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シェイム・アフター

 軍規違反個体の記録を再生。三倍速。一時停止。該当箇所に到達。再度再生。

 足元に出来た泥濘みの原材料は有機生命体の残骸だ。つまり、彼等で言うところの「人間の腑」。頭上を砲弾に巻き上げられた土と共に砕け散った人間が飛んでいった。現在この状況を認識し思考する当方、戦術二足自律型機械兵(個体識別番号「甲寅ー廿号」)は視線を地面から移さなくてもそれを知覚できた。甲寅ー廿号は長い塹壕の途中で膝を抱えて座り込んでいた。蓄電池の導線が二十三分四十秒前の戦闘中に破損し、活動限界が近いため自己修復を行う必要があった。身動ぎせずに四肢を硬直させていた。
「すまんが・・・・・・まだ生きていたら、煙草を分けてくれんか?」
「大変申し訳ありませんアマノヤ少佐殿。当方には嗜好品の所持が許されていないので携帯しておりません」
 傍に倒れていた佐官(声紋認識からアマノヤ=トクイチロウ少佐と判別)は最早助からないと思って放置していたが、煙草を所望してきた。当方は煙草を所持しておらず、今はそれを調達できる状態ではなかった。兵士の中には機械兵に不快感を示す者や暴行する者もいた。人間と同じような姿をしているが、生理現象や恐怖心、自己決定権を持たない機械兵に、兵士達は大抵風当たりが強かった。今回も悪態を吐かれるのだろうと推測していたが、少佐の反応は違った。
「そうか、悪かったな・・・・・・綺麗なお嬢ちゃんだと思ったんだが、機械兵さんだったか・・・・・・間違えて悪かった・・・・・・」
 少佐は僅かな息で歌い出した。機械兵が機械化される前、志願者として中央軍部に向かう前に故郷の家族や親類が近隣住民と一緒になって歌ってくれた「出征機械兵を送る歌」だった。機械兵は機械化以前の記憶は全て削除されるが、暴走防止の措置として自己同一性植生媒体偽造記憶(簡略呼称:「美しい記憶」)が上書きされていて、時折、何かの拍子に想起された。

つづく(794字)

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