『子鬼のつぶやき』 第三話
(→第二話)
名探偵
「どうしたの? 調子悪いじゃん?」
寝不足?
休憩中、そう言って圭司の隣に座ったのは「しょうちゃん」こと、上内正平だった。チームメイトであり幼なじみの彼は給水ボトルをくれた。
「ありがとう」
今時珍しいスポーツ刈りに、昔から小太り気味だったしょうちゃんは、それでいて走るのがチームで一番速いのだから、「爆走戦車」の異名も持っていた。明るい性格のおかげか災いか、彼自信もその二つ名をえらく気に入って、監督までも時に「爆弾戦車」と茶化すこともあった。体格を生かしたボールキープ術も長けてるから、彼はチームの主戦力。いわゆる芸達者なのだ。
「顔色悪いよ。夏風邪?」
「ううん、考えごと」
サッカー部たちが練習するグラウンドは、田んぼに囲まれた、良く言えば開放的な場所だった。昔あった野球部のなごりで、高い金網フェンス越しに、農作業のトラックと、それについて歩く麦わら帽子の人影がポツリと見える。
「なに? 悩みでもあるの?」
鼻の下に汗をかいたしょうちゃんが、腫れ物に触るような手つきで顔を覗く。
「実はさ……」
幼なじみのしょうちゃん。昔からそうなのだ。彼は素直で良いヤツで、そして聞き上手。
「お化けを見たんだ……よね」
「お化け!?」
「しっ!」
思わずしょうちゃんの口に手を当て、周りをうかがった。誰も気付いていない。圭司はひと安心して、彼の口から手を離した。
「ごめんごめん」律儀に小声で謝るしょうちゃん。
「いいよ」
「それで、今度のはどんなお化なの?」
「ノートにね、書かれてんだ」
「なんて?」
「殺された……って」
頭上を鳶が通りすぎていく。近くに見える県境の山には、特大の入道雲が一つ。
「そう書かれてたの?」
「うん」
「誰に殺されたの?」
「分かんない」
うーん、としょうちゃんは眉間にシワを寄せてみせた。
「もちろん、自分で書いた訳じゃないよ」
「疑ってる訳じゃなくて……どうしてそのお化けは圭ちゃんのノートに書いたのかな?」
「え?」
「だって、見ず知らずの、全く関係ない人のノートにメッセージを書くなんておかしくない?」
「じゃあ、そのお化けは俺の知ってる人ってこと?」
「もしも! あくまで仮定の話だよ」
しょうちゃんが念を押すようにして、姿勢を正した。
「もしも、圭ちゃんがお化けになっちゃって、メッセージを残せるとしたら誰に残したい? やっぱりお母さんとかお父さんとか友達とかが自然じゃない?」
確かに――
圭司はコクン、と頷いた。
「こんなこと言って本当にごめんなんだけど、何か心当たりはない?」
――ぼくはころされた。
一番心当たりがあるのはおばあちゃんだ。ヘルパーさんがいるとは言っても独り暮らし。でも、もし仮におばあちゃんが死んでいたら報せは入るはずだ。ノートに書かれたのは雨が降っていた夜中。ならば、朝には母さんの耳には入ってるのに、車の中では何も言ってなかった。
それに、おばあちゃんは「ぼく」なんて一人称は使わない。
父さんも論外だ。圭司がノートの文字に気がついた夜中には、大きなイビキが聞こえていたから。
なら、一体誰だ?
チームメイトたちも皆、元気に練習に来ている。残すは他のクラスメイト? しかし、圭司には心当たりはなかったし、仮に何かの事件があったのなら、朝からその噂でもちきりだ。
田舎はコミュニティが狭い。嫌でも耳に入ってくる。圭司の「お化け疑惑」もそうして瞬く間に広まったのだから。
「例えばさ、知らない人でもたまたま近くにいたとか、なんというか波長があって俺のところにメッセージを書いたのかもしれない……」
「それもあり得るね」
霊感あるからね、と、しょうちゃんはさらりと付け足した。
「とりあえず、僕も調べてみるよ」
「何を?」
しょうちゃんが立ち上がる。休憩時間はもう終わりだ。
「そのお化けが誰なのか。友達に変わったことがないか聞いてみるよ。それから、近くで何か事件や事故があったかどうかも」
「勉強とかは大丈夫なの?」
圭司たちは受験生だ。大切な夏休みなのは、しょうちゃんにも変わりはないのだけれど、彼はニコリと笑ってみせた。
「僕は大丈夫だよ」
野暮な質問だった。しょうちゃんはクラスで一番の秀才でもあったから。
圭司も立ち上がる。バラバラに散っていたチームメイトたちも、グラウンドに集まり始めていた。その時、前を歩くしょうちゃんが急に立ち止まって振り向いた。
「それから、本当に気を悪くしないで欲しいんだけど……」
目を合わしてくれない。心の中にどっと不安という濁流が押し寄せてきた。
「殺された人がメッセージを残す相手。限りなくゼロに近い可能性だけど、もう一人だけ候補が思いついたんだよね」
「だ、だれ?」
「自分を殺した人……殺人犯に、だよ」
ピー、とコーチが笛を吹く。
練習再開。集合の合図が鳴った。
『子鬼のつぶやき』という短編小説を連載しています。ぜひお読みになられてくださいね。