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FIREから3年 自由な暮らしと周囲との距離

FIREして働かなくなってから3年目


世の中多くの人とは違う時間の過ごし方をしてるな、とつくづく感じる


なんというか、ずっと身近にいた人たちと時間軸が違いすぎて、ある意味孤立してしまっている


この孤立を孤独と感じるか、孤独と感じないかは人それぞれだと思うけど、働く事をやめて、働かず毎日ただただ自由に暮らしている自分は今となっては普通に働いている人とは違う世界に住んでいるように思う


普通に毎日働くと言う感覚はだいぶ薄れてしまった


そうなると、あんなに当たり前だった仕事に行く日の朝の面倒くささ、仕事のストレス、金曜日の嬉しさ、日曜日の憂鬱さ



そういう当たり前だった感情が自分の中ではもう日常ではなくなり、どれだけどんな風に嫌だったか実はもうよく覚えていない


そうなると、自分の周りの多くの人が当たり前に感じている事が自分にとって全然当たり前じゃなくて、そもそもの価値観というか、世界の見え方が違ってしまっているからなのか、身近な人と気軽に共有や共感ができなくなってしまったような気がする


でもこの状態は必然的に起きてしまっている事で、やっぱり働いていない自分と働き続ける事が当たり前と思っている身近な人とズレてしまうのはしょうがない事だなと思う



自分の最近の毎日は、朝起きてから夜寝るまで何にも縛られていない


何かのために自分の時間を削ることもないし、嫌な人と関わることも一切ない



考えることといえば、今日はあれを作ってみようかなとか、今日はあそこに行ってみようかなとか、今度あの場所に旅行したいなとか、自分がしたいなと思う事だけほぼ考えている


こうなると、今誰かに会って何かを話したところで、働いていない自分って意味不明な存在と思われる事が多そうで、変わり者とか、あとはやっぱり少し妬まれたりもするのかなと思うと、なんだか積極的に人に会いたいなと思う気持ちが減ってしまった



FIREというのは、お金が絡んでくる話だから、身近な人だとしても、具体的な話はとてもしにくい


働かずして余裕で暮らしているよーなんて言おうものなら、ものすごく資産があると思われてしまう


自分の場合は、ものすごい資産はなく、そこそこな資産で生活レベルがかなり抑えられているから今の生活が成り立っているけど、それを説明するのはかなり難しいし、おそらくそこそこな資産と言っても世間一般的に見ればやっぱり多い方ではないかなとも思う

お金の事は親兄弟にも話していない


資産があるということを人に言うのは、自分としてはマイナスな材料としか思えない


あとはまだまだ投資は危険と思っている人も多いだろうし、運用だけで生きるなんて考えた事がない人もいると思う



別に今の生き方を理解してもらいたいとかそういう気持ちは全然ないけど、多くの人がやっていない方を選択すると、自然にこうやってちょっと孤立するんだろうなと思う



こういうもや~とした考えって言葉にするのは難しくて、なんだか自分もよくわからない感じはあるけど、なんとなーく最近感じた事

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