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全身人間

僕は全身人間。下半身が人並みで、上半身が人並みの全身人間。人並みっていうか、人。僕は、ケンタウロスの父からも、ミノタウロスの母からも愛されていた。僕は、ケンタウロスとミノタウロスのハーフの全身人間として、何一つ不満もなく、幸せだった。
でも、ひとつ気になることがあって、僕の腹部の周囲は、ヘソを含む幅20センチくらい、帯のように、ちょうど焦げ茶色に変色している。僕は全身人間。これは誰の何由来?メンデル的に大丈夫なやつ?最近、隔世遺伝って言葉聞いた気がするけど僕それってことある?父ちゃんと母ちゃんは特に何も言ってこないし、この焦げ茶色が真夜中、特別な力を持ち出すこともなく、人並みの生活を送ることができている。でも、なんか...この焦げ茶から上が上半身で、ここから下が下半身であると、世界に宣言しているみたいで恥ずかしいし、なんだか不恰好に思えて仕方なかった。

母ちゃん、もうちょい長い水着ない?ヘソ上まであるやつ。
プールの授業が何よりも地獄だった(不満はない、と言ったが、不満はある)。誰かにこの焦げ茶が発見されてしまった暁には、クラスメイトの格好の餌食になるに違いない。どうしても見られてはいけなかった。作戦はひとつ。水着をグングン上へ上へ引き伸ばすのだ。局部が強調されたり、突き抜けてダサかったりと、でかい代償を負うものの、焦げ茶が知られるよりずっとマシだった。

そうは言っても、不満はそれくらい。

彼の、今後長く続く人生もそれなりに良いものだった。大人になってからは一般企業に就職し、そつなく仕事をこなして、恋人もでき、そして子供にも恵まれた。子供に焦げ茶はなかった。普通の、人並みの人生、それなりの起伏であった。人並みの絶望を味わい、それゆえに人並みの幸福も知ることとなった。そして普通に寿命を迎え、この世を去ることとなった。享年、183歳。

#ショートショート #小説

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