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新宿毒電波通信 第二号 特集「梅雨こそ読みたい、魅惑のキノコ。」 CASE.1 ドウチョウダケ


キノコ特集 ドウチョウダケ


ドウチョウダケ
若宮 とおる

 西新宿駅から、徒歩十分。オフィス街の定食屋「YOKOSEYA」からは、今日も元気に女店主・タル子の怒声が響く。
 「江淵ィ、キノコ買ってきたの? 100g430円? おめぇバカか? それはよお、同調するだけの能無しだから、頭がでっかくなって、根元から折れてるのをよく見かけるだろうが」
 「なに言ってんだ、タル子。キノコは同調しねえだろが」
 「ばか。なんも考えてねえ菌類だから、置かれた環境にすぐ左右されるってことだよ」
 江淵は「それはほかほかぉだな」と知らない顔をした。
 このキノコはネズミしか喰わないらしいが、かさが肉厚で美味そうだ。江淵が昼休みにライターで炙ったら、店内に煙が充満した。
 買い出しから戻ったタル子は、変な臭いに気づいた。まさかと思ったが、異臭は「YOKOSEYA」から漂ってくる。店内を見ると、目の焦点が合っていない江淵が「おれは、絶対に、フェデラーになるんだ!」とキノコをドリブル、横のスナック「めっちゃら」にゴールを決めた。「YOKOSEYA」の椅子は勝手に動き出し、「俺たちは舞台の大道具だったんだ!」、「役者でもねえのに、ケツのせんな」と客に絡む。タル子の愛犬・モアは発情、テーブルやうどんと交尾を始め、長い毛が生えた机は走る、長いウドンドッグが出汁に入ろうとする、さらに、先代の巨根ダックスフント・ノヘジの幽霊が飛び回り、客はデカチンポを顔に擦り付けられ、店内は阿鼻叫喚となっていた。
 この様子に激怒したタル子の頭から、二本の黒光りするキノコが突き出した。急に外は暗くなって土砂降り、雷が前の駐車場に落ちた。地面が震えるほどの「ぐおら江淵ィィ!!」の叫びと共に、そのキノコから虹色の胞子が大噴出、辺りは突如として日常の光景へと戻った。
 後日、このキノコから生まれた子キノコは、店内や通りに生え続けたが、敏腕コック・関絵が改良を重ねてピクルスに。これがガイドブックに紹介されたことで注目の的となる。
 「YOKOSEYA」のキノコ事業伝説が今、幕を開けた。

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