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65_地雷卓を回避するルールシステム

「進めば2つ、逃げれば1つ、手に入る」という格言通り、『RPG学研究』シンポジウムに参加して、欧米の参加者から様々な意見を聞くことができました。印象に残った意見が3つあります。1つ目、アメリカには"The Forge"という、ゲーマーの意見交換から実践的なゲームデザインのノウハウをまとめた書籍があるとのこと。日本では類似書籍をあまり見かけません。2つ目、「地雷卓をなくしたい」と発表したところ、"What is mined table ?" という質問がありました。アメリカでは見られない、日本のTRPG界隈独自の事象なのでしょう。3つ目、下図に示した資料の「琴線に触れる」に対して、日本在住のアメリカ人に「ことせん?」と質問されました。「琴線に触れる」は外国人に理解しにくい概念なのかもしれません。「琴線に触れる」は今後アンケート等で時間をかけて調査したい話題です。

◆地雷卓とは何か

ツィッターなどで目にする「地雷卓」とは何なのでしょうか。"mined table"と英訳されていましたが、個人的には"mined session" と思います。web検索してみると、トラブルに遭遇した話が何件も見つかります。システムを問わず、汎用的な事象のはずです。ところが「地雷卓 D&D」「地雷卓 ソードワールド」「地雷卓 シノビガミ」「地雷卓 ダブルクロス」とシステム名を条件に含めて検索するとうまく見つけられません。「地雷卓 クトゥルフ」だけ数件のトラブル報告が見つかります。地雷卓がCoC(クトゥルフ神話TRPG)卓で多いのは、野良卓セッション数が多いことだけが理由でない気がします。ときどき、キャラクターではなく、プレイヤーの正気度を減らすことを目的と勘違いした地雷キーパーが存在します。webには「地雷チェックシート」もあります。ですが、辞書的な定義は見つかりませんでした。下記のweb記事が簡潔にまとめています。

「TRPGにおける『地雷』をざっくりまとめると、『その表現や行動をされると精神的に大きなダメージを受けてしまうNG要素』を指します。」

TRPGの『地雷』とは?安心して遊ぶためにできること3選【チェックシートも紹介】より

定義が見つからないので、いったん作ってしまいます。語源である兵器「地雷」の特徴から考えて、「地雷卓」を下記のように定義します。
・地雷卓はTRPGセッション時に起こったトラブル。後から振り返って地雷卓と呼ばれることもある。
・セッション参加前には気づかない。
・その表現や行動をされると、プレイヤーが精神的ダメージを受ける。不快感からトラウマまで精神的ダメージの大きさは事象によって様々である。
・要因によって、地雷シナリオ、地雷GM(キーパー)、地雷プレイヤーに区別できる。
・システムを限定しない汎用的な事象である。

「地雷卓」に遭遇したプレイヤーの行動は、3+1種類にパターン分けできます。メンタルの強い人は、相手に対して苦情を言います。セッション途中で立ち去る人がいるかもしれません。大多数の人は、セッションが終わるまで黙って耐えるでしょう。そして、セッション後に振り返ります。「次回はうまく行く」とポジティブに考える人もいます。サイレントマジョリティは「二度と遊びたくない」と感じて離れます。TRPG全体から離れるのか、地雷卓のメンバーと離れるのか、地雷卓システムと離れるのか、離れる対象は人によってそれぞれ異なります。地雷卓が原因となってTRPG全体を嫌いになったとしたら、それはとても悲しい事件です。どう感じるかにせよ、精神的ダメージ回復手段の一つとして、日記やwebに書き出す人もいます。友人から「大変だったね」と同情してもらうことでダメージを回復することもあります。

起源について、とぉーくさんが下記のように書いています。

2014年以降からTRPG界隈では地雷という言葉がよく使われるようになる。

「オンセ界隈の用語集」より

しかし、TRPGセッション卓でのトラブルは、1990年代から散見されました。主に、未知プレイヤー同士が卓を囲むコンベンションで起きました。トラブル解決をネタにして『粋なゲーマー養成講座』が書かれています。2010年代にオンラインセッションでの野良卓が増えるにつれて、未知プレイヤー同士が遊ぶ機会が増えたことにより、比例してトラブル事例も増えたと考えられます。ところで、失敗学会が「失敗まんだら」を提示しています。工場の事故、原発事故やシステム障害、不祥事などを解析した知見ですが、TRPGセッションの失敗にも応用できると思います。分類される失敗原因のうち、GMの力量不足と「参加者の価値観ギャップ」がTRPGセッションの失敗や地雷卓に至ると考えます。

◆トラブルを回避する仕組み

「地雷卓」を回避する手段はいろいろあります。前述のwebサイト「TRPGの『地雷』とは?安心して遊ぶためにできること3選【チェックシートも紹介】」より見出しを引用紹介します。

1.気心の知れた仲間と遊ぶ
2.事前にGM・PLへ苦手なものを伝えておく
3.セッション中でも相談しよう
セッションを抜ける・中止するというのも一つの手

「気心の知れた仲間と遊ぶ」は本質的な解決策と言えます。しかし、さまざまなTRPGセッションを楽しみたいというプレイヤーやGMには対応していません。固定メンバーの仲間がいない場合もあります。2や3は「地雷シナリオ」予防に有効です。ただし、20項目以上もある「地雷チェックシート」を確認して調整する労力を厭わなければ。個人的には調整が大変そうな気がします。むしろ、地雷原をGMが開示してシナリオ予告すると良いと思います。最も有効な対策は、野生の勘です。やばそうだなと思った地雷卓、地雷キーパーや地雷プレイヤーを察知して、近寄らないことが賢明です。センサーをフル活用すれば遭遇確率を下げられます。と偉そうなことを書いていますが、私は今年2022年に遭遇したCoC地雷卓のダメージが抜けきれていません。

実は、TRPGセッションに限らず、人間が気をつければいいという人間的要因(ヒューマンファクター)でトラブル未然防止しようとするのは日本人の悪い習慣です。「失敗学」でも「管理強化」「教育訓練」「周知徹底」は愚策と言われます。人間の努力や精神論に頼らない方法として、例えば、自動車の交通事故。最近は衝突防止センサー等が搭載されています。アメリカから始まった民泊Airbnbでは、部屋提供者と宿泊者が互いに評価する仕組みが実装されています。ウーバーでは、やばい客がタクシーを呼んでも来ないという話も聞きます。中国のタクシーDiDIではDX活用して、ドライバーを評価し、給料金額に反映する仕組みがあります。すなわち、仕組み化することでトラブル未然防止確率がかなり高くなります。

TRPG業界では、私の知る限り、F.E.A.R.がトラブル防止を仕組み化してきました。F.E.A.R.は、1996年10月にファンクラブ「ゲーマーズ・フィールド」を開設しました。サービスの一つが、ゲームデザイナーGMによる毎月コンベンション開催。コロナの影響で一時期は休止していましたが、「ゲーマーズ・フィールドコンベンション」は2022年12月開催で第276回目となります。毎月コンベンションは、開催者側にも大きなメリットがあります。コンベンションには様々なユーザーが集まります。中には問題プレイヤー(地雷プレイヤー)もいるでしょう。セッション中のトラブルに直面し、対処する経験値を20年以上蓄積し、F.E.A.R.がデザインするTRPGに反映してきました。例えば、無償公開されている『アリアンロッド2E』のプレイヤーガイド、GMガイドに書かれています。私は『アリアンロッド2E』をほとんど遊んでいませんが、このルールブックは貴重な資料として参考にしています。

◆経験点の仕組み

CoC(クトゥルフ神話TRPG)や『ルーンクエスト』には経験点ルールがありません。他のシステムを遊ばないCoCオンリーの人には馴染みないルールでしょう。コンピュータRPG『ドラゴンクエスト』などでは、モンスターを倒すことで経験点を獲得し、キャラクターが成長します。しかし、CRPGの元となったTRPGでは戦闘だけが経験点ではありません。最初のRPGである『D&D』においては、倒したモンスターによる経験点が少しと、入手した財宝の価格が経験点でした。迷宮探索と財宝探し(ハック&スラッシュ)という、最初のプレイスタイルを反映していました。モンスター経験点よりも財宝経験点が重視されたのが特徴です。参考に、2022年最新のハック&スラッシュ『信長の黒い城』を引用します。「敵ごと」は強さに応じて3点から15点です。

このゲームでは生き残ったり、特定の敵を倒したりしたら、誉れと呼ばれる経験点を得る。
誉れ2点 1回のゲームを生き残った
特定の敵を倒すか、特定条件を満たして撃退する 敵ごと
誉れ3点 琵琶法師の語りに出た「予言の事件」を解決する

『信長の黒い城』(朱鷺田祐介、2022)

1989年、日本製TRPGの『ソード・ワールドRPG』がミッション経験点(シナリオ経験点)を導入しました。他に、倒したモンスター経験点と、判定ピンゾロで経験点を獲得します。おもしろいのは、この積極的に行動して判定しようという動機付けを仕掛けたピンゾロ経験点です。失敗から学ぶことがあるという『失敗学』の考え方を体現しています。そして、F.E.A.R.は『トーキョーN◎VA The 2nd Edition』(1995年)で新たな経験点ルールを提示しました。いくつかの変遷を経て、今も類型の経験点ルールが継承されています。まずは引用します。

■プレイヤーへの経験点
・依頼のリプレイやイラストを書いた
・アクト中、ルーラーの裁量で
・そのアクトに最後まで参加した
・よいロールプレイをした
・キャストに劇的な活躍をさせた
・そのアクトでほかのプレイヤーを助けた
・ルーラーのストーリー進行を助けた
・記録シートをルーラーに提出した
1アクト終了時の経験値は、最高8点

『トーキョーN◎VA The 2nd Edition』

特に「よいロールプレイをした」「そのアクトでほかのプレイヤーを助けた」「ルーラーのストーリー進行を助けた」の3つが、お互いを尊重して助け合う姿勢を推奨するような仕掛けになっています。実際、私がF.E.A.R.主催のセッションでゲームデザイナーGMの卓に参加したときは、セッション後にお互いに良かった点を褒め称えたり、GMが「面白かった、良かった」とプレイヤーに伝えていました。興味深いのは「依頼のリプレイやイラストを書いた」です。この項目はシステムによっては省略されていることも多いです。セッション前のイラスト準備やセッション後のリプレイなどに積極的に関わることも推奨されています。このF.E.A.R.系統の経験点ルールは多数のシステムに搭載されています。比較のため『天下繚乱』(2021年)も引用します。

・セッションに最後まで参加した
・宿星を達成した
・よいロールプレイをした
・他のプレイヤーを助けるような発言や行動を行なった
・セッションの進行を助けた
・場所の手配、提供、連絡や参加者のスケジュール調整などを行なった
・SNSなどで感想を発信した
・あなた自身が楽しんだ

『天下繚乱』(小太刀右京、2021)

最も特徴的なのは「あなた自身が楽しんだ」という項目です。全員が楽しむというTRPGセッションの目的を達成できたか確認することになります。前述のリプレイと異なり「SNSなどで感想を発信した」も興味深い項目です。「場所の手配、提供、連絡や参加者のスケジュール調整などを行なった」は、これがGM役割ではなく、参加者の誰が担当することを明示しています。労力を惜しまないプレイヤーへの報酬とも言えます。余談ですが、JGCでF.E.A.R.セッションに参加したときは、正規の手続きをして参加料金を支払ったプレイヤーはこの項目をチェック可能だとGMが判断していました。

「楽しむこと」が目的であると明確にし、経験点に直結したF.E.A.R.系統のルールシステムはトラブル回避に有効に機能してきました。ところが、それを超える経験点システムがあることに気づきました。『シノビガミ』が始めたプレイヤー間の投票です。「琴線に触れた」プレイヤーへ投票する行為は、逆に言えば、投票されることを意識する仕組み。いわば承認欲求に働きかけます。話が長くなりそうなので、『シノビガミ』については別の記事に分けて書きます。

さて、『クトゥルフ神話TRPG』に経験点ルールはありません。しかし、一応の成長ルールはあります。『新クトゥルフ神話TRPG』(7版)のP90に「経験の報酬:探索者成長フェイズ」が書かれています。技能の成功が成長可能性につながる仕組みは、セッション中にさまざまな技能判定を行おうという動機付けになります。地雷キーパーは、この成長ルールに反して、技能判定の機会を制限します。極端な事例ですが、目星、聞き耳と戦闘技能しか使わないシナリオという話もあります。成長ルールのもう一つはp163「現在正気度ポイントの増加」です。

このような報酬は、グループが直面した危険に比例したものであるべきだ。しかし、探索者が臆病であったり、非人間的であったり、または殺人を引き起こしたりしたならば、キーパーは報酬を減らしたり、または取りやめることにしてもよい。モラルの問題を主張したいなら特に考えてみてよいだろう。

『新クトゥルフ神話TRPG』

このルールの記述では、キーパー判断で悪いプレイにペナルティを与えてもいいと解釈できます。いわゆる「アメとムチ」のムチです。実際のプレイでは、セッション中に減少した正気度と比較して、セッション後に増加する正気度は少ないです。リプレイ『るるいえあんてぃーく』シリーズ(内山 靖二郎、2009)では、正気度増減が書かれているので、実際プレイでの数値がどのくらいか参考になります。ここでは7版ルールの記述を紹介しましたが、2つの成長ルールは『クトゥルフの呼び声』日本語最初のボックスセットから存在するルールです。そして、成長ルールは版上げでもアップデートされていません。
『クトゥルフの呼び声』での地雷卓を減らすためには、『天下繚乱』『シノビガミ』のような「楽しんだこと」「他人を助けたこと」などを評価する経験ローカルルールを取り入れてもいいのではないかと思います。私の知っているキーパーには、CoCキャンペーンを遊んだときに、独自の追加成長ルールを採用した人もいます。プレイヤーにストレスを与えるのではなく、より活躍を意識した追加ルールだったため、参加プレイヤーに好評でした。

(12月5日追記)
卓トラブル回避のツールとして『RPG学研究』第1号では「安全確保 と キャリブレーションカード」を紹介しています。セッション中に不快感を感じた場合などに意思表示するためのカードです。2010年代のTRPG関連書籍では『なぜなに未来侵略 テーブルトークRPG編』(小太刀右京、2016)がトラブル対応策を解説しています。「問題行動」「アルファプレイヤー」「よいプレイヤー」「初心者歓迎」「コラム:TRPGの暗黒面」などの記事が参考になります。

参考資料
Tabletop RPG Design in Theory and Practice at the Forge, 2001–2012
https://link.springer.com/book/10.1007/978-3-030-52819-5

CoCのオンラインセッションで遭遇した地雷卓の話。
https://note.com/yose_record/n/n5d7c47507ff0

TRPGの『地雷』とは?安心して遊ぶためにできること3選【チェックシートも紹介】
https://wakabadice.com/trpg_jirai/

オンセ界隈の用語集
https://note.com/tooku_lj/n/n4be5f5f37c82

『粋なゲーマー養成講座』(マンガ図書館Z、無料公開)
https://www.mangaz.com/book/detail/121161

『アリアンロッド2E』公式サイト(資料ダウンロード可)
http://www.fear.co.jp/ari/index.htm

【動画】AFTER DIGITAL BASIC(4) 『事例:DiDi』
https://afterdigital.bebit.co.jp/basic/article/adbasic_04

「失敗まんだらとは?」(失敗学会より)
https://wx34.wadax.ne.jp/~shippai-org/fkd/inf/mandara.html

安全確保 と キャリブレーションカード(RPG学研究 第1号)
https://jarps.net/journal/article/view/18