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珈琲を劇的に美味しくするための2つの課題

自慢ではありませんが、よく珈琲を褒められます。
「普段なら珈琲が苦手で、全然飲めないのに、この珈琲は好んで飲みたいくらい好き!」
と珈琲を敬遠していた人から嬉しい言葉をもらうこともしばしば。

ちなみに、小売で手に入るアイテムだけを使って、家で淹れた珈琲です。家で美味しい珈琲を淹れるのは実はそれほど難しくありません。

しかし、知り合いの話を聞いてみると、家で淹れる珈琲に満足できない方が多いこと多いこと。家珈琲を美味しくするために、何をしたら良いのかイマイチ目星がつかないようです。

本稿では、その点を整理し、みなさんのプライベート珈琲ライフをより豊かにする、少しマニアックな世界へとご案内したいと思います。

本稿の流れ
初めに珈琲の抽出プロセスを整理した上で、珈琲のクオリティを上げるために、どの工程にテコ入れするのが良いかを明らかにし、そのために具体的に何をするべきか解説します。

結論
グラインドされた珈琲粉の品質が、その抽出物としての珈琲の品質を最も強く制約する。ゆえに、家庭で美味しい珈琲が飲みたければ、まずこの粉の品質を上げなければならない。そのためには、良質で鮮度の良い(焙煎)豆へのアクセスと、焙煎豆を挽く優秀なミルの2つを得る必要がある。


珈琲の抽出プロセスの整理

生豆を所与としたときに、珈琲が抽出されるまでの工程を大雑把に整理すると次のようになります。

1. 生豆
 ↓
(A. 焙煎)
 ↓
2. 焙煎豆
 ↓
(B1. 寝かせる)
(B2. 挽く)
 ↓
3. 珈琲粉
 ↓
(C. 抽出)
 ↓
4. 珈琲


それぞれ大雑把に概観します。

1. 生豆
見たことがない人も多いでしょうが、珈琲の生豆とはコーヒーの木の種子で、このようなものです。


品種・生育条件・(実→種子への)精製過程の条件・種子の大きさetc.などの違いと、この後の A:焙煎工程の組み合わせで、焙煎豆の持つ風味が決定されます。

ワインと同様、生産地区・農園・農園内での小区分などの中でブランド・グレード分けされ、それを単位として個別に流通します。
有名どころから例を挙げれば、ブルーマウンテン No.2、キリマンジャロAAAなど。

そのうちのどの生豆を買っても(モノによって混入比率は異なるものの)欠点豆と呼ばれる抽出に適さない豆が混入しており、焙煎前にそれらを(人力で)除くことができるのが生豆を購入するメリットの1つ(この作業をハンドピックと呼ぶ)。

欠点豆の例としては、虫食い豆(豆内部に蛾の幼虫やその糞尿起因のカビが存在する)、未成熟豆、異常発酵豆などがあり、どれも珈琲に不快な風味を加えます。ハンドピック済の生豆もモノによっては流通していますが、そうでないものと比べて値上がりは避けられません。

A. 焙煎
珈琲の風味を生み出す工程になります。珈琲事典の記事に譲ります。

https://www.coffee-jiten.com/knowledge/flow/roast/

珈琲の風味のほとんどはこの焙煎工程で決まると言われますが(実際に正しいです)、どんな生豆を使ってもこの焙煎さえ上手くやれば好みの風味を生み出せるという意味ではありません。焙煎工程において、生豆という素材と焙煎方法の掛け合わせで、焙煎豆の風味が決まるという意味です。一般に(特に焙煎が浅ければ浅いほど)、焙煎豆は生豆の個性を色濃く受け継ぎます。

2. 焙煎豆
「珈琲豆」と言われて多くの人がイメージする茶色いあの豆です。
前述の通り、焙煎完了の時点で焙煎豆の風味は決定されており、その時点から(アロマを含む炭酸)ガスの放出と酸化劣化が同時に進行します。
業務用の非常に特殊な保管方法をとらない限り、賞味期限は長くて焙煎完了から1週間と言われています(好みによります)。
生粋の珈琲好きは、焙煎豆の経過日数を厳しく管理します。

B1. 寝かせる
焙煎完了時点からアロマを含むガスが抜け始めるなら、焙煎直後の豆を使って珈琲を淹れれば美味しいはず!と思うかもしれませんが、意外なことにそうでもありません。珈琲に味が乗らず、香りは暴れ気味でまとまりとバランスにを欠いた水っぽい珈琲になります。

焙煎後24時間後くらい寝かせ、多少ガスが抜けた頃が、多くの人の好みに合致しやすいコンディションになります。
焙煎後どれくらいの時間寝かせるかは、完全に(焙煎前の個性と抽出方法と技術と)好みの問題です。
ただし、アロマが抜けきって酸化が進みすぎた豆を好む人は滅多にいないでしょうから、一般論としては、ストライクゾーンは1週間以内のどこかに存在するはずです。

B2. 挽く
軽視されがちですが、超重要工程です。グラインド(=挽く)工程いわば、抽出前段階における仕上げ工程です。
どんなミルを使ってどのサイズに挽くか(≒粒度調整)で、粉からどんな味が拾い上げられやすくなるかが変わります。
実際、他の条件を同一にコントロールして珈琲豆の粒度だけを変えると、抽出される珈琲の味は大きく変化します。

3. 珈琲粉
お馴染みのあの茶色い粉です。
挽くことで、焙煎豆と比べて、表面積(per 1粒体積)が激増しているため、ガスの放出と酸化による劣化速度が上がります。
この状態での保存は24時間や1x時間などと言われますが、私見としては、挽いたらもはや保存は不可だと思った方がいいです(それくらい劣化が早い)。

ちなみに、私は挽いてから5分と空けずに抽出に入ります(余談: 30分空けた粉と飲み比べをしても面白いかも)。

C. 抽出
焙煎に次ぐ花形的工程。この工程だけで本1冊書けるくらい深い世界。沼。
焙煎で豆の個性を決定し、グラインドでその個性のどれを拾いやすくするかを選び、抽出工程でその個性を液体に移します。
色々な抽出方法があり、方法ごとに一長一短があります。ひとまずは、各方法ごとの一般的な特徴を抑えておきましょう。

https://shallwedrip.com/content/content_a.html

各抽出方法の各論は本稿の範囲を超えますので割愛。

4. 珈琲
説明不要のあの黒い液体です。
抽出後は珈琲内の成分が加水分解によって(酸化ではない!)どんどん味が変わっていくので30分以内に飲みましょう。
あえてゆっくり飲んでその味の変化を楽しむのもオツ。

どの工程の質をまず担保すべきか?

ようやく本題です。
上で挙げた全ての工程の品質が担保できれば、美味しい珈琲が飲めます。しかし、同時に全てに取り組むことは不可能なので、最初に取り組むべきことを提案します。

この文脈だと、おそらく取り組み難易度が低いことを理由に、ドリップ技術(つまり抽出工程)を磨くのが安牌とされているらしいですが、私は次の通り真逆の立場です。

「抽出のことは一旦忘れて、良質な珈琲粉を手に入れることに全力を注ぐべし」

何故か?理由は2つあります。

珈琲粉が味の源泉だから
先に概観した通り、最終的に抽出される珈琲のポテンシャルは、焙煎とグラインド工程(B2)の時点で決定されており、抽出工程はそのポテンシャルから(半)選択的に風味を液体に移す作業です。

そのため、珈琲粉のクオリティが低ければ、どんなに抽出技術が高くても、結果的に抽出される珈琲のクオリティも低いままです。つまり、珈琲粉の品質は、美味しい珈琲の大前提です。

逆に、珈琲粉の品質が良ければ、よっぽど抽出技術に問題がない限り、それなりに美味しい珈琲が入ります。(質の良い牛肉なら素人が適当に焼いてもそれなりに美味しいようなもの。そこから"洗練"を求め出すから大変になる。)

もっと言うなら、抽出技術によっぽど問題があったとしても、大した問題にもなりません。なぜなら、次に書くように、「良い珈琲粉を使うと抽出技術が早く伸びるから」です。そのよっぽどの問題もすぐに修正できるようになります。

抽出技術が早く伸びるから
理屈は至極単純です。抽出の良し悪しを判断するには、抽出された珈琲を飲み、味の良し悪しや他の抽出方法の場合との比較(e.g. フレンチプレスとペーパードリップの比較、ドリップ方法の微調整をした前後比較)を行いますが、これは抽出方法によって有意に珈琲の味が変化することが前提となります。

珈琲のアロマの元となるガス多くを含む珈琲粉は、抽出条件の違いに敏感に反応し、甘味・酸味・苦味のバランス、ロースト香の強さやアロマの構成、舌触りなどに多くの(時に全く別物と感じるほど)変化が出ます。つまり、この前提条件が満たされます。

逆に珈琲粉の質が悪いと先の条件は満たされるかどうかはかなり怪しくなります。

ガスの抜けきった(ということは相当に酸化劣化している)珈琲粉を使うと、抽出条件を変えても、ロースト香や舌触りの出方に変化は出るものの、舌の上では酸化から生じる酸味や苦味が常に支配的にあり、しかもアロマはほとんど感じられません。

非常に限定的な手がかりから抽出条件を評価する必要があり、無意味な苦戦を強いられます。また、限定的な要素から評価を行わざるを得ないため、ここで得られた評価と類似の結果が良質な珈琲粉を使った場合に成り立つか不安が残ります。ラグビーボールでサッカーの練習をするようなもので、本番環境とテスト環境の乖離が懸念されます。

具体的には何をするか?

ここまでで「抽出のことは一旦忘れて、良質な珈琲粉を手に入れることに全力を注ぐべし」という主張に概ね納得して頂いたと仮定して、そのために具体的に何をするかを書いて本稿を締めます。

焙煎の好みを除けば、

良質な珈琲粉 = 鮮度管理された焙煎豆 + 精度の高いグライド

ですので、そのような焙煎豆へのアクセスと、良質なミルの入手がキーになります。既述のように、珈琲粉として流通してるものを買う選択肢はありません。

鮮度管理された焙煎豆
焙煎豆を買う派の人は、ひとまず焙煎後2日以内の焙煎豆の入手を目指しましょう。欲を言えば、ぜひぜひ焙煎翌日と言いたいところです。が、それだと入手難易度の居住地への依存度が高い気がしますので、第一目標は2日でいいでしょう(この時点でスーパーに並んでる焙煎豆は選択肢から外れる)。

入手経路は、リアル店舗でもネットでも構いませんが、必ず焙煎日が分かる豆を買いましょう。リアル店舗であれば、店員さんに直接尋ねればいいです。ネットで買うのであれば、住所を伝えて焙煎日から数えて何日後に到着するのか事前に尋ねましょう。

鮮度管理とは少し外れますが、焙煎豆を買う場合は、1点注意事項があります。一般に焙煎豆として売ってる豆はハンドピックを経ていないものが多いので、焙煎された欠点豆が混入してることです。焙煎豆に対してハンドピックを行ってもいいですが、生豆のときより(よく入っている)虫食い豆などは見つけづらいです。

1つの解決策としては、エメラルドマウンテン、コロンビアスプレモなど、そもそも欠点豆の混入が少ない豆を買うことです。

一般傾向としては低価格の豆は欠点豆が多く(モカシダモで2割捨てた経験があります)、少しグレード上げるだけで一気に(機械で大雑把に欠点豆を弾いてくれたりするので)欠点豆が減ります。

もう1つの解決策は、ハンドピック済の豆を使っている店を利用することです。が、ハンドピックの精度はかなりブラックボックスです。一応、比較したことを謳うサイトもありますが、私は未検証ですので紹介するだけに留めます。

https://bebibi.com/coffee/1492/

ここは手間を取るか、コストを取るか、それか諦めて運に身を任せるか、自分の事情に合わせて決めてください。

生豆を買って自家焙煎する方法を取れば、焙煎豆の鮮度管理からほとんど解放されます。

生豆は湿度の高い場所に置かなければ劣化しないので、生豆をまとめ買いして好きなときに焙煎する方式で自由に焙煎豆が手に入ります(代わりに、焙煎技術が要求されますが)。なお、生豆のまとめ買いの方が焙煎豆に比べて圧倒的にコストは下がります。本稿の対象読者には、まず焙煎豆の入手から始めることをオススメしたいので、自家焙煎を前提とする話はここで辞めて次に進みます。

良質なミル
ミルへの性能面の要求は2つあります。

■グラインドサイズの微調整が(手軽に)できること
■設定したサイズと仕上がりサイズのブレが少ないこと

豆の品種、焙煎の深さ、焙煎豆の鮮度、抽出方法と抽出される珈琲の個性は、グラインドサイズと密接に関係します。

少し実践的な話をすると、焙煎豆を所与としたとき、抽出方法の評価は常にグラインドサイズとセットでします。美味しい珈琲を淹れるために、抽出後の珈琲から適切なフィードバックを得て、豆にかけたコストから妥当なリターンを得るためにもグラインドサイズの微調整ができることは必須です。

欲を言えば、サイズをワンタッチレベルに手軽に変更でき、それが数字など言語しやすい指標で管理できるものが良いです。また、設定サイズを調整できてもそのサイズからの乖離した粉があまり出ないものが良いです。

特に、狙いのサイズから小さい方に外れた微粉は過抽出の原因になり、意図しない苦味や渋味の原因になります。その意味で一度粉砕した豆を繰り返し粉砕してしまうプロペラ式のミルは最悪です。

という訳で、予算と設置場所が許すなら、家庭用の本格的なマシンミルをオススメします(ナイスカットミルGとか)。ミルは珈琲の質をインフラです。鮮度の良い焙煎豆が手に入る環境においてミルの性能は決定的です。迷ったら買ってください。

では、本稿のまとめです。

結論(再掲)
グラインドされた珈琲粉の品質が、その抽出物としての珈琲の品質を最も強く制約する。ゆえに、家庭で美味しい珈琲が飲みたければ、まずこの粉の品質を上げなければならない。そのためには、良質で鮮度の良い(焙煎)豆へのアクセスと、焙煎豆を挽く優秀なミルの2つを得る必要がある。

ぜひサポートをお願いします。 研究のための食材・書籍代、調理工程の合理化などに挑戦するための器具の購入費に充てさせてもらいます。