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「みさきさんとドライブ。」/ショートストーリー(再掲)


「サービスエリアで、ゆっくりできましたか?」と僕がたずねるとみさきさんは、いつものように笑顔で答えた。

「もう、ゆっくりしすぎよ。さあ、行きましょう。」と言って、みさきさんはドアをあけると優雅に腰を下ろした。

「こんなおばあちゃんとドライブなんて、申し訳ないわね。」
「たくさん、お小遣いいただいていますから。おきになさらずに。運転するのも趣味の一つです。」
みさきさんはにっこりして、僕の方を向いた。
「運転が上手だから、安心だわ。色々な話しもしてくれるし、目的地まで、飽きないわ。」
「僕も、こんなに楽なお小遣い稼ぎはないと、羨ましがられていますよ。」
「あら、言ったのは、和ちゃん?」

和ちゃんとは、みさきさんのご主人である。
「当たり。お小遣いは、おじさんからもらっているし、みさきさんからは、サービスエリアで買ったおやつしかもらった覚えがありませんけど。」
みさきさんは、バックからみかんを取り出すと。
「はい。私からの高級なお小遣い。」と言って、口を大きくあけて笑い出した。

みさきさんと僕はいつもこうやって、楽しくドライブしている。
みさきさんは、会話で相手を飽きさせないという特技を持っているから、長い時間一緒でも全然疲れない。かえって、僕の方が気遣ってもらっている感じだ。

「あれは、漁火かしら。きれいね。」
「僕は、運転しているのですから、そちらは見られませんよ。」
僕の答えが聞こえなかったのかもしれない。
「これから行くところも、この上なく美しいところなのよ。」
と独り言のようにつぶやいた。

1時間ぐらいたったころ、みさきさんはあくびしなから肩を交互にあげたりさげたりし始めた。
その様子を見て、僕はみさきさんに提案した。
「そろそろ、サービスエリアにはいります。安全運転しなくていけませんからね。おじさんからきつく言われています。」
みさきさんは、ちょっと不満そうな表情をしたのだが、うなずいた。
「さあ、着きましたよ。降りて、休憩してください。僕も、みかんをいただきますから。」
「あっ、そうね。みかんがあったわね。」

そう言うと、みさきさんは冷蔵庫のドアを閉めて椅子から優雅に立ち上がり、みかんが入っているバックを手にすると、寝室のドアを開けて入っていった。

みさきさんの後ろ姿を見ながら、僕は大きな伸びをして改めて時計を確認した。
22時だった。このまま、みさきさんが朝までゆっくりと眠り、次の「ドライブ」が楽しめたらいいなと思った。翌日の早朝5時には、みさきさんの生活補助をする女性スタッフがくる。それまでが僕の勤務時間だ。

僕は甥でも何でもない赤の他人で、自宅の警護も兼ねているがみさきさんの「ドライブ」の運転手がメインの仕事だ。

会社の書類を見たら、みさきさんは15年前ぐらいから夜に冷蔵庫のドアを開け、置いた椅子に座り、「ドライブ」を始めたようだ。最初は和ちゃんこと配偶者であるご主人も驚いて、病院で診てもらったがどんなに検査しても異常はなかったし、「ドライブ」以外はごくごく普通に生活できたので、ご主人はみさきさんの「ドライブ」に付き合うことにしたそうだ。そう、最初はご主人が「ドライブ」の運転手だった。そのご主人は亡くなる前にすべての手続きやら手配をしたおかげで、僕はこうしてみさきさんと「ドライブ」することになったわけである。

みさきさんは、なぜ冷蔵庫のドアを開けて「ドライブ」するのだろうと最初の頃は考えたりしたこともあったけど、みさきさんとの「ドライブ」が楽しくて1年過ぎたころにはどうでもよくなった。ただ、みさきさんが冷蔵庫のほのかなあかりに、どんな景色をみているのだろうかと思ったりすることはあった。誰もわからないのだろうと思うけど。

みさきさんは今年81歳だ。いつまで「ドライブ」できるか、わからないし、僕だって若いとは言えないので、いつまでも運転手は続けられないだろう。

みさきさんが「ドライブ」をずっと続けられたら良いのか、それともみさきさんが、この上なく美しいという目的地に着いたほうのどちらが良いのかなと思うこの頃である。



2021年9月10日に投稿した作品。
こういう作品を書いていこうと思った最初のショートストーリーです。
たくさんの人に読んでいただけたら嬉しい、いとうです。
2022年はありがとうございました。
2023年はもう少し、ショートストーリーの投稿を多くしていきたい。

皆様に祝福を❣️



 

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