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新宿毒電波通信 創刊号 書評 二十億光年の誤読「ジャスミンおとこ」ウニカ・チュルン

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二十億光年の誤読「ジャスミンおとこ」ウニカ・チュルン

精神病を
主観的に捉えた傑作

 著者は球体関節人形作家、ハンス・ベルメールのパートナー=ウニカ・チュルン。彼女もアーティストとしての活動を行っていたが、統合性失調が原因で投身自殺。その生涯の幕を閉じた。本作は、精神病が原因による複数回の入退院を終え、回復期に書かれた小説で、死後に上梓された。
 あらすじは、幼少時に現れた幻覚「ジャスミンおとこ」が、人生のあらゆる場面で顔を出すというもの。
 さて、この幻覚の男=ジャスミンおとこという存在が不気味である。幼少期に現れたからといって、幼児性の象徴につながるわけでもない。登場シーンに共通項がないので、精神的な許容量を超えた際に出現するアラートでもなければ、精神が荒廃する際のトリガーでもない。
 シュルレアリストは無意識と向き合う際に、夢に出てくる表徴やイメージを重視し、客観的なアプローチを試みた。本作のアプローチはそれとは真逆で、認知が歪んでいく「私」を主観的に捉え続ける。ジャスミンおとこが物語に不気味な影を落としつつ、一人称と三人称が混在し、主人公の自己統合性が失われていく過程は壮絶。この不条理、不確かさ、ムゴさ、そして、著者の孤絶よ!
 マンディアルグによる評「文学が稀にしか到達し得ない気高さと驚きがある」は、認識の不確かさ、ひいては自然の尊大な傲慢さを文学的に結実させた著者への最大の賛辞ではなかろうか。

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