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「マスク。」ショートストーリー

お店の休憩室、3人も一緒だなんて結構珍しい。かわるがわる休憩して、せいぜい2人がよいところだ。うちのお店の休憩室は、そんなに広くない。5人もいたらぎゅうぎゅうだ。今だから、3人でも許される。

世界中で流行り病が猛威をふるった数年は、みんながその病を恐れていた。致死率がとんでもなく高いのだ。あらゆる国の公的機関から、小さな民間の研究所が予防薬や治療薬の開発に手を尽くした。その結果、流行り病に罹るものはいなくなった。もちろん、学者の中には、致死率の高いから病自体が自滅したのだというものも多くいたのだが、大げさに言えば人類の滅亡の危機は去ったのは間違いないのとみんなが思った。私もだ。

そのたった数年の間に、人々の習慣というものが変化していった。会話は最小限に、どうしても話さなければいけないときは小さな声で。外出するは最小限に、不要不急の範囲で。そして、必ず国が認めたマスクをすること。そのマスクがどういうものなのかは、国家の機密だったらしいけど。

とにかく、今はその流行り病の恐れはなくなったので、以前のように大声で賑やかに話しても、マスクをしなくてもだれも咎めたりしない。

「ねえ、ハワイに旅行したんだって。いいわね。羨ましい。」

「あなただって、沖縄いったばかりでしょう。」

「みんな、旅行するのですね。あっ、お土産ありがとうございます。」

私たち3人は、ひそひそと会話する。あの数年の間に、会話する際にひそひそと話してしまうという習慣が身についてしまったのである。そして、3人のうち、学生のバイトの女の子はお手製の可愛らしいマスクをしている。その彼女は、外では必ずマスクをしているという。さすがに、食事の時ははずしているものの、食事が終わったらすぐにマスクをしているので、思わずに聞いてしまった。

「ねえ、マスクしていて息苦しくないの。」

「息苦しくないように、色々と工夫して自分でマスクつくってみたんです。」

「可愛いマスクよね。国の特別マスクの時は機能重視で、見た目なんて二の次だったものね。」

「花粉症とかあるの?せっかく可愛らしい顔しているのに、マスクしてたら、もったいないわね。」

「花粉症対策とかじゃないんです。顔をさらさなくていいから、マスクしています。」

「それって、どういうこと?」

彼女は、すごい美人というわけではなかったが、顔について悩むような顔立ちでもないし、ちゃんとメイクもしているのにと思う。

「あの流行り病の時、みんながマスクは嫌だとか窮屈だとか言ってましたけど。あの。うまく言えないんですけど。私は人見知りのせいなのか、マスクをしているほうが安心できたんです。だから、今でもマスク手放せないんです。」

流行り病がおさまっても若い人の半分ぐらいがマスクをしていると、ニュースでも取り上げていた。

うちの娘も、マスクを外せない。アクセサリーのように、たくさんの可愛いマスクを持っている。そして、食事以外に娘の顔を見たことがない。確か、マスクって仮面という意味もあったわね。と彼女のひそひそとした声を聞いていた。


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