搬送先の病院、深夜

 午前3時の病院では、すぐ帰りたくても介護タクシーや普通のタクシーはつかまりません。

 夕方、父が暮らすホームから電話の着信があったのでかけると、父が突然血圧が低くなっているので、具合がよくない。いつも食べるのに食欲がないのは、それが原因かもしれないが良く分からない。本人はもうダメだ、と気弱なことを言っている。明日は医者に診て貰う。病院に行く必要があれば付き添いをお願いしたい。
「急に寒くなってきたせいでしょうか?」
「気候のせいもあるかもしれませんね。とにかく何も食べないので、栄養補助食品のゼリーを出すと食べました。」
付き添いの件を了解し、連絡のお礼を言って電話を切りました。80を超えているので、何が起きてもおかしくない。

 夕食後、風呂に入りました。その間に妹から着信がありました。
「何でホームの電話にでないのよ?お姉さんに何度かけても出ないって」
「ホームには電話かけたよ。」
「父の血圧がまた低車なって様子が心配だから、すぐ病院に連れていきたいから、付き添いをお願いしたいって」
明日は私も病院に行くから、今夜はお願いできるか?と言われて、大丈夫と答えました。
 すぐホームに連絡して、父が行く病院が決まったらタクシーで病院へ行きホームの職員と付き添いを変わりたい、と伝えました。ちょうど救急車がきたので、決まり次第連絡するのでお願いします、と電話が切れました。
 その電話で、用意していくものは何かあるか?と聞くと特にないとのこと。とりあえず、水筒とクリーム、手帳を手提げ袋に入れ、着替えて連絡待ちです。午後8時40分。9時、9時半。連絡はいつ?ホームに電話したいけど、決まったら向こうから連絡すると言っていた、焦らず待つのだ、と自分に言い聞かせます。とはいえ落ち着かない。もしもっと容体が悪くなったら?このまま入院したら?落ち着け私。ここで悪いことを考えてもそれは思い込みだ。思考の無駄だ。そこまで考えてあとは我慢です。疲れて眠くなってきたので、スマホを顔の横に置いて寝転んでいました。
そして、午後10時過ぎにようやくスマホが鳴った!
「病院に着きました。本人の血圧も少し上がり、救急隊員の人達とも話ができました。意識もしっかりしています。」
お礼を言い、すぐ駅のタクシー乗り場へ向かうと車は一台もいません。すぐタクシー会社に連絡して、乗り場へタクシーが来るようにお願いしました。自宅に呼ぶとその分代金が高くなるからよかったです。

 タクシーに乗り、病院の名前を言うと後は無言の車内。今どこらへんだろう?なんか違うことを考えたい。スーパー、川、立ち入り禁止のフェンス、ホテル。病院までまもなくです。

 病院に着いてどこへ行けばいいか受付で尋ねると、奥に行くように言われました。廊下の椅子に座っていたホームのケアマネージャーが私に気づくとすぐ立ち上がり、声をかけてきました。
「わざわざありがとうございます。お父さんは意識がしっかりしています。血圧も戻りました。ただ食欲がない原因が分からないので調べています。」
もう午後10時半を過ぎています。申し訳ないやらありがたいやら。
「遅くまで本当にありがとうございます。付き添いを変わります。」
父の容体が安定したと改めて聴くと、ほっとしましたが、診断次第では入院するかもしれないそうです。
その後、父を診てくれた先生のお話を聞きます。まだ若く、物腰が低く丁寧な方です。
「血圧はここまで上がれば安心です。でもレントゲンを撮ったら、金属の小さな破片のような物が見えました。これが食欲がない原因かもしれないので、これから調べます。」
「検査の結果、入院の必要があってもこの病院はもうベッドが空いていないので、別の病院に入ることになります。」
そして、何枚もある検査の同意書にサイン、サイン。
呼ばれるまで、廊下の椅子で待機です。暖房が効いていて、寒くないので助かりました。コートを膝掛けにして水筒の白湯を飲み一息ついてぼうっとします。

 検査はどのくらいかかるのだろうか。感じのいい先生だから、入院するならこの病院がよかったなあ、など、思いました。私以外に2〜3人他の人達が、椅子に座って家族を待っていました。だんだんお腹が空いてきたので、自販機で菓子パンを買って食べます。カップ麺がよかったけど、お湯がない。イートスペースをみたけど、あるのはテーブルと椅子だけでした。

 午前2時過ぎ頃、ようやく父の検査が終わり呼ばれました。金属片に見えたのは、多分昔の胃の手術の後が石灰化したもの、危険がないと分かったので、ホームに帰ってもいいと言われました。父はずっと搬送用の簡易ベッドで横になっています。「済まない。面倒かけた。」と何度も言うので、そういうことは言わない、と宥めました。年寄りが具合が悪くなるのは仕方ない。父は私が見てるけど、私が具合が悪くなったら誰がみてくれるのかな、と思いました。痩せた父のズボンがぶかぶかでずり落ちそうなのが気になります。

 お医者さんと看護師さんにお礼を言い、病院の入り口まで父を車椅子に乗せて移動しました。会計をお願いすると、なかなか呼ばれません。待つ間看護師さんに、タクシー会社を知ってますか?と聞かれて知らないと答えるといろいろなタクシー会社のリストを渡してくれました。電話をかける前に一応口コミを検索してみて、評判のよさそうなところにかけると出ない。次にかけたところは少し不機嫌そうな女の人が出ました。場所を聞かれて、病院と答えるとドライバーに連絡してみる、またかけ直すと電話が切れました。数分待ってから電話に出るとドライバーと連絡が取れない、と済まなそうに言われました。

 看護師さんに介護タクシーは諦めて普通のタクシーを呼ぶと伝えると、病院にタクシー専用の電話があるので使うように進められました。すぐ電話が繋がりほっとすると、
「タクシー乗り場に車が来ていませんか?」
「いません。」
「そちら方面に今タクシーがいないので、病院担当のタクシーに連絡してみます。」
心配そうな看護師さんにタクシー会社が折り返し連絡すると伝えました。しかし結局またドライバーと連絡がつかず、決まった時間になってもタクシーが来なかったら、こちらから電話することにしました。個人タクシーも来るので、もし先に来たらそれに乗ることにします。眠いし、疲れたけど、外でタクシーを待つことにしました。他の人にタクシーを取られたら何時に帰れるかわかりません。父は割合と意識がハッキリして、車椅子に座って静かに待っていました。
 ラッキーにも15分くらいすると、個人タクシーが停車場に来ました。すぐ駆け寄ると
「タクシーを呼んでませんか?」
「呼んでません!」
即答して、看護師さんにお礼を言い父を車椅子でタクシーまで運びます。中に入れるように支えると自分で座れました。ホームに着くまでまた無言。道路を走る車はまばらです。 
 ようやくホームに着き、待機していた職員さんに父をお願いして、タクシーの支払いをします。病院で言われたことを伝え、父が部屋へ戻るお願いをしました。車椅子に座った父に又済まない、面倒かけた、と言われました。また宥めて軽く握手して別れます。
 
 さて帰らねば、でもバスも電車もまだ動いていません。タクシー会社に又電話をかけたくない。じっと座って待つのは病院でうんざりです。歩いて駅まで行き、近くの空いている店で始発を待つことにしました。
 ホームの人に、行くんですか?と少し心配そうに言われましたが、病院でずっと待っていたから動きたい、と答えて出ました。ホーム横の坂を降りて駅まで歩きます。昼間は歩いているから慣れている道だけど、暗い。大通りにでて空いている店はすき家だけ。駅までまだ少しあるから、もう少し近くの店がいいと、通り過ぎます。
 スマホで調べると、今の時間帯空いてる店はすき家だけ。駅前の店は全部閉まっています。電車を準備する駅員が見える。まだ始発まで30分くらいある。仕方なく、もう一つ先の駅まで歩きます。スニーカーを履いてないので、足裏に響く。底がすり減るなあ。もう何も考えたくない。ファミレスもスーパーも閉まってる。ここら辺で休みたいけど、ビルばかり。マンションのロビーに座っている人を見かけたけど、休んでいたのかしら。でも駅までまだある。
 少し明るくなってきて、二つ先の駅に着きました。目の前にすき家。なにか食べようかな、と思ったら
ぱるるるる〜。電車が動く音が聞こえました。すぐ、駅のエスカレーターで登り、ホームへおりました。少し待つと電車が来ました。お客が少ない。
 一つ先の駅で降りて、部屋に着きました。お腹は空いている筈なのに、胸焼けがする。でも食べた方が眠れる。食パンを少し食べて豆乳を飲んでから、横になりました。疲れすぎて、寝付けないまま布団の中で休みました。

 午後、ホームから父の血圧が正常に戻ったこと、脱水症状が起きて食欲がなくなったようだ、と連絡がありました。あまり食べないので、もっと食べてほしい。
今度差し入れをします、と答えました。
 
 その後差し入れはお菓子をやめて、体に少しでもいいものを、お惣菜や焼き芋に変えました。父は喜んで食べています。

#介護 #夜中 #エッセイ



 


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