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恋愛しない女

漆野密子を愛した男は、一人だけ? いる。
「好きです。付き合ってください」
「ごめんなさい」
と、漫画なら1コマで終わってしまうような告白シーンだった。

そして、
その1コマ漫画から数年後、密子は男に遭遇。再会? する。
男は密子を見つめ、泣いていた。
そして、密子の口が少しだけ動き、右手が上がった時、男はいきなり自転車を漕ぎだした。そして、電柱に激突した。
「なんだ、あいつ、ばかじゃねぇか」
と、密子と一緒にいた密子より7歳上の男が笑った。
密子は、その7歳上の男を愛してはいなかった。
だけど、自爆し、道路に転がった、あの同級生だった男の子のぶざまな姿を見て、涙が出るくらい胸が痛んだ。
それは、漫画で言えば、見開き1ページくらいにはなるのだろうか。

ここまで人生生きてきて、密子を心から愛してくれた男は、あの中学校の2階の階段踊り場で、密子に愛の告白をしてくれた、あの男だけだった。
どんなに勇気がいったことだろう。
多数のその男のファンたちにはやされて、その男は恥ずかしそうにしていた。
モテモテの男が、密子に告白するなんて、あの女たちからしたら、嫉妬の塊でしかなかっただろうに、とてもとてもいい人ぶって、その男を応援する振りをして、その男の背中を押し、密子を睨んでいた。

「好きです。付き合ってください」
「ごめんなさい」
即答だった。
密子は、女たちのいじめの餌食になるような面倒くさい人生は選びたくなかった。
そして、目の前の男のことも、特に好きではなかった。
それだけの話。後悔など、一つもしてない。

だけど、同窓会に行くたびに、じじいになった同級生の男たちに、
「おまえ、ばかだな。あいつ、イケメンなのによ」
「おまえ、本当にアホだよな。あいつ、振るなんて信じらんないよ」
など、密子は毎回、バカ扱いされ続けた。
ますます、あの中学校の2階の踊り場で、密子に告白してきた男のことなど、しらけた気持ちでしか見られなくなった。

それに、密子は、そのモテモテの男にモテることで、ある迷惑をこうむっていた。
それは、本当に今考えても、発情馬鹿男としか言えない奴だが、よりによって、その発情男が、その密子ラブのあの男をライバル視していたのだ。それは、密子をめぐってというより、まあ、男のくだらないプライド?
塾でも、部活でも、勝手にモテ男に対して、ライバル心を燃やしていた発情男は、あろうことか、モテ男の意中の人密子を、手籠めにして奪おうとしていたのだった。

幼稚園の時に必ずいるキス魔の男児は、女児にキャアキャア逃げられて泣くというように、まだ可愛げがあるが、中学生の発情は痴漢でしかない。
モテ男が密子のことを好きだというのは、学年中が公認だった。なぜか。
だから、その発情男に密子は休み時間のたびに追いかけられ、時には先生が止めに入るくらいに、掴み合いになり、密子は必死に抵抗していた。
こいつに密子への愛情はなく、ただの痴漢根性だったことは間違いないのだ。
だって、修学旅行の時には、別の女子の布団に潜り込んでいたのだから。

一瞬的なマイブームで、手籠めにされてたまるか!
ってんで、密子は必死に抵抗していた。
こんな密子の苦労を、あのモテ男は知ってるのだろうか?
密子は、それを思うと、自分を好いてくれて嬉しい気持ちより、モテ男へのイライラが募っていった。

だから、あの一コマ漫画となったのだった。

だけど、
密子は最近考えるようになっていた。
「あの子、しあわせになったのかな」
もちろん、あの密子に愛の告白をした男のことだ。

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