Kate 第2話 「光焔纏いし蒼穹の英雄 〜希望を紡ぐ運命の軌跡〜」6
眠れる力の予兆
融合した新世界の誕生から3ヶ月が経過していた。ケイトは、この新たな現実を安定させるため、フェンリルと共に世界各地を巡る旅を続けていた。彼女の力は日に日に成長しているように感じられたが、同時に、まだ把握しきれない何かが彼女の内側で蠢いているような違和感も感じていた。
朝焼けの中、ケイトとフェンリルは次の目的地である北方の山脈に向かって歩を進めていた。街の風景は、彼らが歩むごとに刻々と変化していく。現代的な高層ビルの隣にアルカディアの幻想的な尖塔が並び、空では飛行機とペガサスが同じ空路を共有している。道路では、最新型の電気自動車と魔法の絨毯が交通渋滞に巻き込まれていた。
「本当に不思議な世界になったわね」フェンリルが感慨深げに周りを見回した。その瞳には好奇心と懐かしさが混ざっていた。
ケイトは微笑んだ。「ええ。でも、まだ完全には安定していないわ。魔法と科学の融合が予期せぬ問題を引き起こしているの」
彼女は空を見上げた。遠くの方で、雷を纏った巨大な竜が暴れているのが見える。その周りを、対竜用の特殊装備を身につけた戦闘機が旋回していた。
「だからこそ、私たちの役目があるのよ」ケイトは決意を込めて言った。
フェンリルは頷いた。「そうね。でも、ケイト、無理はしないでね。最近、あなた少し疲れているように見えるわ」
ケイトは軽く首を振った。「大丈夫よ。むしろ、体の中にどんどんエネルギーが溜まっていくような感じがするの」
その時、突然ケイトの体に激しい痛みが走った。
「うっ...!」
彼女は膝をつき、苦しそうに胸を押さえた。体の中で何かが暴れているような、そんな感覚だった。
「ケイト!?大丈夫?」フェンリルが慌てて駆け寄る。その声には、明らかな動揺が混じっていた。
痛みは数秒で収まったが、ケイトの頭の中に奇妙な映像が浮かんでいた。複雑な幾何学模様、解読不能な古代の文字、そして...コードのような一連の数字と文字。それらは彼女の意識の中で渦を巻き、何かメッセージを伝えようとしているかのようだった。
「私...大丈夫」ケイトは立ち上がりながら言った。しかし、その声には確信が持てないでいた。「ただ、変な感じがしたの」
フェンリルは心配そうに尋ねた。「どんな感じ?前にもこんなことがあった?」
ケイトは躊躇いながら答えた。「言葉で説明するのは難しいわ。でも...何か大きなものが、私の中で目覚めようとしているような...そして、それは今までに感じたことのないほど強力で...危険なものかもしれない」
その言葉を聞いて、フェンリルの表情が変わった。彼の目に、恐れと期待が交錯する。
「もしかして...」フェンリルは慎重に言葉を選びながら続けた。「"コード・エコー"かもしれない」
「コード・エコー?」ケイトは首を傾げた。その言葉に聞き覚えはなかったが、何故か心の奥底で強く反応するのを感じた。「それって何?」
フェンリルは周りを見回し、声を潜めて説明を始めた。「伝承者の中に眠る、究極の力だと言われているわ。世界の根源的なコードを操る能力...でも、ほとんど伝説みたいなものよ」
彼は息を吐き、続けた。「古い言い伝えによると、世界そのものが一種のプログラムで、その根源的なコードを操れる者がいるという。そしてその力が"コード・エコー"と呼ばれているの」
ケイトは自分の手を見つめた。掌には微かに光る線が浮かび上がっている。まるで回路のようだ。「私の中に...そんな力が?」
フェンリルは頷いた。「もしそうなら、あなたはまだまだ成長の余地があるってことよ。世界の根源に触れ、現実そのものを書き換える力...」
彼は一瞬言葉を詰まらせ、真剣な眼差しでケイトを見つめた。「でも...」
「でも?」ケイトは息を呑んだ。
「その力は諸刃の剣。使い方を誤れば、世界そのものを破壊しかねない。歴史上、コード・エコーの力に目覚めた伝承者は何人かいたけど、その多くが力に飲み込まれ、世界に大きな災厄をもたらしたと言われているの」
ケイトは深く息を吐いた。彼女の中で、期待と不安が交錯する。「わかったわ。慎重に対処しないと」
フェンリルは励ますように言った。「大丈夫よ。あなたなら、きっと正しく使えるはず。だって、あなたは世界を一つにした伝承者なんだから」
ケイトは決意を新たにした。「ありがとう、フェンリル。さあ、行きましょう。私たちにはやるべきことがあるわ」
二人は再び歩き出した。しかし、ケイトの心の中には新たな不安と期待が芽生えていた。自分の中に眠る未知の力...それは彼女をどこへ導くのだろうか。そして、その力は本当に制御できるのだろうか。
彼らが山脈に向かう道すがら、ケイトの体は時折微かに光を放った。それは、彼女の中で何かが変化し始めている証だった。
途中、彼らは小さな村を通り過ぎた。そこでは、魔法使いとエンジニアが協力して、ハイブリッドな灌漑システムを作り上げていた。魔法の水源と最新のポンプ技術を組み合わせたそのシステムは、乾燥地帯に豊かな緑をもたらしていた。
「見て、ケイト」フェンリルが目を輝かせて言った。「これこそ、新しい世界の姿ね」
ケイトは笑顔で頷いたが、その瞳には複雑な感情が宿っていた。彼女は自分の力が、このバランスを崩す可能性があることを感じていた。
夜になり、二人は野営の準備を始めた。焚き火を囲みながら、フェンリルが尋ねた。
「ねえ、ケイト。コード・エコーのことで、何か気になることは?」
ケイトは火を見つめながら答えた。「たくさんあるわ。でも一番は...私がその力を正しく使えるかってこと」
フェンリルは優しく微笑んだ。「信じているわ、ケイト。あなたならきっと...」
その時、突然空が裂けるような轟音が響いた。二人が驚いて立ち上がると、目の前の空間が歪み始めていた。
「これは...!」フェンリルが叫んだ。
亀裂から、得体の知れない存在が這い出してくる。それは人型をしているようでいて、その姿は常に変化し、現実そのものを歪ませているようだった。
「見つけたぞ、新たなる伝承者よ」
その声は、ケイトの骨の髄まで響き渡った。
ケイトは身構えた。「あなたは...誰?」
存在は歪んだ笑みを浮かべた。「我々は、お前の力を求めている。コード・エコー...その力で、我々は新たな世界を作り上げるのだ」
フェンリルがケイトの前に立ちはだかる。「ダメよ!ケイトの力は、あなたたちのものじゃない!」
存在は、まるで蜃気楼のように揺らめきながら近づいてきた。「選べ、伝承者よ。我々と共に新世界を創るか、それとも...」
ケイトの中で、何かが反応した。彼女の体から、まばゆい光が放たれる。
「私は...!」
彼女の叫びと共に、光が周囲を包み込んだ。
その瞬間、ケイトの意識は急速に拡大していった。世界の根源的なコードが、彼女の目の前に広がる。そして彼女は理解した。自分の選択が、世界の運命を左右することを。
コード・エコー。その力の正体と、それがもたらす運命は、まだ誰にもわからない。
ケイトとフェンリルの新たな冒険は、予想もしなかった方向へと動き出した。彼らの前には、未知の力と、それに伴う計り知れない危険が待ち受けている。そして、その先にある世界の真実とは...。
光が収まったとき、そこにはもはや元の風景はなかった。
新たな世界の姿が、ゆっくりと形作られていく。
ケイトの選択が、全ての始まりとなった。