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ランチとおばあちゃん

ごはんを食べるとき、「うまい!うまい!」と連呼しながら箸を進める人がいる。

こう聞けば、多くの人が鬼滅の刃の炎柱・煉獄杏寿郎を思い浮かべるだろう。確かに、ぼくも鬼滅の刃の映画を観て、煉獄さんの「うまい!」の言い方は名人芸の域にあると思った。

でも、ぼくは煉獄さんのことをあくまで後発の名人だと認識している。なぜなら、ぼくにとって「うまい連呼名人」の第一人者は祖母だからだ。

ぼくは10年前、実家で母方の祖父母と一緒に暮らしていた。

祖父母はもともと福島県のいわき市に住んでいたのだが、寒くなる冬の間だけ埼玉にあるぼくの実家で過ごすことになった。祖父は大腸を患い、祖母は心臓が悪い上に認知症も進行していて、「福島で冬を過ごすのは体に良くないのでは?」と母が心配したからだ。

父を早くに亡くした我が家は、母・姉・兄・ぼくの4人家族。そのうち、姉・兄はすでに社会人となって実家にいない。母が看病や介護をしていたが、日中は仕事で家を空けてしまう。

そこで、毎日暇を持て余していた当時大学生のぼくに白羽の矢が立てられた。日中、祖父母のランチを作るシェフ役を母から任命されたのだ。

こうしてぼくは、新妻家のオーナーシェフとして、ほぼ毎日3人分のランチを振る舞うことになった。

ちなみに、ぼくが作るランチメニューは、うどんやラーメン、野菜炒め、カレーなど。

一見簡単そうに見えるかもしれないが、ラーメンに焦がしたにんにく油を入れたり、カレーにチョコレートを混ぜたり、有名シェフさながらのひと手間を加えて祖父母にメインディッシュを提供していた。

たまに母が作り置きしてくれるので、そのときはミシュラン三つ星レストランのウェイトレスのような気遣いで祖父母の食事をエスコートするのである。

ぼくは当時、祖母とごはんを食べるのが新鮮だった。ぼくが幼いころの祖母は、常に台所にいるイメージだ。お正月や夏休みで福島に行くと、これでもかというほどの豪華な料理の数々を用意してくれた。

新妻家は大食らいが多いので、料理がすぐになくなってしまう。祖母と母は次々と料理を出せるよう、台所にはりついていた印象である。 

外食に行ったときも、祖母は孫たちにたくさんごはんを食べさせようとしてくれていた。回転寿司を食べに行くと、「せっかく来たんだからたくさん食べて帰れよー!」と言いながら、回っているお寿司を次から次へと取ってくれていた気がする。

だから一緒に暮らし始めた当初は、祖母がイスに座って静かにごはんを食べている姿が何だか不思議な光景だった。しかし、一緒に過ごして数日経つと、祖母は「うまい連呼名人」としての片鱗を見せ始める。

「んーうまい!うまいなー!」

祖母はごはんを口に入れた瞬間にその言葉を発する。口に入れた瞬間にその言葉を発するので、「おばあちゃんは本当に味わって食べているのだろうか?」と少し疑問に思ったこともある。

正直、自分で作ったメニューにそこまでのおいしさは感じないが、祖母がとてもおいしそうに食べてくれるので、そのうち自分が「キッチンマカロニ」で料理を振る舞う江口洋介のように思えてきた。「うまい・おいしい」という言葉には、魔法の力があるようだ。

ぼくは江口洋介のようにランチを作り、祖母は竹内結子のように豪快にごはんを食べる。新妻家版・ランチの女王が毎日繰り広げられていた。

そして、ランチをペロリと平らげると、お待ちかねのデザートタイムがやってくる。祖母の一番の好物はアイスだ。しかも「ハーゲンダッツ」。女王様は贅沢なのである。

ついさっきまで、「お腹いっぱいだー。もう何も入らない」とお腹をさすっていた祖母だが、ハーゲンダッツを出した瞬間に満面の笑みを浮かべる。「アイスは別腹」を呪文のように繰り返しながら、竹内結子ばりのスプーンさばきでアイスも瞬時に平らげてしまう。

そして、ごはんを食べたあとは祖父母と3人でおしゃべりをした。祖母は認知症が進行していたので、新しい記憶はすぐに忘れてしまうが、昔の記憶は鮮明に覚えている。だから、亡くなった父のことや、ぼくが幼かったころの話を毎日話してくれた。

今思い返すと、祖父母と一緒にランチを食べて、おしゃべりをしたあの時間は本当にかけがえのないものだった。今は誰かと話しながら食事をすることが極端に減り、毎日一人で黙々とランチを食べる日々が続いているので、祖父母と過ごした時間を思い返すことが多くなった。そして、もっとたくさんおしゃべりをすればよかったと少し後悔もしている。

祖父は数年前に他界してしまった。祖母は認知症の症状が悪化してしまい、今は介護施設に入所している。もう、祖母とは言葉を交わすことができない。

しかし、祖母は今でもアイスやデザートを好んで食べる。祖母の口に入れてあげると、「んーうまい!うまいなー!」と言っているように声を発する。その声が言葉にならなくても、祖母の感情がわかる。

「おばあちゃん、どんだけアイス好きなんだよ」
ふざけてそんなことを言ってしまうけど、内心ではアイスを食べる祖母の反応を見られることが何より嬉しい。

「うまい連呼名人」の第一人者は、言葉を発さなくても「うまい!うまい!」という気持ちを伝えられるようになったのだ。もはや他の追随を許さない、唯一無二の存在。それがぼくの祖母だ。

読んでいただき、誠にありがとうございました!!これからも頑張ります!!