【日本遺産ソムリエ寄稿文】異空間へ誘う近代日本の軍港都市遺構
執筆:日本遺産ソムリエ 西尾 勝宏
神奈川県には現在4件が日本遺産に認定されており、地域型、シリアル型それぞれ2件ずつという内訳となっている。「巡礼や信仰」をテーマとした遺産が3件と大部分を占めているが、今回は他とは異なり近代日本の発展の象徴として認定された「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~」 をコラムのテーマに取り上げる。
明治期、近代国家として西欧列強国に渡り合うために我が国は海防に力を入れた。そこで天然の良港を4つ選び軍港を築く。海軍の設立はもちろん水道、道路、鉄道などのインフラ整備が急速に実施され、4つの軍港都市がここに誕生する。軍港都市は神奈川県の横須賀市、広島県の呉市、長崎県の佐世保市、京都府の舞鶴市の4市に置かれている。
その中から、わたしが住む神奈川県横須賀市の構成文化財を中心に紹介したい。
横須賀は4港の中で、海軍の本拠地である鎮守府が最初に置かれた場所である。明治17年のことであった。どこよりも早く軍港が築けたのには、1853年に日本を震撼させたペリー来航の地が横須賀であったことが歴史的背景にある。
当時の江戸幕府は諸外国からの脅威を警戒し海軍の増強に力をいれていた。また自国で軍艦を造るために近代的な造船所を建設する必要があり、その地に選ばれたのは江戸湾(現 東京湾)の入り口に位置する小さな港町であった横須賀村だった。
当初はペリーが来航した久里浜村での計画もあったが水深が浅かったため、大型船が入港しても対応ができる横須賀村近郊の港が選ばれた。
フランスの技術支援により、事業は江戸幕府から明治政府へと受け継がれ、明治4年に横須賀製鉄所が完成する。ちなみにドライドックは今でも現役で稼働している(現在は米海軍横須賀基地内)。
ドライドックとは船を修繕する施設。フランス人技師による設計だったため、これらの建造物は全てメートル法が使われていた。また、労働時間や日曜休日制も導入されるなど、労働環境の整備もいち早く取り入れられたのもこの地が最初である。
横須賀製鉄所(のちに横須賀造船所と改称)の建築技術は日本各地に広がり、空間を広く確保するためのトラス構造や木骨レンガ造りといった技術は、群馬県の世界遺産「富岡製糸場」でも採用されている。
余談だが、現在のJR横須賀駅はこの軍港に資材など物資輸送のために造られた駅である。資材を運ぶのに階段などは障害となるため、駅のホームから改札口まで段差が無いのが特徴である。結果論だが、開業当初からバリアフリーとなっている駅のため「階段がひとつもない、平坦な人にやさしい駅」という理由で、関東の駅百選に認定されている。
日本の防衛施設は沿岸部だけに限らない。東京湾要塞跡(猿島要塞)は、東京湾に唯一ある自然島に造られた軍事要塞であり、猿島砲台跡が近代軍事要塞として初めて国史跡の指定を受けた。明治時代から軍が本格的に使用し、砲台跡などの遺構が多く残されている。
また明治政府の意向によりフランスからイギリスの支援を受け始めたことにより 、レンガ積みはフランス積みからイギリス積みが主流となっていく。その中で現存する明治期のフランス積みレンガ建造物は少なく、前述に紹介した群馬県の富岡製糸場、長崎県の長崎造船所小菅ドック(共に世界遺産登録)など数件を残すのみであり、猿島要塞のフランス積みレンガ建造物は建築史にとっても貴重なものといえる。
東京湾の防衛は猿島要塞だけでない。当該構成文化財には登録されていないが、個人的に貴重な経験をしたので、最後に東京湾要塞(海堡)をご紹介したい。
日本政府は陸軍元帥だった山県有朋の主張により、日本列島要塞化計画が実行された。その先駆けとして3つの東京湾要塞(海堡)が東京湾沖に建設される。第一、第二海堡は千葉県富津市寄りに、第三海堡は横須賀市寄りにそれぞれ造られており、全て人口島である。
その中で第二海堡に上陸できるツアーに参加したことがある。日本に、しかも私が住んでいる横須賀市からこんなに近い場所に、こんな要塞があったことに驚いたことを覚えている。砲台跡など当時の最先端技術が導入されていたことが、よくわかる建造物だった。この海上要塞は関東大震災により損傷したが、砲台にさらなる飛距離が求められるようになったことから修復されることはなかった。第二次世界大戦後、砲台などは役目を終え、一部取り壊されたが、第二海堡は近代要塞建設としての価値があり、今も貴重な遺構として残っている。
また東京湾の航路上障害となる第三海堡は撤去されたが、建造物の遺構は横須賀市内の公園に移設されている。近代化の先駆けとして築かれた4つの軍港都市は、日本を守るための最前線の地域となった。
だが、それは大きな戦争を引き起こす要因となったことを忘れてはいけない。遺構を見てかっこいい!という捉え方ではなく、なぜこのような建造物が建てられたのか、根幹となる歴史的背景をしっかりと知り伝えていくことが、軍港4市に住むものたちの役目ではないかと思う。
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