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Kate第5話-6 世界樹の影で輝く希望、破壊の力の克服

アルカディア深部への旅路がいよいよ目前に迫っていた。
フレイヤの神殿の地下では、異世界へ通じる巨大な転送装置が輝き、古代の神秘と現代の技術が交錯していた。装置から放たれる蒼白い光が、忙しなく動き回っているプログラムを表し、神殿全体に冷たい緊張感が漂っていた。今回の遠征は単なる冒険ではない。そこには計り知れない覚悟と使命が込められているのだ。

その頃、ケイトは自室で荷物をまとめていた。母との再会が目前に迫るという思いが、期待と不安の入り混じる波となって彼女の心を揺さぶっていた。「母が生きている」——その事実がどれほど時間をかけても現実感を伴わず、喜びと戸惑いが交錯する複雑な感情が胸を締め付けていた。

「準備は順調かしら?」

柔らかな声が背後から響き、ケイトは振り返った。親友であり頼れる仲間であるフェンリルが立っていた。しなやかで鋭い眼差しに、彼女の覚悟と優しさが宿っている。ケイトを支え続けてきた彼女の存在に、ケイトの胸にはほっとする温かさが広がった。

「ええ、一応ね」ケイトは微笑んでみせた。「でも、まだどこか現実味がないの。本当に母が生きていて、しかもアルカディアにいるなんて…信じられない」

フェンリルはそっとケイトの肩に手を置き、その手の温もりが彼女の胸の内に静かな安心感をもたらした。「大丈夫。私たちが一緒にいるわ。何があっても、あなたを守る」

ケイトは深く感謝の念を抱き、心から「ありがとう」と呟いた。その時、廊下から重々しい足音が聞こえてきた。二人が振り返ると、転送装置の調整を終えたマーカスが立っていた。

「転送装置の最終チェックが完了したよ」彼は報告し、どこか険しい表情を浮かべていた。「あとは、システムの同期を待つだけだ」

「良かった…」ケイトは安堵の息をついたが、マーカスの表情には何か言いたげな影が見えた。彼は一瞬、言葉を飲み込み、深い沈黙の中で視線を逸らした。その様子にフェンリルはわずかな違和感を覚えたが、深く追及はしなかった。

同じ頃、神殿の別室では、オーディンが光のように実体の無い姿を現していた。

「フレイヤ、話がある」

オーディンの低く静かな声が部屋の空気を引き締めた。フレイヤは慎重に頷き、周囲を見渡してから声を潜めた。「実は私も話したいことがあるの。最近、妙に気になることが増えているわ」

「私もだ。この一連の出来事が、どうも出来過ぎている気がしてならない」オーディンの声には重々しい疑念が宿っていた。「まるで、誰かが裏で操っているかのような…」

その言葉にフレイヤの胸に暗い予感が広がった。ケイトの力の覚醒、ニーズヘッグとの接触、そして今回のアルカディア行き——すべてがあまりに都合よく結びつきすぎている。

「そうね。まるで誰かが計画的にこの流れを作り上げたかのように感じるわ」

フレイヤの視線は窓の外へと向けられ、そこには満月が静かに輝いていた。その冷ややかな光が彼女の心の中に眠る不安を引き出していた。「特に気になるのは、情報の漏洩よ」

「情報の漏洩?」オーディンの独眼が鋭く光り、フレイヤの言葉を探るように問いかけた。

フレイヤは慎重に言葉を選びながら続けた。「ケイトの訓練内容や力の進展具合が、どうも外部に筒抜けになっている感じがするの。誰かが内部から情報を流している可能性が高いわ」

オーディンは黙って頷き、その瞳には危機感が宿っていた。「つまり、私たちの中にスパイがいるということか」

「ええ。おそらく、ヴァルハラ・インダストリーが絡んでいるかもしれないわ」フレイヤはさらに慎重に言葉を紡いだ。「最近、マーカスの行動が少し怪しいの。深夜に暗号化された通信を何度か送っているのを見かけたわ」

オーディンの目が鋭く細められた。「それが彼に気付かれているとは思わないか?」

「大丈夫、監視は慎重に行っているから」フレイヤは冷ややかな微笑を浮かべたが、その目には冷静な警戒が宿っていた。「でも、今のところはケイトには知らせないほうがいいわ。今の彼女には、さらなる不安を抱かせたくない」

「同意する。今の彼女は精神的に脆い部分がある。母と再会するための覚悟を持たせてやらなければ」

二人はしばし沈黙に包まれた。外では、満月が雲に隠れ、世界が暗闇に覆われていくようだった。

「転送装置の周辺には警戒を強化しよう。内部にも注意を払っておく必要がある」オーディンは冷静な声で言った。

「既に準備しているわ」フレイヤは毅然と頷き、彼の視線に答えた。「どうか信じて」

オーディンは再び頷き、彼女に視線を戻した。「サラとの再会も、平穏にはいかないかもしれない」

フレイヤは視線を伏せ、口を引き結んだ。「母娘の再会を阻もうとする影があるなら…私たちは決して油断できないわ」

その時、軽やかな足音が廊下から響き、二人は素早く会話を打ち切った。ノックの後、ドアが静かに開き、ロキが現れた。彼の唇には仄かな笑みが浮かび、その笑顔はどこか見透かすような印象を醸し出していた。

「準備が整いましたよ、お二人さん」ロキの声はどこか楽しげで、さりげない仕草のひとつひとつに、他人の意図を見抜こうとするかのような鋭さが含まれていた。視線を交わすと、その奥には何かを隠しているような、微妙な輝きが宿っている。

フレイヤは表情を変えず、冷静に頷いた。「わかったわ」

ロキが去ると、オーディンが低い声で忠告を残した。「気を付けろ。影はすぐ近くに潜んでいる」

フレイヤは小さく頷き、その言葉を胸に刻み込んだ。いったい誰が真の味方で、誰が敵なのか。答えの見えない不安が彼女の心の奥底に深く沈んでいった。

数時間後、転送室にて。

「準備はいいかしら、ケイト?」
フレイヤは転送装置の前に立つケイトに問いかけた。彼女の視線には鋭い決意が宿り、ケイトの表情を真剣に見つめていた。

「うん、準備できてる」ケイトは毅然と頷き、彼女の胸には再会への期待と緊張が入り混じっていた。

彼女の周囲には、フェンリル、マーカス、そしてロキも集まっていた。彼らは親しい仲間であり、同志であったが、今はその中にわずかな疑いが潜んでいた。ロキは特に、どこか涼しげな微笑を浮かべて彼らを観察し、わずかに鋭い視線を時折送り込んでいる。

フレイヤは彼ら一人ひとりを見つめ、内心で祈りを捧げた。「お願い…どうか私の勘が外れていますように」

「では、転送を開始する」
マーカスが転送装置のスイッチに手をかけた。その指先には一瞬の緊張が走ったが、彼は冷静さを装ってスイッチを押し込んだ。転送装置が再び蒼白い光を放ち、部屋全体が光に包まれると、次元の壁が揺れ動く感覚が周囲を包んだ。

フレイヤとオーディンは一瞬、目で合図を交わした。彼らはこれからの旅が、予想をはるかに超える危険と試練に満ちていることを感じていた。それは、表向きの敵と戦うだけでなく、潜んだ裏切り者とも戦う覚悟を強いられるものだった。

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