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語学の悩み




天王寺動物園では鳥媒体の感染症対策で、
入れないところが多かった。




語学勉強での悩み


Duolingoでロシア語の勉強をしていて、ちょっと悩むところがありました。


アプリとは言え一年以上勉強しているゆえ、分かる部分も増えてきたのですが、


英単語と違って、わからない!そのときに調べることが出来ない。


なぜなら「発音が微妙」「綴りがよくわからない」「キーボードが無い」からです。


なので、キーボードをダウンロードしてみたのですが、ダウンロードして早々


「このアプリはパスワードなどを収集する可能性があります」


怖いのだが?

そういうことを言われると怖いのだが?


今のスマホのままで、キリル文字で記号として出せないことはないけど、効率はすさまじく悪い。


それこそ、学習意欲を余裕で削ぐほどに悪い。


話は変わりますが、公用語という意味での英語以外で、第二外国語、第三外国語を学ぶのは、利己的な欲求を投影しているかどうかは別にしてもらって、その国の文化に興味があるかどうか、だと思います。


日本人として、日本語を学んでいますという外国人に出会うと、なんか嬉しいっていう気持ちが芽生えるじゃないですか。


反対に、外国語を学ぶときの自分って一人一人が母国からの代表みたいになるんです。


義務教育期間中など、子供時分の留学なら、自国の文化を背負うとか大仰な話にならないだろうけど、


大人になってから、いわゆるアイデンティティーというか人格形成がされてから学ぶ言語は、自分の中で意味が変わってくると思う。


仕事をしていると、英語の他、中国語などもう一言語扱えたら、便利だ・転職に有利だ、という人にはたくさん出会うけど、


「アフリカの特にコンゴに興味があって、リンガラ語をかじったことがある」という人には出会ったことがない。


作家で冒険家の高野秀行さん以外に、そういうモチベーションで言語を学ぶ人がいるのか、知らない。


私は、都会生まれの都会育ちで、生活の厳しさを実感しないまま、瀬戸内海とか沖縄とか北海道湿地の近くとか、日本の自然を象徴するような場所の暮らしに憧れるロマンチストではあるけど、


それを差し引いても、わりと日本が好きな方だと思う。


なので日本語がいちばん好きですが、他言語を学ぶのも好きです。


他言語勉強好きの原動力がどこから来ているか、というと、音楽好きから来ているような気がする。


楽も要らない。


「音」好きだろうか?


とは言っても、ピアノを習っている子供の頃は、親から強制されていただけだし、他にも上手い子はいるし、そもそも母が姉と比較し、なじられるわ殴られるわ、で、好きではなかった。


けれど、大人になってから、これまた自腹で教室に通い始めると、十代の子みたいに練習時間を取ることは出来ないし、指も動かないし、劣等感に苛まれるかと思いきや、そうでもない


自分が今まで何も思わずに弾いてきた、作者の気持ちや歴史に思いを馳せる余裕ができた。


少ない練習時間で上手くなるために、「自分で自分の音を聞く」ということを意識するようになった。


言語の始まりは、たぶん世界中どこでも一緒で、まず相手に伝えるための「意味のある」音。


鳥の鳴き声には、地鳴き(call)とさえずり(song)があって、


この地鳴きが発展したものが言語。さえずりが歌だと思う。まさに文字通り。


弓なりに逸れた話を戻すと、私は、つまり、この自分が理解できない音の繋がりの意味が、少しずつ理解できるようになる、という過程が楽しいんだと思うし、


同じく、初めは理解できない、自分が過ごした事もない時・場所の歴史が、言語を学ぶことによって、少しずつでも理解できる、ような気がするのが、楽しい。


ここに悲しい事実をひとつ差し挟まなくてはいけない。


今は「翻訳」機能があるのだから、他国の言語を学ばずとも、他国の歴史を学べるのではないか?と思う人もいるかも知れない。


自国でもそうだけれど、歴史はその時の為政者の意図で、捏造されて歪みまくる。


母国の歴史を知るのにも、私は二つ以上の言語を知っていた方が、その差分から分かることもあるんじゃないかな?と思う。


ちょっと後ろ向きな理由ですけど、良い理由もあります。


他言語の挨拶とか簡単な表現は、もし自分が国内から動かず、観光客をおもてなししたいとかなら、覚える必要がないです。


なぜなら、海外からのお客さんは、逗留先のローカル言語で会話したくて、準備してきているはずだから。



閑話休題


最近思ったのです。英語では、第一か第二音節にアクセントがつく英単語が多く、最後の母音を伸ばさないので、「ありがとう」が「アリーガト」になるのかな、と思いました。


ロシア語だとどうなるのか?アリゲーター(スパシーヴァ的な)みたいになるのか?

綴って発音を聞いたところ


алигато


アリガット…になりました。


うーむ。


閑話休題 終わり




さて、私がロシア語のキーボードをダウンロードしようかと悩んだのは、わりとしょうもないことが動機。


もともと、動画のコメントなどはネットスラングが多くて文法を学ぶのに全く適切じゃなくて


分からなくても調べようとはしなかったのだが、


ゴールデンカムイという漫画の月島軍曹というキャラクターが、ロシア語に堪能でね。


ли приходил ли сюда bot этот человек


この男はここに来たことがあるか?


という台詞があったから


邦訳と音


プロハジール

スダー

ボット

エトット

チェロビエック


と、覚えて、検索したのですが


「ワットイズディス?」のノリじゃ勉強できないってことに(今さら)気付いたんですね。


私は、なんで「リ」が二ついるのか。それが分からない。

なんだったら、ボットも要らないんじゃないかって思う。


で、一生懸命文字を打って、翻訳サイトで調べたところで、意味がないわけです。


いや、意味は分かるんです。


けれど、日本語を再翻訳すると、分かりやすくしてくるの。


Этот человек когда-нибудь был здесь


と。


違うのよ。私が知りたいのは、そういうことじゃなくて…。


マイペースでも、ずっと勉強を続けていれば、いつか分かるのかも知れないけれど、気の長い話です。








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