらり旅」。完成から長きにわたって人々に愛され、今も心地よく使われている国内の名建築をイラスト・写真・文章でリポートする。案内役の西澤崇雄さんは、「日建設計 新領域開拓部門ソリューショングループ ヘリテージビジネスラボ アソシエイト ファシリティコンサルタント」という、舌をかみそうな役職。専門は構造設計で、博士号も持つバリバリのエンジニアだ。仕事を通じて歴史的建築物の活用の面白さに目覚め、「ヘリテージビジネスラボ」を社内提案。今はその部署を引っ張っている。

西澤さんのキャラクターの面白さにもおいおい突っ込んでいきたいのだが、今回はこのくらいにして、建物巡りに移ろう。ここは、大阪・中之島にある「大阪府立中之島図書館」(大阪市北区)。日建設計の前身である住友本店臨時建築部によって設計され、1904(明治37)年に開館した。現役の公共図書館では国内で最も古く、1974(昭和49)年に、本館と両翼(1922年増築)を合わせて国の重要文化財となっている。約120年の長きにわたり、現役で大阪府民に愛されている図書館だ。

重要文化財で朝食を
朝9時に図書館前に集合。「人気店なので、お客さんの少ないうちに行きましょう」ということで、真っ先に南翼の2階にあるカフェへ向かう。図書館の正面玄関(2階)でまず目に入るのはドーム状の天井と宮殿のような階段だが、そこを上らずに右に進むと、目指すカフェに着く。おお、重要文化財に北欧風のインテリアが映える! 歳月を感じさせる上げ下げ式の窓に、木の窓枠。木製テーブルやヘリンボーン床のレトロ感がマッチしている。新築のビルではこの感じはなかなか出せまい。

「スモーブロー キッチン ナカノシマ(Smorrebrod KITCHEN nakanoshima)」である。この図書館では2015年に耐震改修工事が実施され、工事の完了後、一部のスペースが民営に委託されることになった。2016年4月、南翼2階に開業したのが北欧のオープンサンド専門店「スモーブローキッチン ナカノシマ」だ。(内装設計:森井良幸+カフェ)

「スモーブロー(Smorrebrod)」というのは、デンマーク伝統のオープンサンドのことなのだという。「Smorre=バター」、「brod=パン」の意味で、ナイフとフォークで食べる、ちょっとリッチなサンドイッチだ。筆者は初めて食べたのだが、ライ麦パンがどの具材にも合う。

朝食の時間帯だからか、お客さんは女性ばかり。だが、店長の岩井麻夏さんによると、「図書館のついでに寄ってくださる男性のお客さまも多いですよ」とのこと。
オープンサンド以外にパフェも人気という。メニューを見ると、季節限定パフェもたくさんあって、目移りする。

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岩井店長に、「この空間の好きなところはありますか」と聞くと、「3方向に窓があって、どこからも窓の外に緑が見えます。こんなに自然を感じながら食事ができる場所は、都心では珍しいのは」との答え。確かに、そうかもしれない。

建築目線でいうと、壁に穴を空けないでインテリアが成立していることに感心する。建物が重要文化財なので、壁や天井にくぎを打つことはできない。それでも全くハリボテ感がない。注文した食べ物を待つ間、特に壁際を注目して見てほしい。

通常営業は9時~20時(コロナ禍で変更もあるのでサイトhttps://www.smorrebrod-kitchen.com/で確認を)。日曜も営業しているので、図書館が休館日でもここは利用できる。うっかり休館日に来てしまった人も、ここを目指せば建物内の雰囲気を味わえる。西澤さんが「レストラン推し」だったのはそういうことだったのか。

建物に隠れる幾何学系 
いったん外に出て、オーソドックスに外観を眺めてみよう。

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図書館の本館(中央部分)は、住友家第15代当主である住友吉左衞門友純(ともいと)の寄付によって1904(明治37)年につくられた。設計は住友本店臨時建築部の建築技師長であった野口孫市(まごいち)と技師の日高胖(ゆたか)。建築顧問は辰野金吾が務めた。その後、技師長となった日高胖の設計で、1922(大正11)年に本館の両翼(南北)に閲覧室が増築された。これも住友家の寄付だ。

外観はルネサンス後期のパッラーディオ様式で、建物正面はコリント式円柱が並ぶギリシャ神殿を思わせる意匠だ。

西澤さんが「先人も指摘していることですが」と前置きしたうえで、いかにも理系なうんちくを教えてくれた。「設計者の野口孫市は、明確な幾何学にのっとってこの建物を設計したようです」。

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なるほど、確かに。立面(正面の形)が3つの正方形。正面入り口の四角形は黄金比か……。これは言われなければ気づかない。

ちなみに、正面玄関上の建物名表示は「大阪図書館」。この名は、建設されたとき(1904年)に「大阪で最初の図書館」であったことを示している。

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ドームには「八哲」、記念室には「舵」
再び中に入ろう。エントランスホールのドーム天井は、ローマのパンテオンを思わせる球面。天井中心部の明るい光は、ドーム上の腰屋根から差し込む自然光だ。

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ドーム天井やや下の「フリーズ」(中間帯)には、「八哲」の名が書かれている。階段正面上から右回りに菅原道真(菅公)、孔子、ソクラテス、アリストテレス、シェイクスピア、カント、ゲーテ、ダーウィンだ。

船の舵のような大窓には…
優雅なカーブの階段を上って、3階の記念室へ。ここは正面玄関の真上に当たる部分だ。お誕生日席の背後に掛かるレリーフは、住友家第15代当主である住友吉左衞門友純(ともいと)。100年使える建物を寄付してくれたことに感謝。

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この部屋は、江戸時代に設立された大阪商人たちの学問所「懐徳堂」の集まりでも使われたという。年季の入った木製家具のディテールが味わい深い。

西側の大きな窓は、船の舵(操舵輪)をイメージしたといわれる。完成したときには、前年(1903年)に完成した「日本銀行大阪支店」(設計は辰野金吾)が窓の向こうに見えたはず。西澤さんが「図書館と日銀の中心軸はぴったり合っています」と教えてくれた。「経済と文化をつなぐ」、あるいは「文化が経済の舵を取る」という意味があったに違いない。

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新設自動扉により正面玄関が使用可能に
ところで、正面玄関から帰るときには、玄関の自動扉をよく見てほしい。

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実は、正面玄関は2015年の改修以前、50年以上も閉じた状態だった。扉を頻繁に開閉すると破損する恐れがあったためだ。それを補修し、さらに自動扉を新設。元の扉を空けたままの状態で出入りできるようにした。建物を傷つけないよう、自動扉の構造体は1階からの自立柱としている。この改修は、日建設計によるものだ。そんな隠れた工夫によって、今もこの図書館は元気であり続けている。

■建築概要
大阪府立中之島図書館(旧・大阪図書館)
所在地:大阪市北区中之島1-2-10
完成:1904年
設計:野口孫市(住友本店臨時建築部)
改修:2015年
改修設計:日建設計

■利用案内
図書館の休館日:日曜日、国民の祝日・休日、3月・6月・10月の第2木曜日、年末年始
図書館ガイドツアー:毎週土曜 1回目/11:30~ 2回目/13:30~ 3回目/15:30~  所要時間30分程度 
参加費 500円 (オリジナルグッズ付) 当日30分前より先着順にて受付(事前申込不要)
各回 先着5人 受付は中之島図書館本館2階 総合受付
公式サイト https://www.library.pref.osaka.jp/site/nakato/
インフォメーションサイト https://www.nakanoshima-library.jp


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取材・イラスト・文:宮沢洋(みやざわひろし)
画文家、編集者、BUNGA NET編集長
1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部卒業、日経BP社入社。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集部に配属。2016~19年、日経アーキテクチュア編集長。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。著書に「隈研吾建築図鑑」、「昭和モダン建築巡礼」※、「プレモダン建築巡礼」※、「絶品・日本の歴史建築」※(※は磯達雄との共著)など

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西澤 崇雄
日建設計 新領域開拓部門ソリューショングループ ヘリテージビジネスラボ
アソシエイト ファシリティコンサルタント/博士(工学)
1992年、名古屋大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は構造設計、耐震工学。
担当した構造設計建物に、愛知県庁本庁舎の免震レトロフィット、愛知県警本部の免震レトロフィットなどがあり、現在工事中の京都市本庁舎整備では、新築と免震レトロフィットが一体的に整備される複雑な建物の設計を担当している。歴史的価値の高い建物の免震レトロフィットに多く携わった経験を活かし、構造設計の実務を担当しながら、2016年よりヘリテージビジネスのチームを率いて活動を行っている。

TOP画像:柄松 稔[柄松写真事務所]



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