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【あたりまえは本当にあたりまえか】疑わない怖さ

nicoと申します。

よかったら下記からプロフィール記事も読んでやってください。

リモートでの得意先向け勉強会の主催者として以下のふるまいはありやなしや

得意先に対して、リモートでの勉強会を企画して得意先の社員の方に参加していただくのだとします。

ログインは10分前くらいには完了済。
カメラとマイクはオフのまま。
時間になったらすぐにカメラとマイクをオンにして講演開始を宣言しました。

私が主催者と同じ会社の勉強会講師だったら

自分がログインしたら「今日はよろしくお願いします」の一言くらいは言ってほしいなと思うでしょう。
でも、あらかじめ段取りを打ち合わせしていなかったことを自分の不備として、その気持ちは飲み込むと思います。

得意先の責任者に対して

講師として開始前に一言挨拶をしておきたい、と思うでしょうね。
なので、それができずに時刻がきて勉強会が始まってしまったら、少しもやっとすると思います。

でも、私が思うことは「あたりまえ」なのか

「私」が上記のように感じたのは事実として伝えてよいと思います。
そして、私以外にも同様に考える人が少なからずいるだろうということは、主催者には知っておいてもらいたいと思うのです。

でも、勉強会30分前にログインする。
カメラ・マイクのどちらもオンにして、講師や得意先の担当者がログインしてきたらすぐに挨拶をする。
それは本当に「あたりまえ」で、そうしなければならないことなのでしょうか。

自分の物差しをすべてに当てはめてしまう怖さ

今回のことは同僚が体験したことで、あたりまえのことができない若い人がいる、という文脈で語られました。

私はまず、それって本当にあたりまえ?と感じました。
同僚は人の気持ちを敏感に察することができるので、おそらく先方担当者も事前の挨拶があるのを当然と考えるタイプなのだと思います。

でも、私たちはまもなく定年となり業務のメインから外れていきます。

その時に中心となる人たちが、みな30分前からログインするのは非効率、と考えていたらそちらが「あたりまえ」で、私たちがしているのは過剰なホスピタリティになるでしょう。

そして「あたりまえ」が変わってから私たちのやり方をアドバイスしたら、それは的外れな老害と呼ばれるものになってしまうのでしょうね。

私は同僚が自分の「あたりまえ」を疑っていない様子に怖さを感じたのです。
あたりまえは不変のものではないことを、忘れないでいたいなと思いました。

お読みいただきありがとうございました。
ではでは。

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