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「カノンの子守唄」第十話

第九章

オメガの子守唄

 音なきアラームの点滅の中、ノアの目の光はひとつの決意を心に誓ったように力強かった。そんなノアの内なる決意をタテガミもネジ式も感じとった。
「ノア……」
「もし、カニバルも一緒に私たちの祖先がここで共同生活していたのなら、私たちの祖先はとっくに彼らに食いつくされてたはずよ」
 思いの外冷静なノアに、ネジ式はおどろいていた。
「つまり、何が言いたいのですか?」
「オメガよ。きっと彼ならカニバルを一時的におとなしくする方法を知ってるはずだわ! ねえ、ネジ式、背中のネジを回せばオメガも動くのよね? 扉を開ければ、カニバルはまっすぐこっちへやって来るわ。私がおとりになるから、タテガミはオメガのところまで行って、動かして一緒に戻ってきて」
 それを聞き終わったタテガミは強く反対した。
「それじゃあノアが持たない! 絶対だめだ!」
「タテガミがおとりになっても、私にはカニバルをかわしてすりぬける自信ないもの」
 俊敏性の高いタテガミだからこその作戦だった。
「適材適所……ですか」
 タテガミはそれでも納得がいかない。
「それに……」
 ノアはそう言うと、モヒの横たわる装置の横に立てかけてあったモヒの木刀を手に取ると、かわりに持っていた銃を床に置いた。
「私が行ったとして、カニバルをかわしてオメガを連れて戻ってきたとき、もしタテガミに万が一のことがあったら……私は本当にカニバルに復讐してしまう。でもそれは……きっとモヒの願いじゃないわ」
 モヒの勇気を踏みにじりたくない。ノアは答えを見つけ出していた。ノアは、復讐の連鎖を断ち切ろうとしていたのだ。
「ノア……」
「ノアさん! ……よし! やりましょう! ノアさんは私が全力で守ります!」
 三人は決断し心をひとつにした。扉の向こう側では開かない扉に叫び疲れたカニバルがいらだちまくっている。ネジ式は扉のパネルまで進み、扉を開ける準備をした。
「タテガミ! カニバルは左目がつぶれてる! 隙を作るから左側からぬけて!」
 カニバルの行く手をさえぎっていた扉が開かれる。
 ノアは握りしめた骨笛を自分の上で大きくふり回しながら飛び出し、カニバルの右目に向かって投げつけた。突然の襲撃に油断していたカニバルは、右目をかばってとっさに体をまるめた。その一瞬の隙に、タテガミがカニバルの左側をかけぬける。カニバルは、タテガミが通りぬけたのに気づかなかった。牙をむき、よだれを垂れ流しながらノアとネジ式に向かって近づいてくる。ノアが力強い声で叫んだ。
「決着をつけよう!」
 その手には、モヒの木刀がしっかりとにぎられていた。
 タテガミはものすごい速さで廊下をかけぬけた。階段を飛びおりると、あまりの勢いで止まらずに壁に激突してしまう。額から血をにじませたまま、さらに階段を飛びおりて長い廊下を走っていく。早くノアのところに戻らないと! 痛みも疲れも息切れも、今は何も感じない。タテガミはただ集中して、戻ることだけを考えながら必死に走った。扉をけ破り、オメガにかけ寄って背中の大きなネジに手をかける。
「動け! 動いてくれ!」
 長い間眠っていたオメガのネジは、とてもひとりの力で巻けるものではなかった。ボキボキとタテガミの手からにぶい音がひびく。力をゆるめることなくネジを回し続けるが、巻き切ったときにはタテガミの両手の骨は完全に折れてしまっていた。
 眠りから目覚めたオメガが辺りを見渡し、途切れた記憶をたどる。
「おまえの大事なカニバルが暴れてるんだ! 一緒に来て力を貸してくれ!」
 目の前で自分が愛情をかけ、育てたキメラの末裔がそう叫んでいた。その様子は一刻を争っている。すべてを理解してはいないものの、オメガにはそれが緊急事態だとたやすく判断できた。
「行きましょう!」
 モヒの眠る部屋の手前では、カニバルの激しい攻撃を死に物ぐるいでかわすノアとネジ式がいた。戦うにはあまりにも廊下はせまい。だがモヒの安らかな眠りを荒らされたくないふたりは、なんとしてもカニバルを部屋に入れたくなかった。ノアの体には痛々しい爪あとができている。同じようにネジ式の体にも、ノア以上の爪あとやへこみができていた。
 ノアはしつこく襲いかかる爪をモヒの木刀で必死に防いだ。しかしカニバルの力を受け止めるにはあまりにもノアは非力だった。体ごと弾かれて壁に打ちつけられる。頭を強く打ったノアはもうろうとして、体の自由がきかなくなり倒れこんだ。
 カニバルは容赦なくとどめをさそうとした。助けようとしてネジ式が飛びこむと、ふりおろされる爪にネジ式の体が当たり、カニバルのねらいがはずれた。爪はノアの体を少しだけそれ、ノアの右腿に深くつきささった。痛みでノアの意識がさらに遠退いていく。
「ごめん、タテガミ。持たなかったわ……」
 ノアの腿から爪をぬき、カニバルがふたたびノアの心臓目がけてとどめをさそうとしたそのとき、その体を何者かが後ろから羽交い締めにして「やめなさい!」と叫んでいた。オメガだった。
 カニバルが暴れて叫び声をあげる。頭が割れそうなほどだ。ノアたちの顔はゆがんだ。
「タテガミさん、準備を!」
 オメガが叫ぶ。タテガミはノアの科学者の誰かが使っていたヘッドフォンを持ち、羽交い締めにされているカニバルの耳に装着した。オメガはカニバルにしがみついたまま、ヘッドフォンを押さえつける。
「ノア! もう大丈夫だ!」 
 タテガミはノアにかけ寄ると、折れた指でノアの体を抱きかかえた。
「ミュージック、カノン、再生」
 オメガがカノンを再生する。それは、ネジ式がノアたちに聴かせた音楽カノンだった。カノンにノアたちが反応を示していたのは、その祖先すべてがオメガによる子守唄として、脈々と遺伝子に刻まれていたからだ。
 カニバルは次第に暴れるのをやめ、右目から涙を流し、天井をあおぎ見た。
「お…おれ……を……とめ…て…くれ……」
 このとき初めてノアたちの前でカニバルは言葉を話した。まるでコントロールできない自分自身の暴走を止めてほしいかのように……。ノアは最後の力をふりしぼり立ちあがる。指が食い込むほど強くモヒの形見をにぎりしめるノアを、タテガミが折れた指で支えた。
「止めてあげるわ」
 ノアはそう言うとふりかぶり、強烈な一撃をカニバルの顎に叩きこんだ。カニバルの意識は失われ、膝からくずれ落ちると、そのまま床へと沈んでいった。

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