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「時間泥棒」第七話

スカーフェイスを追って(2)

《乙女町》

 乙女町は住宅地で、紅葉とミチルの家もある。ただっ広いライオン公園よりは探しやすい気はするけれど立ち並ぶ建物のせいで死角が多く、見通しは悪い。
 なにしろ相手は猫。隠れるのなんてお手のもの。ひょいひょいと塀に登ったり、建物の間や民家の庭先を通り抜けたりされれば、追いかけるのは困難だ。
「まだ近くにいるかもしれないから、見落とさないようにね」
 マシュマロが注意を促す。先へ進んでいくと、ミチルが突然足を止めた。
「ねえ、道を変えない?」と言って、いかにも苦手そうに俯いた。
 視線の先に、個性的な髪型をした男の人が座り込んでいる。ドレッドヘアに無精ひげを生やし、道端でタバコ。すごく柄が悪い……。前を通るのを躊躇う気持ちもわかる。
 そうしようか、と言いかけるとジョージが騒ぎ出した。
「見ろよ、あの髪型! めちゃくちゃクレイジーじゃないか⁉」
 派手なおじさんは気づいて立ち上がり、手を大きく振った。
「誰かの知り合い?」マシュマロが不思議そうに見上げると、
 ミチルが俯いたまま、小さく手をあげて恥ずかしそうに言った。
「ごめん……アレ、うちのお父さん……」
「ミチルのお父さん⁉」驚いて振り返ると、なぜか紅葉が自慢げに髪をいじっている。
「なによ、知らなかった? あたしはミチルのとこで髪切ってるから顔なじみだけど?」
 ミチルは、申し訳なさそうに前方のお店を指す。
「アレ、うちなの……」
 古い看板に《北川理髪店》の文字。店の前には、床屋さんでおなじみの赤と青のラインがクルクル回るポールが立っていた。ミチルのお父さんがジョージを見て目を輝かせる。
「ヨォ少年! なんて気合い入った髪型してんだ⁉ ジェームスディーンも真っ青だ」
「おじさんもめちゃくちゃクレイジーだよ! ボブ・マーリーみたいだぜ!」
「オオゥ! 少年! わかってるな!」
 二人はお互いの肩を叩き、豪快に笑い合う。とても他人同士には見えない。
「ヨォ! ミチル! 今朝ママがおまえが弁当持って学校行ったって言うから、家出でもするんじゃないかと思って、オレァ心配してたんだヨォ!」
 ゴキゲンなお父さんの前を、ミチルは無視してスタスタと通り過ぎる。ミチルのお父さんは、僕たちに目配せすると、腕組みをしてうなずきながら娘の後ろ姿を目で追った。
「ハハハ! いいんだよ! いつものことだ!」
「ねえおじさん。ここら辺を猫が通らなかった? あたしたち、黒い猫を探してるの!」
「黒猫? ああ、朝来たぜ! 生物だから冷蔵庫に入れとけって言ってたけど?」
「違う! そっちじゃない黒猫よ!」紅葉が即座につっこむ。
「オォ! 猫なら、カラス神社にわんさかいるんじゃないか?」
「そっか、カラス神社ね。おじさん、ありがとう!」
 紅葉はお礼を言うと、先に行ったミチルを追いかけた。
「マァ、なに考えてるかわからない娘だけど、仲良くしてやってくれよな!」
「おじさん……ッ! また来るぜ!」
「オゥ少年! いつでも歓迎だ! 待ってるぜ!」
 名残り惜しそうなジョージを連れて、僕たちは頭を下げるとその場を去った。
 少し変わった人だけど、あんな人が家族なら毎日楽しいかも……。そんなことを考えながら、なぜかウキウキとめを輝かせているジョージの横顔を見ながら歩いた。
 ミチルに追いつくと、すぐに歩行者専用の遊歩道が現れる。この道は乙女町の通学路になっていて、遊歩道に沿って歩けばコスモ小に到着する。途中には大きな乙女坂と、イエローバスの走る環状線をまたいでカラス神社が位置している。
 乙女坂は、この町の子供なら誰でも知っている。とても長い下り坂で、冬に雪が積もると、家からソリを持ちだした子供たちがズラリと並ぶ。時間はすでに三時半。満開の桜を見ながら長い坂を下ると、ミチルがカメラを取り出して写真を撮り始めた。
「なあミチル! そのカメラで俺を撮ってくれよ!」
「いや。わたしは撮りたいものしか撮らないの」
 あっさり断られているのに、ジョージはなぜか嬉しそうだ。
「ねえ、ミチルってお父さんのこと、嫌いなの?」
 僕が尋ねると、ミチルは不思議そうに答えた。
「そんなことないよ、どうして?」
「だってお父さんのこと、目も合わせずにスタスタ無視して行っちゃったから」
「ああアレ? 違うよ、お父さん、冷たくされると喜ぶのよ! 変わってるでしょ?」
 僕が耳を疑っていると、後ろで聞いていたジョージが「わかるッ!」とうなずいた。ごめん、本当にそれは分からないけど、やっぱりミチルも変わってるよ。
 乙女坂を下ると、遊歩道がまっすぐに伸び、環状線の地下に一旦潜る。そして再び地上へ出て直進すると、左手側に、竹やぶとカラス神社が見えてくる。正式名称は畝葉神社。境内にあるケヤキの木に、カラスがたくさん羽を休めにくるからこう呼ばれている。
 神社の入口にある石畳までついた。手水の裏手や茂みの中を注意深く探しながら本堂の前まで来ると、数羽のカラスが高い鳴き声をあげた。
 自分たちのテリトリーに、侵入者が入ってきたことを仲間に告げているんだろう。
「見て! 猫がいるよ!」マルコが境内を指した。
 猫が数匹、横一列に並んでは箱座りしている。でもその中に黒猫は見当たらない。
「カラスをものともせずに、優雅に日向ぼっこなんてクレイジーだぜ!」
「とりあえず、神社とその周りを探してみるわよ」
 紅葉はそういって、本堂の裏手へと駆けていった。
「じゃあ僕は外を見てくるよ」
 境内はそんなに広くない。中はみんなに任せて外周に出てみるけど、あっという間に確認し終わってしまう。ぐるりと回って戻ってくると、鳥居前でマシュマロが待っていた。
「千斗君、外はどうだった?」
「マシュマロ、周りにもいなかったよ……」
「そっか。こっちも猫はいたけど、どれもクロじゃなかったよ……」
 境内でのんびりしている猫たちを見ながら、マシュマロが悲しそうにこぼした。
「全然ダメね! 黒いのはカラスしかいないわ!」
 みんなも収穫はゼロのようだった。
「ひょっとしたら、天川の方だったのかも?」ミチルが考え込む。
 僕たちはここまで、獅子丘町から乙女町まで歩き、遊歩道を下ってカラス神社までやって来た。天秤池町にある天川まで戻るのは躊躇われた。なにしろ上り坂になる。
 時刻は午後四時を過ぎている。マルコが不安げに言った。
「どうしよう? もう夕方だし、今からだと時間的にも厳しいよ?」
「そうね、じゃあ今日はここから近いコスモ小を探しましょ! あたしも学校で被害にあってるから、可能性がないわけじゃないわ」
 僕達は、紅葉の案でコスモ小に向かった。北門から校内へと入ると、土曜の午後、グラウンドでは運動部の生徒たちが整備をし、帰り支度を整えているところだった。
「まだみんないるわね、あたしは後輩たちになにか見なかったか聞いてくるわ」
 紅葉はミチルをつれて、部室棟に走っていった。陸上部が使っている辺りでは、コートブラシで土を均したり、白線を引いている部員たちの姿が見える。
「千斗君、ボクたちはどうする? 花園の方に行く? それとも中庭?」
「ナァ? それより校舎の中はいいのか? 隠れるとこ多いからいるかもしれないぞ」
 マルコとジョージが広い敷地内をきょろきょろと見渡す。正門から入りグラウンドを抜け、真ん中に校舎がコの字に建っている。中庭というのは校舎のコの字部分で区切られた空間のことだ。そして校舎の裏――南側のエリアに花園とそれを見渡せる丘がある。
 確かに校内は隠れるにはもってこいだけど、スカーフェイスの目的は問題を起こすことだから、殆ど誰もいない校舎に忍び込んでいたずらする相手を探すとは考えにくい。
「教室にはもう鍵がかかってるし、もしスカーフェイスが潜んでるとしても探すのは無理だよ。時間もないから花園に行こう。中庭は途中でのぞいてみようよ」
「1号了解!」
「じゃあボクはマシュマロをつれて中庭に行ってから花園に行くね!」
 僕とジョージは校舎の南側へ向かった。ミチルがスケッチしていた小高い丘にのぼり、そこから見渡せる一帯を注意深く探す。花園にはほとんど人はいなかった。演芸部員が水やりや苗を植えているのが少し見えるくらいだ。黒いものは特に見当たらない……。
「こりゃハズレだったか?」
 ジョージが残念そうにつぶやいたとき、どこからかサイレンが聞こえてきた。
「救急車だ!」焦って音のする方角を探すけど、ここからでは車両の姿も見えないし、事件や事故が起こってる様子も見えない。「どこだ⁉ どこからだ⁉」
『千斗⁉ 救急車のサイレンが聞こえない?』グラウンドの紅葉たちからも通信が入る。
『こちらマルコ! 今ちょうど中庭だけど、ボクも聞こえたよ! 西の方から聞こえる気がするから花園の方じゃない⁉ 千斗君たち、なにか見えない⁉』
「こちら1号! なんも見えねえ!」
「千斗だよ、確かにサイレンはまだ聞こえてるけど、救急車は見えないんだ」
『千斗君たちは今どこにいるの? どっちの方角から聞こえてくる?』
 ただ一人、ミチルが冷静に問いかける。救急車の位置をつかもうとしているんだろう。みんなが一瞬にして黙り込む。必死で正解を待ち望むみたいに。
「僕とジョージは南側、丘の上にいる。西から聞こえるよ! 花園ではなにも起こってないからもっと外! たぶん、天秤池町か蠍通り町の方だと思う!」
 はっきりと場所までは確定できないうちに、救急車は現場に到着してしまったのかサイレンが鳴りやんだ。
「止まっちまったぜ……」
「いや、あれが救急車なら、また動き出すはずだからもう少し待ってみようよ」
 僕がそういうと、紅葉が、
『とにかく一度集まって! 丘の上に集合よ!』とみんなを集めた。
 五分もしないうちにみんなが丘を駆けのぼってくる。その場に立ち尽くしたままさらに十分ほど過ぎると、救急車は再びサイレンを響かせ始めた。きっと病院へ向かっている。
「確かに西ね。やっぱり、あのまま天川の方だったのね……」
 ミチルが言った。離れていくサイレンに、僕達は耳を澄ました。
「……天秤池町の方かな? それとも蠍通り町かな?」
 マルコがマシュマロをぎゅっと抱きしめながらつぶやいた。
「とにかく! 明日は朝から集まって、天秤池町から情報を集めるわよ!」
 紅葉もくやしそうだ。今は離れていくこのサイレンが、スカーフェイスの仕業によるものだったのかどうかそれすらわからない。でも少なくとも僕たちはあいつを捕まえることに失敗した。それが今日の結果だ。成功していれば、あのサイレンは鳴らなかったかもしれない。そう思うと、自分に対する情けなさが湧き起こった。
「じゃあ、また明日。十時にライオン公園に集合よ」
 そう言って紅葉は丘をおりていく。
 その日僕たちは、言葉少なく、自宅へと続く道を静かにたどっていった。

黄道区

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