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助産師ではないわたしがお産について考えた夜

とてもワクワクする会議だった。
日田で出会った仲間4人での会議。
4人に共通していることは「お産」。

第二子は、春日助産院の信友智子先生に取り上げてもらった。
そこから人生が変わり始めた。
と言っても過言ではない。

ドキュメンタリー映画「産婆」の反省会

先日、信友智子先生のドキュメンタリー映画「産婆」の上映会を日田で行った。
昨夜はその時の反省会という名目で集合した。

イベントのフライヤー

産婆。今はあまり使われない言葉だが、一昔前までは当たり前に使われていた「助産師」さんのこと。
開業助産院は絶滅危惧種と言われているそうだ。助産院の中でも、産前産後フォローや母乳マッサージではなく、「お産」をしている助産院はわずか。

第二子を出産するまでは、まさか自分が助産院にお世話になるなんて思いもしなかった。自宅で出産するなんていう選択肢があることすら知らなかった。

でも今は、自宅で産まれた娘を誇りに思うし、20年後、娘にも、産婆さんに取り上げてもらうという選択肢を残したい。(さとこ先生は80歳になってしまう。)

もともと、自宅での出産を決めたいちばんの理由は、上の子にお産を見せたかったから。
でも、産んでみて、違った。
上の子を病院で出産した時と全然違うお産を経験した。
それは、場所が家だから。とか、そういうのではなく、お産に対する自分自身の向き合い方が違った。

上の子を産むとき、頭の中で「誰か助けて〜!!」と叫んでいた。

今思うと、産むのは自分なのに、人まかせにしていたようなところがあった気がする。

そしてとても痛かった。
産まれてきて、まず発した言葉をよく覚えている。
「もう二度と産まない。」
子どもを3人産んでいる姉のことを思い出し、なぜ3人も産んだのだろうか。全く理解できない思いだった。

ところが、第二子を産んだ直後は、「次産む時は○○な体勢で産みたい〜」と言った自分がいた。次のお産のことはなしている自分に驚いた。

2人のお産で大きく違ったポイントは自分自身が主体的に向き合えたかだと思う。

自宅で出産するにあたって、
食事や冷えなどに対する自己管理。
上の子に見せたい!という強い思い。
どんなお産にしたいか、周りのことよりも自分の気持ちを優先させてもらった。

陣痛中は、
お風呂に入りたい。
カレーが食べたい。
自分の意思でやりたいように過ごした。

産むときは、
体制を変えたい。
自分の意思でからだを動かした。

陣痛中やお産中のはなしなので、ちょっと大袈裟かもしれないけど、自分で考えて自分で決められた。
主体的なお産だったと思う。

主体的なお産を経験したあとの産後8ヶ月間。
生き方まで主体的になっているような気がする。主体的というか意欲的というか。欲張りというか。。。

もともとの性格もあるかもしれないけど、自宅で出産したお母さんたちって、自分の気持ちや感覚を大切にしている方が多いと思う。


出産は病気ではない。
だから、健康的な妊婦さんが助産院を選択するのは有りだと思う。

健康的な妊婦さんが助産院へ行けば、病院へ行く人の数が減って、医療の力を必要とする妊婦さんがもっと丁寧な診療を受けられるようになるかも。

自分の力で産みたいお母さんが増えたら、食事を見直す人増えて、人も地球も健康になるかも。

辛いお産から育児がスタートするよりも、幸せなお産から育児がスタートした方がもっともっと愛情いっぱいに子どもと向き合えるようになるかも。

その愛情は自分の子どもだけじゃ足りないくらいに溢れちゃって、子どもがもっと大好きな
子どもにもっと優しい日本になっちゃうかも。

そしたら、「わたしたちの子どもたち」になって、孤独な子育て絶滅するかも。

自分で考えて自分で決めることに心地よさを覚えたら、学校も変わっていくかも。

お産って、いろーーーーんな社会問題の根っこのところにあるんだな。

助産院や病院にもよるとは思うけど、
妊婦検診て、何時間も待って、診察時間はめちゃ一瞬。というのが常識だった。

助産院の妊婦検診は、2時間まるっとお話を聞いてくれたり、冷えてたら温めてくれたり、一緒にヨガをしたり、同じお金と時間使うなら助産院がよかった。

助産院は悪くない。むしろあり。
むしろめっちゃいい。

ひとりでも多くの女性に助産院という選択肢を知ってもらい、産婆さんを求める声を地道に増やしていくことが、

私たちにできることだよね。

という反省会となりました✨

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