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心のリハビリ

書きかけの記事を仕上げてしまおうと読み返してみたら
「あれ?同じようなことかいてるような‥」となりました。
でも、何度も出ているテーマだとしたらそれはきっととても言いたかったことなのだと思うので、そのまま仕上げて投稿したいと思います。


急性期入院中の想い

いきなりくも膜下出血で倒れた私。気がついたら足に麻痺があり目が見えない状態でした。

コロナ禍で面会も許されず目が見えないので電話もままならない。この時期は本当に辛かったです。

担当の療法士さんはいつも寄り添ってくれましたが、急性期のリハビリは時間が限られている上、コロナ禍で院内でクラスターが発生して人手が足りず、リハビリがお休みになることも多々ありました。

コロナが始まって数年が経つのに家族の面会が不可になったままで、患者の心のケアが全くなされないことに不満を感じました。

回復期に移って

手術によって視力を取り戻し回復期に移りました。面会が許されないという環境は急性期と変わりませんでしたが、目が見えて携帯が使えるようになったことで家族や友人と連絡をとることができるようになりました。

けれどもここでもリハビリが行われるのは身体に対してだけでした。
急性期と違って頭がはっきりした分だけ不安もはっきりしてきました。

でも療法士さんたちは常に忙しそうでした。そして何より担当が誰かによって心のケアをしてもらえるのかどうか、そこはくじ引きのようなものだったのだと退院後に気がつきました。

入院中、あるプロジェクトから外れてしまい落ち込む私に担当療法士さんがかけた言葉は「世の中そんなもんですよ」でした。

病気にせよ怪我にせよ、一瞬で人生が変わってしまった人は沢山いると思います。がん患者への緩和ケアがあるのに後遺症を負った人がいる回復期病棟にそういったものがないのは何故なのか。こちらにも非常に不満を持ちました。

退院後の不調

「日常生活に戻ってからが本当のリハビリだよ」理学療法士になった同級生が私にかけた言葉でした。それはまさにその通りでした。

最初に表れたのは麻痺している左足の痛みでした。脛の辺りがパンパンに張って歩くと痛みがでるようになりました。

その後麻痺した左足の先が冷えて辛くなり始めました。
先生には「気温や気圧で仕方ないんですよ」と言われました。

“仕方がない”それは事実なのかもしれませんが、当事者としてはそんな一言で片付けられてしまうのが何ともやりきれませんでした。

その後は“何か変”と感じていただけの左手に表れ出した症状。
動かし辛さと共に冷たいものに触れると痛みを感じ、手を洗うこともペットボトルを持つことも辛くなりました。
料理をするのが好きな私には冷たいものが痛いことはかなりのダメージとなりました。

そして様々なことが重なり両肩の関節には水が溜まり不自由なく動かせるのは右足のみとなりました。

病院にいる間は何の支障もなかった日常生活。けれども外の世界では支障だらけでした。でも一度退院したら相談できるところはどこにもありませんでした。

心のリハビリ

入院中から一貫して思ってきたこと、それは体のリハビリはあるのに心のリハビリはないということです。

脳疾患患者が鬱になりやすいことはよく知られているといいます。にも関わらず急性期でも回復期でも、また退院後もそのフォローが一切ないのはなぜなのでしょうか?

また脳疾患だけでなく、その他の病気や事故で一瞬にして世界が変わってしまう患者は多くいると思います。でもその心のケアがなされないのは何故なのか?

そしてコロナになってもう何年も経つのに、ただ面会禁止にするだけで面会できない患者の心が置き去りなのはどうしてなのか。
病院がもっと心身ともに治療してくれる場であってほしいと願っています。