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ようやく日本語教育の質が担保されるように

東京都のオンラインマスタークラス「日本語のタネ」の糸川優です。
複数の大学で、日本語教育、キャリア支援、日本人のアカデミックライティングなども担当しています。

2024年から、ようやく日本語教師が国家資格となります。
先輩たちが尽力してくれたおかげだと思っていますが、本当に長くかかりました。

日本人なら日本語喋れるだろう、日本語喋れるなら教えられるだろう、という無理解は今もなお蔓延っています。
かつて、小学1年生の国語教科書や、国語辞書を与えておけばいいだろうという、めちゃくちゃな話も聞きました。
これまで、どれほど残念な思いをしてきたかわかりません。
国語の先生をやっていた人なら教えられるだろうと、退職した国語の教員が日本語を教えているのも数多くみました。
食べられないからといって、離職する人も見てきました。

国語と日本語。
どう違うの?と聞かれることも多々ありますが、これほどスタンスが異なるものも多くありません。
日本語教育とは、第二言語の教育なのです。
日本人の教師ならば、母語だからこそ、客観的にみられるようになる訓練が必要です。
最近は、ゲームから自然習得したような留学生も結構見かけますが、どうも欠けた部分が多い。
経験的には、体系的な学び、そして文法が入っていない人は、伸び悩むような気がします。

基本的には、どんな仕事でも、人柄が重要だと感じます。
けれども、プロとしてお金をもらうならば、必要最低限の知識というものは必要でしょう。
そして、教育ならば、なるべく習得までの時間短縮を目指したいものです。
特別に教育を受けていなくても、「いい教師」と言える人はいると思います。語学教師として勘がいい、熱心、人柄がすばらしい…。それは全く否定しません。
けれども、現実の問題として、誰でも日本語を教えてしまう、というところに、日本語教育がなかなか認められない原因があったように思います。

さらにいうならば、知識があるからいい教師になるのではありません。
ある程度の知識ぐらいは持っていようね、ということで、それはゴールではなく、スタートなのだろうと思います。




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