お租躬くなんしぇ。

「このぐらいの季節だったかな?」

「これ地元以外で話したことねぇんだけどさ、おれ小せえ頃、そこで鬼見たことあんだよね。」

友人はへらへらと笑いながら私にそう言った。
「はぁ?なんだそれ?」
と、柄にもなくそっけない返事をしたことが、いやにはっきりと脳裏をよぎった。

 10年ほど前、大学2年生の夏休みだったろうか。冷房の効いていないじめりとした部屋で、友人と地元の話をしていたときのことを覚えている。
「鬼なんているわけないから、それ嘘な。」
怪異や幽霊は存在したら面白いなぁ、程度に考えていた私にしては珍しく、この時ばかりはこの友人の突飛な話を、くだらないと一蹴した。
「やっぱりな。」
そんな私の興味がなさそうな態度を察していたかのように、彼は言った。
「不思議なんだよこの話。誰に何回話しても全っ然興味持ってくれねぇの。親でも、幼馴染でもだぜ?」
「そりゃ急に鬼だ妖怪だって言われても全然ぴんと来…」
言い切らないうちに彼は続けた。
「まぁ聞いてくれよ。」
彼の話はこうだ。
夏の夕暮れ、実家で夕飯を待っている時の事だ。ぼんやりとしていた友人だったが、ふと耳を澄ますと遠くで拍子木のような音が鳴っているのに気づいたそうだ。しばらく目を瞑って音に耳を傾けていると、どうやらそれはこちらに向かってきているであろうことが分かった。音が近づくにつれて、拍子木以外にも笛や太鼓などの音色もはっきりと聞こえ、まるで祭囃子のようだったと友人は語る。
「そんで俺、目開けたのよ。」
彼は目を見開きながら言った。
「そしたら部屋の扉の前を、小せぇ鬼が二匹踊りながら横切ったんだ。不思議じゃね?」
私は拍子抜けした。
「何だよ、全然怖くねぇじゃん。もっとこう、苦悶の表情浮かべた髪の長い女が〜とかさ、そういうヤツじゃないと。」
実際見たんだからしょうがないだろ、と友人は言うが、勿体ぶったにしてはあまりに弱すぎるオチに、私はすっかり萎えてしまった。
「さっきも言った通りこの話さ、地元の誰に話しても興味持って貰えねえんだよ。」
私の気も知らず友人は続ける。
「それどころかさ、その話するたびその日一日中、誰も口聞いてくれないんだぜ?みんな機嫌悪くしちまうんだよ。くだらねえ話するなってさ。」
確かに不思議だ、と思った。だが友人のことだから、つまらない話に脚色をして少しでも怖がらせようとしているのだと気づいた。私はむっとして、話を無理矢理彼の地元の話に戻した。
「地元って言えばお前、出身は東北の山の方だったよな?」
「ああ、生まれたのは東京だけど、小学校上がる前には東北に引っ越したな。」
「へぇ、じゃあなんか山の方の独特な祭りとか年中行事とかあったりすんのか?」
彼は暫く考え込んだあと、こう言った。
「いやぁ、なーんにもないとこだからなぁ…。ただちょうどこの時期ぐらいに、街の子供達あつめて、『おそみかくし』っていうイベントみたいなやつならやったな。引っ越した次の年から小4ぐらいまで俺も参加したの覚えてるよ。」
『おそみかくし』、何とも言えないものものしい響きが気になって、私は詳細を尋ねた。
「いや、なんかイベントって言ってもさ、みんなで集まってレクリエーションするって感じじゃないんだ。朝っぱらから公民館にあつまってさ、子供達の中から『鬼役』と『お租躬(おそみ)役』ってのを何人かずつ決めるのよ。で、残った子供達はみんなでそのお租躬役を夜の7時ぐらいまで隠すの。だけどそのとき鬼役に見つからないようにさ、お租躬役とは絶対話しちゃいけないんだ。話したらそこにお租躬役がいるってバレちまうから。んで鬼役は鬼役でちっこい打楽器なんか鳴らしてさ、『お租躬くなんしぇ。お租躬くなんしぇ。』って歌いながら街をずーっと練り歩くっていう行事。これ子供だけでやらせるんだぜ、意味わかんねぇよな。」
友人はヘラヘラしながら言った。
「鬼に見つかったらどうなっちまうの?」
「いや、見つからねぇのよ、絶ッ対!何せ鬼役は街の決められたルートを歩いてるだけだから、しかもそのルートは基本的に大通りとか商店街とか目立つとこばっかりだから、よっぽどバカじゃない限りそんなとこ行かねえよ。」
『絶対』に見つからない。私は嫌に強調されたその言葉に疑問を感じた。大人が指導、監督しているならまだしも、子供たちだけで執り行う行事で一言も口を聞かない、一切大通りに出ない、などということがあり得るだろうか。そう思って友人に問うても、
「いや、でもおそみかくしで見つかったやつなんて見たことねぇしなあ?お租躬役だった地元の奴らからも別に誰々が見つかったとか聞いたことねえし。」
何とも腑に落ちない話だが、これ以上聞いても友人からは同じ答えしか返って来なかった。

以下は私が後日、友人の出身地の公式サイトを閲覧した際に記されていた記事を一部引用したものである。

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広大な山々と花の彩る街!
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イベント、年中行事表
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2002年▼

8月▼

16日…『縺翫◎縺ソ縺九¥縺』
1996年より再開した縺翫◎縺ソ縺九¥縺ですが、租も無事10歳を迎えたため、今年で一旦最後とさせていただきます。また、鬼役は、「藤野慎くん」「絹田亜弥さん」「新井義之くん」「福山修司くん」「寺田まゆみさん」お租躬役は「原勇作くん」「逧ョ逕溷鴻驥後&繧」「石野紗香さん」「霎サ驥檎ォ懷シ・縺上s」で執り行いました今年の縺翫◎縺ソ縺九¥縺ですが、鬼役5人、お租躬役2人全員に怪我なく事故なく、無事終えることができました。ご協力くださった商店街の皆様、お近くにお住まいの皆様には大変感謝申し上げます。

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