中学時代ボッチだった俺が、妄想の彼女を創って寝取られ殺すまで
起(子供と独りについて)
私は小学校の卒業式で泣けませんでした。というか、まるで感慨というものを覚えなかったのです。
仮にも、六年間通い続けた学校でした。田舎でクラス替えも無く、ずっと同じ教室にいたクラスの皆は、総じて涙を流していました。おかしいです、中学に上がるタイミングで引っ越して行く私とは違い、彼らの大半は地元に一つしかない中学へとそのまま進学するはずなのです。
更に言えば、卒業式の後にあった「引っ越して行く人間を送り出す会」の時でさえ、私はヘラヘラくねくねとニヤついていました。あまつさえ私は、友人が感極まって泣いている姿を見て滑稽というか、理解し難い存在だとさえ思っていたのです。
勿論、私も怪物ではありません。卒業式や別れのタイミングで感極まって泣く人間がいる事は知っています。しかし同時に、私は彼らが何に感極まっているのかをまるで理解していなかったのです。
最近、彼らの涙の理由をとある小説で読みました。それに書いてある事が事実なら、どうやら彼らは今までの六年間を思い出して感極まっているらしいのです(今までは、卒業式という場に涙のトリガーがあるのだろうとなんとなく思っていた)。それを知った私は、友人知人にその事を知っていたかと聞いて回りました。答えは、皆一様に「知っている」。
軒並み卒業式で涙しない事に定評がある私の友人達でさえ、あの涙の理由を当たり前に理解していたのです……まあ、これはどうでも良いちょっとした小話で、無駄話です。時を小学生時代に戻しましょう。
私はかくして小学校(良い思い出はあまり無い)を卒業し、晴れて新天地で中学生という立場に身をやつす事となりました。さて、ここで私は皆さんと共有しておかねばならない情報があります。私は中学校入学当初、既に随分なオタク君でした。あしげく図書館に通い、エッチな文章を周囲に見られないよう指で隠しながらライトノベルを読み漁る毎日。中でもお気に入りだったライトノベルは「僕は友達が少ない」。2010年代の魑魅魍魎を魅了した名作です。
結果から言うと、中学一年生の私に友達はできませんでした。小学校六年間、田舎ゆえにクラスメイトの流動が無い環境にいた事、思春期らしく独りぼっちに憧れていた事、その二つを鑑みれば実に順当な結果です。そうして私は「僕は友達が少ない」の主人公、長谷川小鷹の友達が欲しいというぼやきに酷く共感しながら、ライトノベルを読み進める青春の始まりとなりました。
ここでいくつか、独りぼっちエピソードの披露といたしましょう。そうすれば、後に語る本題の悲惨さもよりいっそう増すというものですからね。
……いえ、やっぱり独りぼっちエピソードの前に「独」という漢字に関する小話を挟みましょう。そうする事で、私が小学校と体育会系を嫌う理由に言及できます。私が「独」という漢字を初めて習ったのが、小学5か6年生の頃です。この頃の担任は所謂体育会系というやつで、まあ要するに敵なのです。そいつが国語の授業中、「独」の漢字を教える時に、こんな事を言いました。
「斎藤君(私の仮名、斎藤道三から取った)は、”一人”っていうより”独り”って感じだよね」
下級生の頃は校庭でサッカーに勤しんでいた私も、上級生ともなれば休み時間によく本を読んでおりました。恐らく、その事を揶揄したのでしょう。別に、この事が原因で孤立したり虐められたり、なんて事はありませんでしたが、ただただ不快でした。これが私に根付いた体育会系嫌いの発端だとすれば、この教師の罪はいかほどでしょうか? ともかく、私は今もこいつを許してはいません。
さて、少々熱が入り過ぎてしまいましたが、この項のメインはあくまで独りぼっちエピソードです。その事を忘れないうちに、早速一つ目のエピソードというか、ボッチのみに分かる「あるある(この表現も、安っぽくてあまり好きでは無い)」を書き始めましょう。
ボッチあるあるとして高頻度で上げられるのは、体育の授業で「二人組作って~」という言葉への苦痛を語るアレです。もはや手垢で真っ黒なネタですが、意外と語られていない部分があります。それは、二人組を組んだ後の話です。あるあるとしてインターネットに辛さを吐き出したところで、これは授業。表層を真面目の鎧で取り繕う我々陰キャ君は、誰かとペアを組むほかないのです。
実は意外と知られていませんが、クラスの余り物は一人だけではありません。大抵の場合は二人、もしくは三人ほど存在するのです。ここでお客様気分の陽キャ様は厚顔無恥にも「じゃあ、その余った人達で友達になれば良いじゃ~ん!」とおっしゃるわけでございますが、そんな訳にもいきません。余り物には、余るだけの理由があるのです。
余っている人間は多くの場合、コミュ障か性悪、またはその両方の性質を有しています(因みに、私はその両方を兼ね備えながら、自分は性格が良いと思い込んでいるタイプでした。所謂エリートというやつです)。そんなカス連中とペアで行う体育など、良くて退屈、悪くて不快、断じて楽しかった等というポジティブな感想が出るはずもありません。これが恐らく、陰キャ君が口を揃えて体育なんか嫌いだと表明する現象の一端を担っているのではないでしょうか?
こんなところで、次の独りぼっちエピソードへ……と思いましたが、いいかげん長いので、もうさっさと承句に移りましょう。
承(妄想の彼女が出来た経緯)
私が孤独に耐え切れなくなってきたのは、中学二年に上がって二カ月ほど経った頃です。これくらいの時期になるとすっかりクラス替え後のメンバーも仲良くなっており、案の定、私はそこからあぶれていました。当然です、私は休み時間だろうが朝の時間だろうが関係なく、自分の席で読書に勤しんでいたのですから(更に言えば、ちょっかいを掛けてくるカスの陽キャ共は悉く無視していました)(更に更に言うと、入学直後に美術部に入ろうと息巻いていた私は、入部届の紙を集める日に忘れてしまい、最初から部活に入る気なんて無かったという顔をして誤魔化したせいで帰宅部に決定。部活で友達を作るという線も消えてしまいました)。
さて、俺には本があるから孤独なんて屁でもない! と思っていた私でしたが、存外思春期の心には効いていたのでしょう(思春期によって刷り込みのベールを剥がされ、母という存在に対する認識が改まった事と、親が離婚しているという意味を理解していった事も、私がこのタイミングで歪んだ一因かもしれません)。私は、妄想の少女に癒しを求めました。
学校生活で精神の安寧を保つ為、私はモノに脳内で人格を付与したのです。私から人格を与えられたエア友達(この時は意識していなかったが「僕は友達が少ない」にもエア友が登場する為、無意識下で影響を受けていた可能性が高い)は、校門前の桜、教室までの途中にある階段の手すり、教室にある黒板、の三つでした。中でも今回の主題になってくるのが「黒板」です。
私はこの頃、黒板の掃除当番でした。そして私は酷く承認に飢えていた(因みに、今も承認への渇きは満たされていません。私は、この拗らせた承認欲求の原因は幼少期からほとんど寝たきりだった母にあると思っています。Wikipediaの精神疾患についての項目を見ると、どれもこれも母からの愛情不足が原因の一つとして挙げられているからです)。さて、黒板掃除と承認欲求がいかにして繋がるのか? それを解説する為に、承認欲に対する持論を少しばかり展開しようと思います。
承認欲とはやっかいな欲で、三大欲求であるところの「食欲」「性欲」「睡眠欲」とは違い、独りでは満たす事ができません。よくインターネットで「何もしていなくても褒めて欲しい」という言説を見かけますが、これはそもそも矛盾しています。普通の人間は何もしていない状況で褒められても煽られているとしか思いませんし、そもそも本来は何もしていない人間を褒める事なんてできません。何故なら、褒めるという行為は何かしらの行動や事象、手柄に対して行われるアクションですから。
しかし、それでも何もしていない(と自分で思っている)人間を褒めてあげる必要がある!
そういう考えが発生する程度に、人間界は地獄です。その結果作られたのが「何もしていなくても褒めてくれる音声」! これがどういった発明なのかといいますと、生きている事や、呼吸をしている事といった、音声を聞いている人なら誰にでも当て嵌る「当たり前な行為」を、酷く素晴らしい事のように褒めたたえてくれるという音声なのです。中学時代の私は、この音声と黒板のエア友によって精神の安寧を保っていたと言っても過言ではありません。
さて、ここで疑問に思った人もいるのではないでしょうか?「別に、その音声だけで事足りるだろ」と。自分で書いておいてアレですが、そんな疑問を持つ人間はいません。しかし、話の都合上いた方が良いですし、世の中に絶対は絶対に存在しませんから、そんな疑問を持った人がいたと仮定します。
私は実際、どん底の時に全肯定音声を聞いて少しばかりの涙を流し、じわじわと回復していました。どん底を避けるだけなら、これで充分です。どん底を避けるだけなら。
人の理性とはすごいもので、ある程度精神が回復すると少しだけ正気に戻ります「いや、呼吸も生命維持も凄くねぇよ……」といった具合に。その瞬間、イヤホン越しに囁く少女達が、ただの鼓膜を揺らす波に変わります。そうなってくると、また承認欲が膨れ上がってどうしようもなくなる。ですから、承認欲を満たすには何かしらの努力をして、褒められる必要があるのです。
皆さんもご存じの通り、何か努力をしたとしても大抵の場合は他人に褒められる事なんてありません。もし運よく褒めてくれる人がいたとして、次第に「努力」は「当たり前」に変わっていき、褒められる事は無くなります。最悪です。褒められ続けるには、手を変え品を変え褒めてくれる人間に奉仕し続けないといけないのです……! 無論、プライドも高く捻くれていて全人類を見下していた上、性格の悪い私にそんな事ができるはずもありません。結果、エア友達です。
「黒板」のエア友達に名前などつけていませんでしたが、分かりづらいので仮に「黒板子ちゃん」とします。黒板子ちゃんは黒板の擬人化で、飛び切り可愛い女の子です。童貞オタク君らしく黒髪ロングに劣情を催す私の期待に沿って、やはり黒板子ちゃんは黒髪ロングで穏やかな女の子でした。私が丁寧に丁寧に黒板を掃除すると、黒板子ちゃんは嬉しそうに「いつも綺麗にしてくれてありがとう」と言ってくれます。俺はそれに対し、格好つけて「別に、仕事だから……」なんて心中で返してみせるです。
私の中で、どんどん黒板子ちゃんの存在が大きくなります。もはや、授業中も脳内では黒板子ちゃんと会話を始める始末です。
「この先生、筆圧が強くてチョークが消えにくくなっちゃう」
「別に、俺が消すから大丈夫だよ」
「えへへ、ありがとう。斎藤君は優しいね」
「私、その男の子苦手かも(黒板子ちゃんは優しいので”嫌い”ではなく”苦手”と言う)」
「なんで?」
「だって、いつも掃除を真面目にしてないんだもん。もっと皆、斎藤君を見習った方が良いよ」
「いや、でも俺は結構時間かかりすぎちゃうから。前も、掃除の時間を少しオーバーしちゃったし……」
「そんな丁寧で真面目なとこも、斎藤君の良い所だよ!」
こんな幸せな日々が、一カ月ほど続きました。逆に言えば、一カ月で終わったとも言えます。そう、掃除当番が変わったのです。
転(落)
掃除当番が変わる。当然予測出来ていた筈の事態です。しかし、私はこんな事が起こるなんて毛ほども考えていませんでした。
私は最初、酷く焦りました。独占欲の強い私は、この一カ月で黒板に自分以外が触れる事すら不快に感じるほど拗らせていたのです。もう「いつも綺麗にしてくれてありがとう」という言葉の意味すら、酷く歪んでおりました。
そんな状態の私が、掃除当番の変更だなんて耐えられる筈もありません。しかし、現実は残酷なもので、配られたくじには私の新しい掃除場所が教室の床だと示されていました。ここで、もし書かれていた掃除場所が理科室や廊下だったなら、この私小説が書かれる事は無かったでしょう。もうクライマックス。あとは転がり落ちるだけ。とはいえ、やはりこれは客観的に見れば掃除当番が変わっただけの話なのです。
さて、ここで気になってくるのは、やはり新たな黒板の掃除当番でしょう。
くじの結果は最悪でした。新たな黒板掃除担当は日野(仮名)。日野という男は、最悪と称される通り体育会系です。その癖、勉強もできるというカス。学力カーストで上の下から中の上を漂う私では、到底太刀打ちできないトップ層です。更に言えば日野は顔も整っており、三年生の頃に生徒会に所属する美人と評判の女から告白されて付き合っていました。唯一の汚点を上げるとすれば、学校外の野球部に所属していた為、頭を坊主にしていたくらいでしょうか?
日野はクソ陽キャらしく、授業中も休み時間も騒々しい猿のような男でした。奴の群れには何度かちょっかいをかけられており、皆さんもお察しの通り私は日野が嫌いです。そんな奴が、黒板掃除係。許せません。
しかし、黒板子ちゃんはあくまで私の美少女。なんだかんだ言っても、どうとでもなる。そう、その時の私は考えていました。だってそうでしょう? 猿が、丁寧に丁寧に掃除していた私に敵うはずが無い。黒板に触れられる事こそ不快ですが、一点でも日野に勝てるというのなら、明確な根拠をもって日野を脳内で見下し馬鹿にできるというのなら、上がった溜飲も下がるというものです。なんなら今日の放課後にでも黒板子ちゃんに、日野の掃除の下手さ、いかに私が丁寧に掃除をしていたか褒めてもらえば、完璧な流れとすら言えます。
私はそう自分を納得させ、そこまで気落ちもしないまま悠々と教室の床を掃き始めました。相も変わらず、他の連中は駄弁って掃除とも言えないような掃除に勤しんでいます。
「やっぱり、斎藤君は真面目で偉いよ!」
「別に、仕事だから……」
そんな黒板子ちゃんとの、いつものやり取り。黒板掃除担当で無くとも、教室を掃除する俺を黒板子ちゃんは見ています。
そのまま順調に掃除は進んで行きました。日野の黒板掃除は、普通。俺の足元にも及びません。予想通りの状況にしめしめとほくそ笑み、掃除もいよいよ中盤といったところで、事が起こりました。
「え! ○○(日野の下の名前)濡れた雑巾はヤバイんじゃね?」
声のした方に目をやると、日野が濡れ雑巾をこれみよがしに黒板へ近づけているではありませんか。
濡れ雑巾で黒板を拭く事の何がいけないのか? その罪深さは「濡れ雑巾で黒板を拭くと、チョークで書いたものを消せなくなる」という噂が担保しています。この噂は私も小学校の頃にどこかで耳にした事があり、生徒教師に関係なくそこそこの知名度がありました。ですが、そのリスクの高さからか誰も試した事が無い為、噂の真偽は定かではありません。
日野は陽キャ特有の万能感で「まあ、大丈夫っしょ~!」
ベチャリ、濡れ雑巾を黒板に押し付けました。そのままグイと拭った場所は……今まで見た事が無いほど、綺麗な黒板がありました。日野は取り巻きと「うお~! すげぇ!」などと盛り上がりながら、あっという間に大きな黒板を拭き上げていきます。
そして眼前に広がるのは、俺が丁寧に丁寧に掃除時間を少しオーバーしてまで綺麗にしていた時よりも、圧倒的に短時間で美しく仕上がった黒板です。正直、もう俺の心はボコボコでした。それでも、まだ俺が立てていたのは「チョークで書いたものを消せなくなる」という噂の一説があったからです。
結(0次元美少女の死)
掃除時間もそろそろ終わり、担任の教師が帰ってきました(教師はフレンドリーで比較的若いオバサン教師をイメージして下さい)。日野は酷く得意げな顔で、教師に綺麗な黒板と画期的な掃除方法を自慢します。ですが教師も噂を知っていたのか、日野にちゃんと消せるのか問いかけました。既に掃除を終え自分の席に着いていた私は、固唾を飲んで両者のやり取りを見守っています。
日野は無造作にピッとチョークで線を引き、軽く黒板消しで線を撫でます……消えていました。先ほど書かれた線は、綺麗さっぱり消えていたのです。
その後、教師が日野を褒めていた事を覚えています。私が丁寧に掃除していた時は、一度だって褒められた事などありませんでした。それどころか、教師は私が黒板掃除の担当だったという事すら認識していなかったのではないでしょうか?
私は酷く打ちのめされました。だって、散々黒板子ちゃんを通して褒めていた自分の丁寧さは、無駄に時間を掛けていただけだと証明されたから。私が努力した結果だと思っていた黒板の綺麗さは、日野の出来に到底及ばなかったから。そして何より、しょうもない意味も無い噂のような曖昧なルールを順守して、独り真面目を装っていた自らが滑稽で情けなく思えました。私だって実行に移さなかっただけで、一度くらいは濡れ雑巾の方が綺麗になるのではないかと考えた事くらいあったのです。尤も、真面目ぶって行動に移さなかった私はやはり、寝取られモノの主人公であり、僕の方が先に好きだったのにと呟く側だったのでしょう。
それ以降、黒板子ちゃんという存在とは会話をしていません。というか存在ごと消しました。無かった事にしました。殺しました。
後の日常にもこれといった変化は無く、校門の桜(エア友)から、学校に来るという「当たり前の行為」を褒められ、階段の手すり(エア友)をなんとなく撫でながら脳内会話をする、といった感じで進められていきます。
結局、卒業式の日まで校門の桜との付き合いは続きました。あれだけ派手に妄想関連で傷つけられておきながら、私の卑小な根幹は何も変化していないのです。ショック療法も時間も病理の解決には寄与しないというのが、今回の私小説における雑な結論。という事にしましょうか。
跋(私の死体収集)
最後に、何故こんな文章を書いたのか記す事で、この終わった私小説も締めといたしましょう。
不快な記憶を掘り起こし、不快な気分になりながら、何故こんなものを書いたのか? その答えは簡単で、忘れない為です。私のアイデンティティは、こういった多くの不快な記憶、そしてそれらとの戦闘の歴史によって形作られています(戦闘に使用した武器が多くの場合二次元美少女の形をしていた為、最近は美少女に苦しめられつつある)。
やはり人間、何が一番恐ろしいかと問われたら、多くの場合「死」と答えるでしょう。御多分に漏れず、捻くれるだけ捻くれておよそ特別性というものを持たない私も、やはり死が恐ろしい。そして、その死という概念は一見ハッキリと正体が掴めているようで、その実多様な姿を持っています。私が黒板子ちゃんを殺したように、人は日々相いれない自分を殺しながら、看取りながら生きているように思うのです。しかしながら、死んだ私もやはり私です。小学生の頃の私、今の私とは似ても似つかぬ様相と思考を持つ彼も、やはり死んだ私なのです。私は酷く自己愛の強い人間ですから、一つとして自分を取りこぼしたくない。
一生不快な記憶のフラッシュバックに悩まされると私は信じていたのに、最近はそこそこ幸せで、フラッシュバックも減りました。忘れられないと思っていた不快な記憶達は、次第に忘れ去られ、消えて行くのかもしれません。それに、もう消えてしまった記憶だってあるでしょう。そして普通なら、それで良いのです。それが良いのです。でも私は、どうにもそれらが消える事を是とできない。自分の味方は自分だけで、味方は多い方が良いですから。
たいして面白くない話を長々と書きました。いえ、起~結までは、結構面白いと思っています。面白いと思ったから書いたわけですし。でも、跋はあんまり面白くないかもな……と思いながら書いています(推敲の為に読み直したら、そこそこ面白かった)。ただ、こういうモッタリとした空気感も、私は嫌いじゃあありません。どうせ落語も漫才も、最後のサゲはつまらないものですから、このくらいが良いのでしょう。
でも、どうせなら笑いで文章を締めたい。ここは一つ、私が見る度に小笑い出来ると自負しているのに誰にも反応されなかったツイート(2021/12/29現在、0いいね、0 RT、0リプライ)を貼って終わらせようと思います。
最後の文を読んでいただき、ありがとうございました。
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