第5章、第二都市1-A地区、窪地(虹池)「どうして水がありませんの?」
(もう少しだから頑張って)
もう3、4時間、歩いただろうか?
さすがの女神たちも疲れて誰も話す者はなく、黙々と前を向いて歩いている。
雲1つない青い空、太陽の光はサンサンと照り、髪についた亡者の血も固まり、ガビガビになってしまった。(オフィーリアの水で洗い流してもらえば良かった・・・忘れてた。)
「休憩しようか。」
声をかけ適当な所に座ると、4人の女神たちも私を囲むようにして座った。
「お水をどうぞ。」
オフィーリアが鏡から、それぞれのコップに水を注いで回る。
「俺は、これでいいよ。」
バッカスは、自分の鏡からコップに酒を注いだ。
私は彼女たちを眺めながら、副隊長に思いを馳せていた(もう少しだから頑張って)。
オフィーリアが気にしている藍白は、彼女が言うように、ずっと彼女のことを考えながら、他の部下たちに指示を出し校舎内を巡回している。ヨシツネも一緒に巡回している。アオバは・・・屋上でマーズちゃんの部下たちと、這い上がってきたり飛んできたりする亡者たちを叩き落としている。
運動場では亡者たちが、足の踏み場もないほど、ひしめきあい、我がもの顔で、のさばっている。
運動場の外へと続く正門は、5本のコンクリート製の柱があり、その間は、重そうな鉄の扉で固く閉ざされているが、亡者たちは、その地下を通って出入りしているようだ。
(とりあえず正門から行くか、礼儀だし・・・。)
私は20分ほど見計らって
「行こうか。」と立ち上がると
連られるように4人の女神たちも立ち上がり、私を先頭に歩き始めた。
A地区の崖
さらに1時間ほど歩くと、ようやく地平線上に、土色の平らな岩のような物体が見えてきた。
「あれが崖ですわ!」
フローラが、笑顔で指し示めす。
他の女神達も自然と笑顔になり、足が早くなった。
30分ほどで到着し、土色の平らな岩は、そそり立つ崖となった。
その上から
「ウォー!」
「ガー!」
「ギャー!」
亡者たちの争う声が聞こえてくる。永遠と休みなく争っているのだろう。
しばらく女神たちと一緒に崖を眺めていると、上からゴリラのような大きな体をした亡者が、黒っぽい背中を下にして真っ逆様に落ちてきた。
「離れて!」
と言いながら刀を出し、落ちてきた亡者を斬る。
「ズシン!!」と地響きを立てて地面に叩きつけられ、土ぼこりが舞う。血が飛び跳ね「キャッ!!」と女神たちや私の体に降りかかる。(あーあ、マントも汚れた。)
オフィーリアやフローラのマントも赤い斑模様になった。マーズちゃんは元々赤いマントなので・・・バッカスは一早く遠くに下がっている。さすが、ダンスも得意だから反射神経がいい。
再び、もう1体、落ちてきた。
女神たちはさらに離れ、(これはキリがないな。)と思いながら斬りつける。
後ろの女神たちに
「行こう、キリがない。」
右側へ壁に沿うように歩いていくと、女神たちも上を見上げながら、ついてきた。壁に2、3mほどの筋がついており、オフィーリアが
「見て! あれは滝の跡よ。」と嬉しそうに指し示す。(上のイラストを参照)
さらにしばらく行くとバッカスが
「あそこだ。」と指で指し示す。
その方を見ると、壁が途切れている。(下のイラストを参照)
崖の上
走って近くまで行くと、人が1人通れるぐらいの階段が、上まで続いている。
私を先頭に階段を上がって行くと、崖の上に出た。
下を覗くと、サファロスの言う通り(4章-4)、獅子のような顔で、ゴリラのような大きな体をした亡者たちが、ものすごい声で唸り吠えながら、叩き合い殴り合い、噛みつきあっている。
どの亡者たちも、私に気づかず争っている。
オフィーリアとフローラはマントで口元を押さえ、真っ青に震えながら目を見開き、A地区を見下ろしている。マーズちゃんとバッカスは、一言も発せず青い顔でじっと、A地区を眺めている。
その先に目をやると、同じように崖がそびえ立ち、その下と地面の境に半円形の穴が2つ開いて、その前を木や石で塞ぎ、その中で人が動いているのが見える。
おそらくサファロスの言うA地区の人たちだ。
私が歩き出すと、女神たちも歩き出した。
崖の下から突風が吹いてきて
「キャッ!」
オフィーリアやフローラのフードを跳ね上げる。
洞窟の前の木や石の隙間から、A地区の人たちが「誰だろう?」という風に顔を近づけてきた。
窪地
しばらく歩いて行くと、窪地が現れた。底はかなり深くなっているが、水は一滴もない。
オフィーリアが、しゃがんで窪地の底を見下ろし
「どうして水がありませんの? 見て! 底に、お魚さんたちの死骸があるわ。」と指で指し示す。
私と女神たちも、窪地の底を覗き込む。
窪地の底に張り付くように、魚の死骸が重なりあっている。そして底から舞い上がるように、死骸の臭気が立ち昇ってくる。
「うえっ! 酒がまずくなる。」
バッカスは鼻と口を押さえながら一早く立ち上がり、マーズちゃんが死骸に火を放つ。死骸はあっというまに灰になり、フローラが
「花むけよ。」
鏡から花を降らせる。
オフィーリアは、しばらくじっと底を眺めていたが
「底に鏡を置いてくるわ。」
壁を伝って窪地を下り始めた。
「大丈夫かよ?」とマーズちゃんが心配し
「放り投げたらダメなの?」と私
「んー・・・・」
オフィーリアは窪地の縁に腰掛け、しばし底を眺めていたが、意を決し
「えいっ!」
鏡を放り投げた。
鏡はコロコロと転がり、小さな石ころに当たって、鏡の面を上にして止まった。
オフィーリアは、ホッとした様子で
「良かった、反対になったら、どうしようかと思いましたわ。」
「良かったね。」と私
やがて、鏡から水がボコボコと湧き出るように溢れ出す。
「この後、どうすんだよ?」とマーズちゃん
「えっ・・・と」
オフィーリアは私を見上げ
私は察して
「どれぐらいで、いっぱいになる?」
「えっと・・調節はできましてよ。えっと、1週間? そちらに合わせますわ。」
私はうなずき
「わかった、とりあえず、学校の様子を見てから考える。」
と言って立ち上がり、オフィーリアもうなずいた。そして、マーズちゃんとフローラに両手を引かれ、立ち上がった。
私はそれを確認するとメモ用紙を取り出して、それを見ながら、学校に向かって歩き出した。
次回
第5章、第二都市(桜並木、運動場)2ー「空気が変わったわ。」
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