マガジンのカバー画像

【一部公開中!】小説伊勢物語 業平

6
美麗な容貌と色好みで知られる在原業平の生涯を日本で初めて小説化。「NHK100de名著」、新聞・雑誌各紙誌で取り上げられている話題作です。
運営しているクリエイター

記事一覧

小説伊勢物語 業平/日経の本ラジオ#Voicy

「小説 伊勢物語 業平」著者 作家 髙樹のぶ子さんと国文学者 上野誠さんの対談イベントの様子をお届けします。 「小説 伊勢物語 業平」は、2020年5月に発行。 第48回 泉鏡花文学賞、第62回 毎日芸術賞を受賞しています。 伊勢物語は、千年読み継がれてきた歌物語の不朽の名作にして、「恋の教科書」ともいわれることもあります。 その主人公とされる在原業平の一代記を「伊勢」の百二十五章段の和歌を物語の中に据えて大胆に小説化されています。 イベントは、2020年12月 株式会

【目次】小説伊勢物語 業平

初冠 雨そほ降る 誰が通ひ路 蛍 昏き思ひ 長岡 大幣 若草 白玉 露の宿り これをや恋と みそかなる 忍ぶ草 朧月 芥川 杜若 宇津の山 武蔵鐙 姉歯の松 塩竈・水無瀬 夢うつつ 大淀 炎上 藤の陰 花の宴 花散り雪こぼれ 千尋の竹 紅葉の錦 潮干潮満 鶯のこほれる涙 ほととぎす つひにゆく あとがき --------------------書籍のお求めはこちら-------------------- 楽天ブックスで購入する ●『小説伊勢物語 業平』 https://

【初冠】小説伊勢物語 業平

初冠(ういこうぶり)  春真盛りの、大地より萌え出ずる草々が、天より降りかかる光りをあびて、若緑色に輝く春日野の丘は、悠揚としていかにも広くなだらか。  その斜面を取り巻く樫や山桃の枝葉を払い潜(くぐ)るようにして、勢い良く駆け出してきた若い男ひとり、額を輝かせ頰を汗で濡らした様が、若木の茎を剝いたように匂やかでみずみずしい。  追いかけて、暗い森から数人の男たちと馬二頭が走り出てきます。馬も人も空の明るさにはっとたじろいだあと、中のひとりが息はずませて若い男に近づき、声をか

【雨そほ降る】小説伊勢物語 業平

雨そほ降る  朱雀大路より西は、大内裏から南に見下ろして右半分、ゆえに右京と呼ばれております。 唐の都を模して桓武帝がおつくりになった平安の都ではありますが、いまだ遷都のあとの年月も浅く、京の西には家々も少ないありさま、七条あたりまで下れば市などで賑わいもありますが、三条、四条あたりはまだ家並みも揃わず、閑散としております。  その一隅に築地をめぐらせた、あたりではいくらか整った屋敷が、このところの降り続く雨の下にひっそりしずまっておりました。  長雨でそこかしこ、築地から土

【誰が通ひ路】小説伊勢物語 業平

誰が通ひ路  季節はめぐり、業平も十七歳の勢いづくとしごろとなり、正月には右近衛府将監(うこのえふしょうげん)として任官を果たしておりました。  この年より翌年にかけ、朝廷にとりましても業平にとりましても、思いも寄らぬ深刻な出来事が待ち受けておりますが、とまれ業平、位階は従六位上とけして高くはなくとも、親王の子としての気負いはいや増しております。  近衛府への出仕、公卿(くぎょう)の随身の役目のほかに宿直(とのい)と呼ばれる午後から夜にかけての務めも精勤しております。  業平

【蛍】小説伊勢物語 業平

蛍  朝より空の白さが目立つ暑い日、業平は唐撫子(からなでしこ)を添えた厚い文を受け取りました。  文は烏帽子に直衣(のうし)姿の老いた男により届けられたので、南の廂(ひさし)に屏風を立て、この男を通しました。  邸の外に牛車を停めての来訪であったのも、家人たちを驚かせました。  女人からの文でないのはたしかで、すぐさま業平は目を通します。それはまた、思いも寄らぬ、奇妙な依頼でした。  男はまずは自らの身分や名前を名乗ったあと、ぶしつけな遣り文を謝り、これより他に成すすべの無