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日記 10月17日

今日の天気は雨だった。子供の時雨が嫌いだった。
濡れるし、暗いし、外で遊べないから。
晴れてる日は街行く皆が生き生きとしていて、笑顔の人が多く、‘‘平和‘‘という言葉がこれほどまでに的を得ていることがないくらいの希望があふれていたように見えた。
その反面、雨の日は皆が肩を落とし、どこか浮かない表情をし、‘‘悲しい‘‘とか‘‘寂しい‘‘印象だった。

それからある程度成熟して色んな景色や人を見て、最近になって雨はそこまでネガティブなものではないなと感じるようになった。
雨あがりの空の雲の隙間から差し込んでくる煌々とした太陽の光に希望を感じたり、傘に落ちるぽつぽつとした雨音を楽しんだり、‘‘視点‘‘を変えれば何事も楽しく感じてくる。
どんなに暗く、悲しいことがあっても、最後には希望が待っていると感じることが出来る。

降り続く長い雨の最後に 静かに種が顔を出すように
土に包まって芽吹きを待った 雨上がりの希望

ーASIAN KUNG-FU GENERATION『雨上がりの希望』より

大好きなロックバンドの大好きな曲の一節。
この曲を聴いてより雨の日が嫌いではなくなった。悲しいことがあってもそこにはどこかに小さくも、強く希望が在り続けるのだからと歌ってくれる。アジカンは自分に希望を与えてくれる。喜びを与えてくれる。この世界が続く限りずっと聴いていたい、音楽を鳴らし続けてほしいバンド。

明日は晴れるといいなと思いながら会社を出て、傘を差して駅まで歩こうとした際、水溜りにうっかり足を入れてしまい、傘が自転車置き場のフェンスに引っかかり壊れかけ、電車に乗った瞬間に滑って転びそうになり、体を支えようとドアに手を伸ばそうとしたら勢い余って手の甲を強打した。

やはり雨は嫌いかもしれない。

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