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大人気連載!「あの人は今【第十八回】」~消えた天才俳優~

 都内の一等地。タワーマンションの最上階。今回の取材は相手宅で行うことになった。
――素敵なお宅ですね。家具はアンティーク調に纏めて、落ち着いた感じになっていて。あちらの絵はもしかしてヤヌシュ・ミラレスですか? 美しいですね。
「良人が、全て決めています。吸っても?」
 夫は大学病院に准教授として勤めており、今日は学会のため不在とのことだった。
――構いませんよ。
 相手は煙草を銜え、高級そうなライターで火を点けた。その時、左手の薬指が根元から無いことに気付いた。私の視線は気付かれた。
「ああ、これ。自分で切り落としました。結婚指輪を嵌めたく無くて」
――気を取り直して。失礼な話ですが、前回取材させて頂いた池野貴美子さん(女優・タレント)からお伺いするまで貴方のことを存じ上げませんでした。舞台のみに出演されていたとか。池野さんは同じ劇団だった貴方を「孤高の天才だ」と。他の皆さんも貴方のことを高く評価していました。
「彼等は大袈裟ですから」
――なぜ、引退されたのですか? やはり結婚を機に、ということでしょうか?
 陰鬱な表情が紫煙に包まれる。
「結婚するつもりはありませんでした。必要が無い」
――必要が無い? ではなぜ?
 唐突に馴れ初めを話し始めた。
「出会ったのは、五年前で、舞台の打ち上げに良人は来ていた。私のファンだと言った。距離感を掴むのが巧い男だった。ある時、劇団の資金繰りに困っていた。彼はやって来て私に言った。『この飲みかけのラム酒、全部飲んでくれたら助けてあげるよ』と。『馬鹿にするな』と私は一息に煽って昏倒した。次に目が覚めたのはそれから三週間後だった。私は『女になっていた』」
――なんですって?
「薬を盛られてたんだよ。寝てる間に、私は、色々なモノを奪われていた・・・・・・キャリアも、肉体も、人生さえも・・・・・・」
――貴方は一体、何の話を。
「分からないのか? 私は今、罪の告発をしている」



つづく(800字)

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