チタンの話

皆さまはじめまして。私は大学院で化学系の研究をしている者です。名前は二ヒコテとでも呼んでいただけると嬉しいです。国語は苦手なので文章作成にはあまり自信がないですが優しい目で気楽に読んでいただければ幸いです。

今回紹介するのはチタンです。あまり聞きなじみのない物質かもしれませんが、チタンは無限の可能性を秘めた、そんな夢のある金属なんです。

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まずはチタンに関する基本情報です。元素記号はTi。元素番号は22番と、118個ある中では実は若い方。「水平リーベ・・・クラークか」で1~20番までの元素、21番目スカンジウムの次がチタンです。周期表で見れば第4族第4周期遷移元素です。クラプロートというドイツの化学者がギリシャ神話におけるティターン(ウラノスとガイアの間に生まれた12柱の神々・・・ティターン12神と言います)に名付けて命名しました。余談ですが、クラプロートは他にもテルル(Te)の命名(ローマ神話の大地の神テルースが由来)したことやウラン(U)・ジルコニウム(Zr)の発見者としても知られています。

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ではなぜチタンは注目されているのでしょうか?理由はチタンのもつ優れた性質が故です。主なのは強度・軽量・耐食性・耐熱性が優れているからです。あと金属の中では珍しく常磁性・熱伝導性・電気伝導性がいずれも極めて低いという特徴や、金属転移というある温度(転移点)を境に結晶構造が変わる(チタンの場合は880℃で六方最密構造→体心立方格子です)性質をもちます。更にチタンは地殻中における埋蔵量はかなり多い部類(地殻中では9番目)ですので、チタンを積極的に利用していこうという話が実は結構前から既に進んでいます。

鉄鋼やステンレス鋼といった金属材料が世間でも使われることが多いかと思いますが、それらは錆びるのが早かったり、資源に限りがあったりという課題があります(特にニッケルなんかがそうです)。チタンを代替材料で用いることで(酸化の)メンテナンス問題資源の埋蔵量問題の解決に繋がるのではないか?というのが個人的な意見です。

ん?チタンって地球上にたくさんあるのにあまり利用されていないの?と思った方も多いでしょう。もちろん理由はいくつかありますが、一番は難削材と言って、極めて加工しにくい部類で、莫大な費用もかかる厄介な金属だからです。そのため、用途(後述)は現在でも限られているのが現状です。特にチタンを効率よく製造するという点やより優れた加工技術の模索という点(これも後述)に関しては激しい競争が繰り広げられています。ここでチタンの歴史を見ていきましょう。歴史的に見てもチタンがいかに厄介な代物であるのかが分かります。

先程クラプロートが命名と書きましたが、クラプロートがやったのはチタン(という新物質)ができたことの確認→命名ですので、正確にはその4年ほど前にライヒェンシュタインというオーストリアの化学者(兼鉱物学者)がチタンらしき物質を作っています。ただ彼は作った物質が新物質だと証明できなかったため、命名のチャンスを逃してしまいました(実はテルルの発見もライヒェンシュタインなのですが、同様に命名権を逃しています)。ライヒェンシュタインが不遇なのはさておいて、ここで大事なのは新物質の確認は単体への分離を指すわけではないという事です(ちなみにテルルは単体に分離できました)。チタンの存在が確認された1795年当時はチタンを単体に分離する術がなかったのです。

チタンの単体への分離が成功したのはそれから1世紀以上後の1910年の話です。マシュー・A・ハンターというアメリカの化学者が始めて単体チタンへの分離に成功しました。ハンター法として知られる塩化チタン(IV)をナトリウムで還元するという方法で分離を行いました。成功するまでの期間、研究が止まっていたわけではありません。それだけチタンの単体を得ることは難しかったというわけです。

第2次世界大戦後すぐの1946年にはルクセンブルクのクロールという人物がハンター法よりも更に高純度のチタンを得られるクロール法を確立しました。ハンター法と似ているのですが、ナトリウムではなくマグネシウムを還元に用いるというのが大きな相違点です。クロール法には中間生成物としてスポンジチタンと呼ばれるスポンジ状のチタンができるというおもしろい工程も見られます。このクロール法は現在でも行われている主要なチタンの製法です。アメリカのデュポン社(大手化学メーカー)がクロール法を用いてチタンの工業生産を開始したのを皮切りにチタンの研究が本格的に始まっていきました。

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戦後間もなくのチタンの研究はアメリカが中心となって研究がされたのですが、戦後の歴史上非常に大きな出来事である冷戦が大きく影響していると言っても過言ではありません。

その理由は既に書いています。チタンの性質故です。強度・軽量・耐食性・耐熱性が優れているからです。特に上2つの強度と軽量の面が評価され、アメリカとソ連が戦闘機の強度増量と軽量化を目指して競って研究しました。全くの余談ですが、世界初の実用超音速戦闘機であるF-100には当時のアメリカ(1953-1954年)のチタン生産量の80%がつぎ込まれたと言われているほどです。イーグルの愛称で知られる量産機のF-15にはチタンが全体の4分の1程使用されました。ただ、チタンの原料となる鉱石の大半は東側(ソ連サイド)にあったため、アメリカは何が何でもチタンを手に入れたい、ソ連の研究を阻害したいと、市場の買い占めを行おうとしたり(結果は失敗)、ソ連からの密輸入を行ったりしたほどでした。用途の際に書きますが、1970年代になると航空機以外の利用も研究されるようになりました。

歴史の話はこれくらいにして、ここからはチタンの製法と用途の話に移っていきます。現在でもチタンの製法としてクロール法が用いられていると書きましたが、実際のところは若干のアレンジが施されています。スポンジチタンを抽出してチタンインゴッドを製造するのは東邦チタニウム大阪チタニウムテクノロジーズといったメーカーで行われています。一方、日本製鉄神戸製鉄所といったメーカーではチタンインゴッドを用いて薄板・厚板・チタン線・チタン管といった圧延製品を製造しています。日本におけるチタンの製法は主にこの2つです。面白いことに日本におけるチタンは世界の流れとは異なり、純粋なチタンの利用がメインなのです(アメリカやソ連などはチタン合金の利用がメインです)。これはアメリカからの影響を日本が受けた結果と言えます。それもそのはず、日本は冷戦激化の最中は航空機やチタンの製造を禁止されていたのです。軍事利用以外の面においては実は日本のチタン産業は世界の中で見ても進んでいる方なのです。

チタンの用途は正直ありすぎるので、何個かに絞って話をすることにします。まずは先程から取り上げている航空機です。航空・宇宙系に興味がある方はぜひチタンの事を知っておいた方がいいしょう。だって宇宙船・ミサイルにも利用されているのですから。素材としてどんなチタン合金を用いるのかというのが主要テーマです。具体的にどうこうまでは専門から外れるので存じ上げない部分がありますが、アルミニウムの合金としてホットセクション以外の部分には結構利用されているようです。(下の図はこちらを参照)

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次に紹介するのは軍艦や原子力と言った海洋系での利用です。これが1970年代辺りから始まった研究なのですが、これはチタンの性質である耐食性から来ています。耐食性が高いと言ってもイメージしにくいでしょうから貴金属のプラチナ相当だと思っておくと良いでしょう。貴金属並みなのは相当強いです。特にソ連が積極的に行った潜水艦の素材としての研究の一環でチタンの(海水に対する)強さが評価された形となります。また、現在では潜水艇の研究が発展して海難救助用部品や海底調査用部品における利用がされています。日本の排他的経済水域を守る為に非常に重要である沖ノ鳥島は海水と接する部分はチタンで固められています。更に原子力においても海水による冷却がプロセスにある以上はチタンが重要なのは分かるかと思います。更に言うのなら、核廃棄物の貯蔵コンテナへの利用へも現在急ピッチで研究されています。要するに、どこもかしこもチタンまみれなのです!

金属素材としてのチタンを見ると、最早枚挙に暇がありません。現在鉄鋼やステンレス鋼が利用されているものはすべてチタン合金に移行可能、或いは既に移行済みだからです。何ならチタン合金はこれからもっと優れたものに変化を遂げるでしょうから現在使用しているチタン合金と数年後使用するチタン合金は同じとは限りませんよね。それでもあえて一つ挙げるなら最近(実際は結構前から)だと形状記憶合金の研究が熱いです。

建築の分野においても1970年代になるとチタンの性質が高く評価され、採用されるようになりました。これも海洋系との話と重なりますが、チタンの耐食性の高さから、海浜地域の建造物におけるチタンの利用が増えていきました。耐食性以外にもチタンは軽いので建造しやすいといった利点や、酸化耐性・非磁性といった特徴からメンテナンスの大幅軽減も可能になるといった利点もあり、チタンは高価であるにも関わらず、チタンを採用する事例が増えていきました。更に、チタンの丈夫さは阪神淡路大震災を機に耐震の観点からより一層注目されるようになりました。加えてチタンの鮮やかな色彩並びに金属光沢は、デザインの面からもチタンの需要が高まりました。日本では文化財の保全や環境維持の為のチタンの利用が目立つのですが、チタンが日本の伝統を守ることにも繋がっているのは大変面白いな、と個人的には思っています。(下の図はこちらを参照)

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医療の分野においてもチタンは一役買っています。なぜなら、チタンは生体適合性という金属においては拒絶反応や金属アレルギーの出にくさを示す指標が極めて高いのです!そのため、人工骨や人工関節、義手・義足、生体インプラントなどといった、人間に直接接触する医療機器に利用が出来るのです。

生体適合性の高さは意外なことに美容の分野にも見られます。酸化チタン(IV)は白色塗料として美容品に幅広く使用されています。これが所謂ファウンデーション・日焼け止めです。優れた被覆力に加え、紫外線散乱効果も高いため美容へも利用ができるのです。更に酸化チタン(IV)には他にもおもしろい性質があるので後述。ちなみですが、白色の絵の具やセメントもこの酸化チタン(Ⅳ)が利用されています。

チタンは実はもっと日常の場面でも見られます。例えば腕時計や眼鏡フレームは既にチタンが高い割合で使用されています。他にも自転車・スポーツ用品(ゴルフクラブ・テニスラケットなど)・ネックレス(スポーツネックレスの大半はチタンです)・調理器具などなど・・・。チタントリマーも最近耳にするようになったかもしれません。ただ現時点ではチタンの加工の難しさと費用の面で、日常におけるチタンはあまり普及していないようにも感じるかもしれませんが、先程も述べた通り、チタンを代替材料による(酸化の)メンテナンス問題資源の埋蔵量問題の解決に向けての研究が進んでいるため、今後の生活でチタンを目にする機会は爆発的に増えていくのだと私は思っています。特に鉄鋼やステンレス鋼におけるチタンの割合を増やしていくことが日常をより豊かにする大きな契機になり得るものだとも思っています。

冒頭でも書きましたが、

チタンは無限の可能性を秘めた、夢のある金属

という事は分かっていただけましたでしょうか?正に「近未来の金属」といっても過言ではない、そんな優れた金属なのです!

大まかに言いたいことはこれで終了です。ここからは補足程度におもしろい利用や研究について触れていきます。本当にここまで夢のある金属は他にないんじゃないかな、って思うほどすごいんですよ、実は。

酸化チタン(Ⅳ)には黒リンの際にも少し触れましたが、光触媒としての利用がされています。光触媒とは光を照射することで触媒活性を示す物質の事です。実は現在実用化されている光触媒は酸化チタン(Ⅳ)と酸化タングステンだけなんです。酸化チタン(Ⅳ)に紫外線を照射すると、主に以下の作用を示します。一つ目の作用は強い酸化還元作用であり、水の分解反応における触媒として利用可能であり、高電圧を使用せずとも分解ができるようになります。環境に優しい燃料電池の開発において、現在大いに注目されているのです。だって太陽光だけで水を分解できるなんて、正に夢のエネルギー機関ですよね?ですが、発電効率の面に関してはまだまだ課題ありです。1980年代になると有機物の分解の観点からも光触媒の有用性が指摘されるようになりました。これ以上話すと長くなる上に話題が逸れる(既に逸れているが)ので一旦ここまで。二つ目の作用は超親水作用です。言葉で説明するのは難しいのでざっくりにはなりますが、要するにガラスに酸化チタン(Ⅳ)をコーティングすることで、ガラスの曇り止めができます。例えば雨が降った日に車を運転しなければならないとき、もしガラスがコーティングされていなければ、雨粒がいつまでもガラスに付着したままとなります。考えただけでも恐ろしいですが、実際はガラスの表面で水滴にならず流れ落ちますよね?これは正に酸化チタン(Ⅳ)が光触媒としての挙動を振る舞って超親水作用を示すおかげなのです。

また、チタン酸カルシウム(CaTiO₃)はペロブスカイトと呼ばれる酸化鉱物なのですが、このペロブスカイトの結晶は単位格子の中にチタン酸イオン(TiO₃²⁻)の正八面体構造が内包している、少し変わった結晶構造をとります。これをペロブスカイト型構造と言うのですが、ペロブスカイト型構造をとる酸化物は化学の業界においては既に話題となっているので、最後の最後で直接的にチタンとは関係なくなってしまいますが、どうしても記述したいので許して下さいm(_ _)m

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ペロブスカイト型構造の結晶において注目されているのが太陽電池としての利用です。ペロブスカイト型構造は誘電率が高い結晶構造となるため、コンデンサーのような役割を果たすことが可能なのです(これが電池として利用できる一つの理由です)。実はつい数ヶ月前からペロブスカイト太陽電池の本格的な生産が始まりました。ペロブスカイト太陽電池はペロブスカイト構造の結晶構造の金属を利用した太陽電池の事で、従来のケイ素を用いた太陽電池よりも同様或いはそれ以上に優れた発電効率であり、しかも製造コストも従来と同額または低額(うまくいけば半額以下にもなり得るそうです)での生産が可能となると期待されています。世界中で研究がされているのですが、日本でも東芝が9月にフィルム型の太陽電池で世界最高のエネルギー変換効率である15.1%を達成したと発表しています。日本におけるペロブスカイト太陽電池は2009年に宮坂力教授(桐蔭横浜大学)の研究チームが開発したのですが、そこからわずか数年でもう現在広く普及しているシリコン型並のものができているというのが驚きです。シリコン型との差別化は発電効率とコストの問題以外に、シリコン型よりも軽量であることと、柔軟性があるという事です。高層ビルの壁といった、これまで設置出来なかった場所にも設置できるようになるため、大きな利点だと言えるでしょう。

太陽電池以外の利用も研究されており、それが金属リサイクルです。特にペロブスカイト型構造の結晶は誘電率が高いため、電気伝導性を示し、産出量の少ないプラチナやパラジウムといった白金族に当たる貴金属を吸着させる事でロスを減らしつつ回収(=リサイクル)できるのです。これによって従来の効率の悪い溶媒抽出法(あと王水を使ってやるので単純に面倒です)などの代替となることが期待されています。あと先程コンデンサーのような役割を果たすと書きましたが、実際にチタン酸バリウムはペロブスカイト型構造の中でも極めて高い誘電率を示すことからセラミック積層コンデンサに利用されてます。

皆さまとの出会いに感謝、略してC₁₀H₂₂です!

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