体の中に耀る月-16
いつも読んでいただいる方、スキを下さる方、ありがとうございます。励みになります。
夏バテもあいまって、テンションが低いです。
アラサー深まる夏、勤続10年にして、冗談みたいな出来事がありました。
愛用していた靴が、ゴミと勘違いされて捨てられかけるという。
ため息しかでません。とりあえず、通勤用に新しい運動靴を買いました。まだ履けるんだけど。修理とかできないかしら。
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第3話 「肚の中」
斑で不均一の粒から、白く柔い生物が体節をくねらせてモソモソと這い出してきた。明朝。眩しそうに身をこごめた幼体だが、慌ただしく塀を登り始める。背中に暖かい朝日を浴びて微睡み始める。彼は、その一生を歓喜の唄だけで終えらせる。
夏がきた。晴天の下、体育の授業だった。暑気は爽やかと感じられる程度だが、生徒は不満たらたらである。マラソンの授業で校舎の周りを三周走らなければならない。俊之は、学校にきていない。南戸は、「激しい運動を医者から禁止されている」のだそうで、校門の前で見学だった。睦が、走り終えて校門を潜ると、南戸が、スポーツ飲料とタオルを持って出迎えた。それを見ていた女子生徒が、クスクスと笑い、何事か囁いている。
睦も、小肥りの従者を従えている気分で恥ずかしかったが、汗を拭きたいし、喉も渇いていたので、南戸から無言でそれを受けとる。南戸は、笑顔になって体を揺すらせた。嬉しいらしい。
生徒全員が戻るまで、休憩できる。タオルを頭に被せていると、春が近付いてきた。ヨシハル‥‥という囁き声。
「ヨシハル?」
睦が呟くと、耳聡い春は、
「福吉春だから、ヨシハル」
と、睦に解説した。
「胸が無いから、男みたいだって。蔑称」
春は、胸元をつまんで、広げて見せた。先日襟足が見えるほど髪を短く切った春は確かに遠目から見れば、少年のようだ。
「ふうん‥‥」
「何の用だよ」
南戸が噛みつく。
「うるせえ、デブ」
喧嘩が始まる。
「やめろよ、何の用だよ」
「お願いしたいことがあって」
「またか!もう騙されないぞ」
「うるせえ、デブ。お前には聞いてねーよ」
春の剣幕に、衆目が集まる。
「やめろったら。今度はなんだよ」
春は言った。
「アツシは怒ってないんだね」
睦は怒っていない。開き直った春の図太さにあきれていた。しかし、警戒はしていた。今度は何を言ってくるのか。
「まあ、私もまずは謝ろうと思ってたんだよ」
春は、屈んで、地べたに座り込んでいた睦に視線を合わせた。
「騙してごめんね。でも仕方なかったの」
「何が仕方なかったんだよ」
以前ほど可愛い子ぶっていない春は、男性的で不愛想だが、美少女である。睦は、彼女の顔を直視すると緊張する。
「私、トシユキに脅されてるんだよ。言う事聞かないと、秘密をばらすって」
「なんだよ、秘密って」
「だから、秘密だって。アンタもそこのデブも意外と勘が良いんだね。トシユキは悔しがってるよ」
ニヒルに笑う春に、反省の色は微塵もない。馴れ馴れしく呼び捨てされたり、「アンタ」呼ばわりされるのも、気分が良くものではない。睦は、ムッとして顔をしかめた。
「それでね、アツシにお願い」
「お前、物を頼むなら態度というものがあるだろ」
「ああ、もう。横からぎゃーぎゃー喚くなよ」
春から、罵詈雑言を浴びせられて、南戸は半泣きになった。
春と南戸が口論を始めると、「猿と豚」と揶揄された。南戸は萎縮して縮こまったが、春は、声があった方を睨み付けて、「誰だよ今の」と怒鳴り付けた。
「やめろよ、いい加減にしろよ」
睦が宥めると、ようやく春は、睦に向き合った。コイツもよく分からない奴だ、と睦は思った。頭は良いらしいが短気だ。利己的ではないが、頑是ない。華奢な見た目や執念深いところに女を感じるが、粗野で粗暴である。
「今度はなんだよ。もう嘘は無しだぜ」
「安心しなよ。もう嘘は吐かないよ」
「お願いってなんだよ」
「トシユキからね、秘密を取り返す手伝いをしてほしいんだよ」
「秘密を取り返す?つまり、何するんだよ」
「家捜し」
「ふざけるなよ」
南戸と睦が同時に言った。春は舌打ち。「テメーには言ってねえよ、デブ」
「人を痴漢にしようとしたと思ったら、今度は家宅侵入か。カンニングに痴漢に家宅侵入って。犯罪の度合いがだんだん上がってるぞ」
ついに睦は怒った。春は冷めた眼で睦を眺めた。
「仕方ない。もう時間がないし。親の仕事の関係らしいけど、トシユキは来月引っ越すんだって。トシユキ今学校で居場所がないから捨て鉢になってる。引っ越す前に全部暴露してやる・その前に一回ヤらせてくれたら見逃してやる、だって。冗談じゃない。同情してくれるよね?手伝ってよ」
「ヤるって、何をだよ」
強い語調問われ、春はため息を吐いた。決まり悪そうにもぞもぞしながら、南戸が、何事か睦に耳打ちした。睦は、赤くなったり青くなったりした。
「俊之が、そんな。それに、それはお前の都合だろ‥‥」
急に小声になった。春は思った。睦が春に二度と協力する義理も情もないことは分かっていた。だから、今回はお願いではなく「指令」を出すつもりだ。その方が、媚びる必要もなく、春の性に合っている。機械は、与えられた指令[コード]が正しければ、間違いのない仕事をする。しかし、睦のこの素直さだ。強気であろうとしているが、動揺するとすぐ顔に出る。春は彼をからかいたくなった。
「その代わりと言ってはなんだけど。アツシに良いこと教えてあげようか?」
「なんだよ。良いことって」
「アツシは、エコーロケーションが使えるね?」
「エコーロケーション?」
「反響定位の事だよ。イルカが水中で泳ぐために。コウモリが、夜間何物にもぶつからずに飛ぶために。自分の出した音の反響を感知して、障害物の位置を把握するんだ」
南戸がそのような事を言った。南戸にしては、分かりやすい説明だった。
「え、それを俺が使えるって?」
春は微笑んだ。
「そう。でも、別にイルカやコウモリに限らない。盲の人も、白棒で地面を叩いていると、反響定位が発達してくる。反響定位を習得するための教育方も確立されている。この間のニュースでは、視力に問題なくてもほとんどエスパーと呼べるくらいの人も、たくさんいるって話だよ」
「そんなにいるの?」
「うん。実は、私もアツシと同じような事ができる。だから、仲間を見付けられて嬉しい」
睦の緊張と怒りに強ばった顔が綻んだ。
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