ラジオドラマ「陽の下で」

概要:某コンクール応募作品として執筆。落選作品、また応募した年から4年以上経っている故に著作権は当方に帰属。テーマ・内容は自由、放送時間50分。2015/11/27作。

〇登場人物
内田望美(うちだのぞみ・17)ひきこもり、高校二年生。
山村唯香(やまむらゆいか・17)高校二年生、望美の同級生、園芸部に所属。
荻野弘行(おぎのひろゆき・19)農業大一回生、園芸部のOB。
内田涼子(うちだりょうこ・45)望美の母親、パートで働く主婦。
武井志郎(たけいしろう・52)高校教師、園芸部顧問。
明子
沙織

                                他


   SE 土砂降りの雨の音
   SE 遠くに聞こえる学校内の喧騒
   SE トイレの扉をドンドン叩く音

望美「(叩きながら)開けて! お願い、開けて! ここから出してよ!」
沙織「叩いたって無駄。こんな校庭の端のトイレなんか、誰も来やしないん
 だから」
明子「望美、あんた目障りなのよ。何もできないくせに、ホームルームでで
 しゃばってさ。おかげで、とんだ恥かかされたじゃない!」
沙織「そうよ、私たちがカンニングしたってチクってんじゃないわよ。何様
 のつもり? ムカつくのよ。ねぇ、明子」
明子「あんたなんか誰からも必要とされてないの。いてもいなくても一緒な
 んだから、早く消えて」
沙織「さっさと死ねば~?」
望美「お願い、出して! 明子! 沙織!」

   SE 学校のチャイムの音

明子「行こう、沙織」
沙織「うん。じゃあね~望美(笑いながら)一生そこから出てくるな!」
明子「(笑いながら)消えろ、このクズ!」

   SE 明子と沙織の笑い声(F・O)
   SE 遠くに聞こえる学校内の喧騒
   SE トイレの扉をドンドン叩く音

望美「(叩きながら)開けて! ここから出して! 誰か助けて! (F・
 O)」

   うなされる望美。涼子の声が遠くに聞こえ、だんだん近づいてくる。

涼子「(オフ)望美! 望美!」
望美「(うなされながら)う、う~ん……」
涼子「(オン)望美!」
望美「えっ……?」
涼子「望美、いつまで寝てるの? 起きなさい」
望美「う~ん……(ため息)また、あの夢か……」

   SE 小鳥の鳴き声
   SE テレビをつける音

ニュースの声「南から高気圧に覆われて、晴れる所が多くなる見込みです。
 全国的に過ごしやすい陽気となるでしょう。今日も一日はりきっていきま
 しょう」

望美M「外の世界が晴れていようが関係ない。ひきこもりの私の心は、あの
 日からずっと雨が降ったままだった」

涼子「望美、洗濯物ここ置いとくよ」
望美「(面倒くさそうに)う~ん」
涼子「お昼のおかず、冷蔵庫に入れてるから。あと、ご飯は冷凍のをチンし
 てね」
望美「う~ん」
涼子「もう、また片付けてない……食べ終わった食器くらい自分で洗ってっ
 て、何度言えばわかるの(食器洗い始める)」
望美「う~ん」
涼子「(洗いながらため息)望美、家にいるんだったら、家事くらい手伝っ
 てくれると助かるんだけど?」
望美「う~ん」
涼子「お母さんもパートがあるし……って聞いてるの?」
望美「聞いてるよ」
涼子「(食器洗い終わり水を止めて)あのさ、お母さん、こんなの貰ってき
 たんだけど……」
望美「……」
涼子「予備校のパンフレット。ひきこもりの子対象で支援してくれるとこみ
 たいなんだけど、あなたにどうかなと思って」
望美「……」
涼子「ねぇ……もう新学期始まって随分経つじゃない? だからね……」
望美「……」
涼子「……ちゃんとこれからの事、考えてみてよ」
望美「……わかってるよ」
涼子「(ため息)あなた最近太ったんじゃない?」

   SE 扉が閉まる音

望美「(ため息)わかってるよ、そんなこと……」

望美M「毎朝これの繰り返し。母をやり過ごした後は、夕方までダラダラと
 過ごす日々。誰にも会いたくないから、出かける時はいつも夜」

   コンビニのBGM
   SE コンビニの入店音

望美「あ、これ、CMで見たやつだ……あれもおいしそうだし……う~ん……」
唯香「(オフ)内田……望美?」
望美「えっ?」
唯香「(オン)やっぱり内田望美じゃん。望美だよね?!」
望美「え? え?」
唯香「私、唯香。山村唯香。ほら、同じ中学出身で」
望美「え? あ、ああ」
唯香「同じ高校でもクラス違うとね」
望美「うん……」
唯香「元気にしてた?」
望美「え、ああ、まあ一応……」
唯香「あの、学校行ってないって聞いたけど……」
望美「えっ? ああ、うん……(冷蔵庫の開閉音)じゃ、私、もう行くから」
唯香「あ、それお酒?」
望美「え? あ、間違った(慌てて冷蔵庫開けて戻し)じゃ」
唯香「あっ、ちょっと待って、あの……」
望美「何?」
唯香「えっと、その……望美ってさ、土いじりに興味ない?」
望美「土いじり?」
唯香「私、園芸部にいるんだ。校内の花壇やプランターにいろんなお花を植
 えてるんだけど、部員が少なくて全然進まなくて……も、もしよかったら
 一緒に……なんてさ……」
望美「何で?」
唯香「えっ?」
望美「何で私にそんな話?」
唯香「え、ああ、ちょっと聞いてみただけ……」
望美「……」
唯香「えっと、私、放課後とか休みの日は、学校の裏庭にいるから、そ
 の……」
望美「ごめん、もう行かなきゃ。じゃあね」
唯香「え、あ、望美?!」

   SE 走っていく足音

望美M「どうせ、唯香はただの気まぐれであんな事言っている。皆いつもそ
 の場限りの親切心を押し付けてきて……唯香だってそう、他の皆と同じ
 だ。信じてはいけない。あの時だって、誰も助けに来てくれなかった」

   SE 明子と沙織の笑い声

明子「(笑いながら)消えろ、このクズ!」

   SE 明子と沙織の笑い声(F・O)
   SE 遠くに聞こえる学校内の喧騒
   SE トイレの扉をドンドン叩く音

望美「(叩きながら)開けて! ここから出して! 誰か助けて!」

   SE 遠くに聞こえる生徒たちの楽しそうな談笑の声

望美「お願い……誰か……ここから出して」

   SE 望美のすすり泣く声(F・O)

望美「夢か……(ため息)……もう、お昼過ぎてるし……」

   SE 冷蔵庫の扉を開ける音

望美「(ガサゴソ探しながら)なんだ、お昼御飯、昨日のおかずの残りしか
 ないじゃん。これだけじゃ足りないよ。他に何かないの~? ん、何こ
 れ? ああ、なんだ煮物か(ため息)これでいいや(一口食べる)」
涼子「(オフ)ただいま」
望美「あれ? お母さん、仕事は?」
涼子「(オン)早出だったのよ。午前のパートさんが休みでね。それより、
 ちょっと望美。それ今日の晩御飯のおかずよ。なに勝手に食べてるの」
望美「だって、お腹すいたから……」
涼子「もう、だからって……(ため息)ちょっと望美。また脱いだ服、ソフ
 ァに置きっぱなしじゃない。ちゃんと片付けてよね」
望美「あとでしようと思ってたの」
涼子「あとであとでって、ずっとそればっかり」
望美「だって……」
涼子「ねぇ……望美」
望美「(面倒くさそうに)何?」
涼子「どうするつもりなの? もう学校行かないの?」
望美「……」
涼子「本当にあなたどうするの? ちょっといじめられたくらいでそんな」
望美「ちょっとじゃないもん! お母さんにはわからないんだ!」
涼子「わかるわよ。お母さんだってつらいの。あなたがこんな状態になっ
 て、周りに相談もできないし、この先の生活の事もあるし……でも、この
 ままひきこもってても何も変わらないのよ?」
望美「わかってない! わかってない!」
涼子「ほら、またそうやって逃げて。嫌な事から逃げたって仕方がないって
 わかってるんでしょ?」
望美「……」
涼子「いつまでも甘えてる場合じゃないの」
望美「……」
涼子「しっかりしなさいよ! 来年どうするの?」
望美「うるさい! うるさいうるさい! もうほっといてよ! (駆け出
 す)」

   SE 乱暴に閉まる扉の音
   SE 遠くに聞こえる車の音
   SE 走る足音

望美「はぁはぁ、何よ……はぁ、誰も私の事……はぁ、わからない……はぁ、く
 せに……はぁはぁ、だから……はぁ、逃げたって……」

   SE 蝉の鳴き声

望美「はぁはぁ……私なんか……はぁ、私なんか……はぁはぁ、あれっ? はぁ
 はぁ……暑い……はぁはぁ……う~……」

   SE ドサッと倒れる音

   唯香の声が遠くに聞こえ、だんだん近づいてくる。

唯香「(オフ)望美? 望美?」
望美「う、う~ん……」
唯香「(オン)望美? ねぇ、ちょっと大丈夫?! 望美?!」
望美「え? あ、え、えっと……私?」
唯香「大丈夫? こんな所で倒れて、顔色悪いよ」
望美「なんか目の前がクラクラして……あれ、唯香、どうしてここにいる
 の?」
唯香「通り道なの。学校行くとこで」
望美「学校?」
唯香「望美はどこ行くつもりだったの?」
望美「え? ああ……いつの間にか学校の近くまで来てたんだ、私……」
唯香「ちょっと日陰に移動しよっか。大丈夫? 動ける?」
望美「うん、大丈夫」

   SE 風が吹く音
   SE 自販機で商品が落ちる音

唯香「はい、お水」
望美「あ、ありがとう……(開けて飲む)」
唯香「気分はどう?」
望美「うん、だいぶ良くなってきた……」
唯香「よかった~、もうびっくりしたよ。望美があんな所で倒れてて」
望美「ご、ごめん……」
唯香「(笑いながら)もう何謝ってんの? それにしても、何かあった? 
 なんか着の身着のまま、飛び出してきたって感じで」
望美「え? いや、それが、その……お母さんとちょっと喧嘩して……」
唯香「ああ、そっか」
望美「……ごめん、もう大丈夫だから、私はこれで……」
唯香「……あのさ、望美も一緒に学校の裏庭来ない?」
望美「はぁ?」
唯香「私、園芸部の水やりに行くところなの。折角ここまで来たんだから
 さ、気分転換に。ね?」
望美「え? いや、でも……学校行くの?」
唯香「今日は休日だし、学校も人少ないから、クラスの誰かに会うこともな
 いと思うし」
望美「うん……」

   SE ホースで水を撒く音

唯香「ここが今、園芸部で育ててる花壇」
望美「へぇ~、結構広いんだね」
唯香「人手が足りなくってさ、まだこの花壇しか種まき終わってないんだ。
 あ、ほら、あそこ。今度、あそこの花壇に種を植える予定なの」
望美「ふ~ん、そうなんだ」
唯香「昨日、土や肥料の準備もして、あとは植えるだけなんだ。ほら、望
 美。ここの土触ってごらんよ」
望美「えっ? いいよ、べつに」
唯香「え~、いいじゃんいいじゃん。ほら、ほらほら」
望美「え、ああ、ちょっと?! うわっ! 虫! 虫がいる!」
唯香「(笑いながら)そりゃ、虫もいるよ。ミミズやクモ、いろんなのが畑
 にいるの」
望美「え~、気持ち悪いよ~」
唯香「でも、畑には必要な虫たちだよ。いろんな虫が共存してバランスが取
 れてるの」
望美「バランス?」
唯香「どんな虫もそこに存在するのに、何らかの理由があって生きてるんだ
 よ」
望美「存在する理由?」
唯香「いろんなのがいていいんだよ」
望美「ふ~ん……」
唯香「ほら、そんな怖がらないで」
望美「でも……」
唯香「この辺の土触ってみて」
望美「え?」
唯香「ほら、手出して」
望美「え、ああ……あれ? 何これ……」
唯香「……どう?」
望美「え? えっと、何ていうか、その……う~ん……」
唯香「柔らかくて、ひんやりして……気持ちいいでしょ?」
望美「うん……」
唯香「ずっと触っていたくなるんだよね。なんか、頭空っぽというか、何も
 考えずに触っていられるというか」
望美「うん……」
唯香「なんか、落ち着くでしょ?」
望美「うん……」

望美M「ちゃんと土を触ったの初めてかも……触った瞬間、今まで感じた事
 のない感覚が指先から伝わって……優しく包みこむような柔らかい土の感
 触……なんだかひんやりして気持ちいい」

唯香「望美、ちょっと手出して」
望美「え? 手?」
唯香「はい、この種、ここから等間隔に植えていってくれる?」
望美「うん。これを……こう?」
唯香「そうそう。良い感じ。こっちも同じようにね」
望美「うん」
唯香「そうそう、そんな感じで。上手いじゃん、望美」
望美「いや、べつに……(少し照れ笑い)」
唯香「その調子で今度はあっち側も一緒に。望美、ほら来て来て」
望美「え、ああ、うん」

   SE 楽しそうな望美と唯香の笑い声(F・O)
   SE カラスの鳴き声

唯香「これでよしっと。ごめんね、なんか手伝わせちゃって」
望美「べつにいいよ……いてて。ずっと同じ体勢で腰が痛い」
唯香「望美、ありがとう。助かったわ」
望美「べつに、私は何も……」

   SE 玄関の扉の開閉音

望美「ただいま……」
涼子「望美、どこ行ってたの?!」
望美「どこだっていいでしょ」
涼子「ちょっと、望美?!」

   SE 扉を閉める音
   SE ドサッとベッドに倒れる音

望美M「包み込まれているような安心感。土を触った瞬間、伝わってきたあ
 の感覚が、今でもこの手に残っている」

望美「あ、爪の中に土が……」

   SE 遠くに聞こえる運動部の声

望美「今日も学校に来ちゃった……唯香、いるかな?」
唯香「(オフ)望美?」
望美「うわぁっ?!」
唯香「(オン)ごめん、後ろから驚かせちゃったね。望美、何してんの? 
 こんな所でコソコソして」
望美「え、あ、いや、その……」
唯香「こっちおいでよ。今日もほら、一緒にやろう!」
望美「えっ? で、でも……」
唯香「ほら、遠慮しないで。こっちこっち」
望美「いいの?」
唯香「もちろん! 望美が手伝ってくれると助かるよ」
望美「で、でも、他の部員の人たちは? 私、勝手に入っちゃって大丈
 夫?」
唯香「ああ、先輩は受験勉強忙しいし、同期の二人はほぼ幽霊部員だし、今
 年、新入部員入らなかったしね。ほとんど、私ひとりでやってるようなも
 のだから」
望美「そ、そうなんだ。大変だね」
唯香「でも、自由にさしてもらえるから、気楽だよ。顧問の武井先生も私の
 好きなようにしていいからって言ってくれてるし」
望美「へぇ~」
唯香「あ、そうだ。今からホームセンターに肥料を買いに行かなきゃいけな
 いんだけど、一緒に来てくれる?」
望美「うん……」

   ホームセンターのBGM
   SE 自動扉の開閉音
   SE 台車を押す音

唯香「(押しながら)よいしょっと……いくら学校から近いといってもね、
 ひとりでこの肥料持って帰るの大変なのよね。望美がいてくれて助かる
 わ」
望美「うん」
荻野「(オフ)唯香ちゃん」
唯香「あっ! 荻野先輩!」
荻野「(オン)あれ、今日は一人じゃないんだ。珍しいね。この子は? 新
 入部員?」
唯香「友達で、ちょっと手伝ってもらってるんです。望美、こちら、園芸部
 のOBの荻野先輩」
荻野「はじめまして、荻野です」
望美「え、あ、は、はじめまして、内田望美です」
唯香「荻野先輩は農業大の一回生で、ここでバイトしてるから、今でもアド
 バイスしてもらったりしてるの」
望美「へぇ~」
唯香「先輩とは同じ小学校だったこともあって、結構付き合い長いんだ」
望美「そうなんだ」
荻野「君も東小学校?」
望美「あ、いえ、私は西小の方で……」
唯香「望美とは中学から一緒だったんです」
荻野「そっか、僕、引っ越して中学は別だったから知らないわけだ」
望美「はい……」
唯香「先輩、今日もバイトでよかった! この前休みって聞いてたから、会
 えないと思っていたんですけど……」
荻野「ああ、それがね、今日入るはずだった人が風邪で休んじゃって、急遽
 僕が入ることになって」
唯香「そうだったんですか。(嬉しそうに)ラッキー!」
荻野「ん?」
唯香「え、あ、いえ、何でも、あはは……そういえば、先輩、こないだ植え
 た花、咲きましたよ。ほら、写真、見てください」
荻野「おお、きれいに咲いたね。さすが唯香ちゃん」
唯香「いえ、先輩にアドバイスしてもらったから、私、そんな……」
望美「先に行ってようか?」
唯香「(笑いながら)もう望美ったら、何を遠慮してるの。そうだ、望美も
 先輩にいろいろ教えてもらうといいよ」
望美「えっ、私?」
唯香「先輩、この子、初心者なんです」
荻野「そうなんだ。望美ちゃんだっけ? わからないことがあったら、遠慮
 しないで聞いてね」
望美「え、あ、は、はい……」

望美M「私、友達や先輩と普通に話せている。もしかして、私も皆と同じ普
 通の学校生活が送れる? 全然難しくないじゃん。私にもできるんだ」

   SE 台車を押す音

唯香「(押しながら)よいしょっと。よし、肥料そこに置こうか。私こっち
 持つから、望美そっち側お願い」
望美「うん」
唯香「じゃあいくよ。せーの!」
望美「(重そうに)くっ!」
唯香「(重そうに)おっとっと。よし、望美おろすよ」
望美「うん」

   SE ドサッと肥料の袋を置く音

唯香「ふぅ~、重かったね。さてと、望美、ちょっとこのバケツに水汲んで
 きてもらっていいかな?」
望美「水?」
唯香「うん。今ちょっと、そこの水道が壊れてて使えなくてさ。明日には修
 理してもらえるみたいなんだけど」
望美「どこで汲んできたらいい?」
唯香「えっと、ここからだと、あそこ! 校庭の端のトイレの手洗い場」
望美「えっ、あそこ……」
唯香「どうしたの?」
望美「あ、いや、べつに……」
唯香「あ、ああ、やっぱ水汲み、私が行ってくる」
望美「私が行く」
唯香「あっ、望美?」

   SE 蛇口をひねりバケツに水を溜める音

望美「(荒い息遣い)……」

   リフレイン。
   SE 明子と沙織の笑い声

明子「(笑いながら)消えろ、このクズ!」

   SE 明子と沙織の笑い声(F・O)
   SE 遠くに聞こえる学校内の喧騒
   SE トイレの扉をドンドン叩く音

望美「(叩きながら)開けて! ここから出して! 誰か助けて!(F・
 O)」

   リフレイン終わる。
   SE バケツの水が溢れる音。

望美「(荒い息遣い)いや……」
唯香「望美?」
望美「えっ? あ、唯香……」
唯香「(水道を止めて)……大丈夫」
望美「(息を整えながら)え、うん……」

   SE ザクザクとスコップで掘る音

唯香「じゃあ、これをそっちに」
望美「うん……」
武井「(オフ)こんにちは」
唯香「あっ! 武井先生!」
望美「えっ?!」
武井「(オン)やあ、頑張ってるね。山村さん。あれ? え~っと、君はた
 しか……」
望美「え、あ、あの、私……」
唯香「あ、先生、実は、望美、いや、内田さん、この間から園芸部に入って
 もらってるんです」
武井「そうか」
唯香「すみません、私の判断で……」
武井「いやいや、かまわんよ。内田さんは、土いじり楽しいかい?」
望美「はい……」
武井「それはよかった。ほら、この土、フワフワして気持ちいいだろ? 私
 も土を触るのが好きでね、暇があるとついつい触ってしまうんだ」
望美「はぁ……」
武井「嫌な事も忘れられるしね……そうだ、山村さん、畑の方は進んでいる
 のか?」
唯香「いえ、まだ」
望美「畑?」

   SE 風で木々が揺れる音

唯香「ここが園芸部の畑」
望美「へぇ~、裏庭の隅っこに、こんな畑があったんだ」
唯香「ちょっと小さいけどね、ここで野菜や果物育ててるのよ」
望美「へぇ~、すごいね」
唯香「ここでできた作物は皆で分け分けするの。楽しいよ」
望美「ふ~ん」
唯香「はい、これキュウリ。こないだ作ったの」
望美「えっ、ああ、すごいね」
唯香「食べてみて」
望美「えっ?!」
唯香「ほら、遠慮しないで」
望美「じゃ、じゃあ、いただきます(一口かじる)……うん(もう一口かじ
 る)」
唯香「望美、どう?」
望美「うん……おいしい(食べながら)すごいね、こんなの作れて」
唯香「(笑いながら)一生懸命、世話してあげれば、実を結ぶんだ」
武井「(オフからオン)今年は君もやってごらんなさい」
望美「えっ? 私も……ですか?」
武井「ああ。ここの一画は君の担当だ。君にここの世話をまかせる」
望美「えっ、こんなに?」
武井「そう、ここは君の畑。ちゃんと自分で育てる事。責任を持ってやって
 くれよ」
望美「責任……」
武井「できるかな?」
望美「……はい」

   SE 玄関の扉の開閉音

望美「ただいま……」
涼子「おかえり。望美、今日もお出かけ珍しいわね。どこ行ってたの?」
望美「う~ん、ちょっとね」
涼子「ご飯、できてるけど」
望美「ごめん、先にお風呂入る」
涼子「ああ、そう」

   SE お湯に浸かる音

望美「私の畑か……(嬉しそうに)ふふっ……あ、早く寝よ」

   SE 小鳥の鳴き声

望美「(欠伸をしながら)今日も暑そう。う~ん、もっと大きい水筒の方が
 いいかな」

   SE 水筒に水を注ぐ音

涼子「(オフ)あら、望美?」
望美「お母さん」
涼子「(オン)おはよう。どうしたの? あなたがこんな朝早くに起きてる
 なんて」
望美「ちょっとね、畑に行ってくるの」
涼子「畑? 畑ってどこの?」
望美「学校」
涼子「学校?! 望美、あなた学校に行ってるの?」
望美「学校っていっても畑にだけだよ」
涼子「えっ? 畑?!」
望美「あ、もうこんな時間」
涼子「え~、あなたがね……」
望美「じゃあ、私もう行くね」
涼子「え? あ、い、いってらっしゃい」
望美「(嬉しそうに)うん、いってきます」

   SE 遠くに聞こえる運動部の声
   SE スコップで土を掘る音

望美「ふぅ、暑いなぁ」
唯香「あ、望美、ダメダメ!」
望美「えっ?」
唯香「小さい石は熱を持って、土の中の微生物が活発になって作物にいい
 の。だから、少し残しておいて」
望美「あ、ああ、ごめん、わかった」
唯香「それから、これ」
望美「肥料の空袋? 何に使うの?」
唯香「植えた苗にこれを筒状に掛けて風よけにするの。こうすると、折角植
 えた苗が倒れなくていいでしょ」
望美「へぇ~、そんな使い方があるんだ」
唯香「望美が植えるキュウリとミニトマト、初心者でも育てやすい方だか
 ら、頑張ってね」
望美「うん」

   SE スコップで土を掘る音

望美「えっと、種をこう等間隔で植えていって……と。うわぁ、この一画だ
 けでも結構あるなぁ」

   SE ザクザクとスコップで掘る音

望美「(ザクザクと掘りながら)畑、ちゃんとできるといいな」

明子(リフレイン)「そんな事してもあんたには無理」

望美「(ザクザクと掘りながら)そんなことない」

明子(リフレイン)「何もできないくせに」

望美「(ザクザクと掘りながら)違う! そんなことない!」

明子(リフレイン)「あんたなんか誰からも必要とされてないの」

望美「(ザクザクと掘りながら)そんなことない! 私だって! ちくしょ
 う! このっ! このっ!」

   SE ザクザクとスコップで掘る音

望美「はぁはぁ、そんなことない! そんなことない! このっ! この
 っ!」
唯香「(オフ)望美? 望美?」
望美「はぁはぁ……えっ? あ、唯香……」
唯香「もうやめなよ。あんまりやりすぎるとさ……土は敵じゃない。ね?」
望美「……ごめん」
唯香「私は味方だから」
望美「うん……」

   SE ホースで水を撒く音

唯香「うまく育ってくれるといいね」
望美「そうだね」
唯香「あともうひと踏ん張り、頑張ろう」
望美「うん」

望美M「何だか私にもやっていける気がした。唯香だっているし、今の私は
 昔とは違う。こんなに次の日が待ち遠しいと思ったのは、初めてだ」

   SE 玄関の扉の開閉音

望美「ただいま」
涼子「おかえり、望美。あれ? 今日は何だか機嫌がいいね」
望美「そう?」
涼子「畑の方はどう? 今日は暑かったでしょ?」
望美「うん、暑かったけど、明日も行く」
涼子「えっ? 明日も?!」
望美「うん。毎日行くから」
涼子「毎日?! そっか……(少し笑って)頑張ってね」
望美「うん……」

   SE 蝉の鳴き声

望美「今日も暑いなぁ。ん? あれ、肥料が置きっぱなし。もう唯香った
 ら……あっ! ミニトマトに実がなり始めてる! やったー! そうだ! 
 唯香にも知らせなきゃ。どこだろ? 部室かな?」

   SE 部室の扉を開ける音

望美「唯香? あれ? いないなぁ……」
荻野「(オフ)えっ? ちょっと待って、それって?」
望美「あれ? 裏の方から荻野先輩の声が……そっか、肥料、先輩が運んで
 きてくれたんだ。あれ? 唯香もいる」

荻野「(オン)どういうつもりなんだ?」
唯香「え、な、何の事ですか?」
荻野「望美ちゃんの事。普段学校来てないって聞いたけど……?」
唯香「ええ、まあ……」
荻野「いじめられてるの? お前、それで望美ちゃんに?」
唯香「ち、違いますよ。そんな……」
荻野「まさか、罪滅ぼしのため、あの子の身代わりに」
唯香「な、何言ってるんですか、先輩」
荻野「利用しようとしてるんじゃないの?」
唯香「ち、違います! そんなんじゃ……」
荻野「(ため息)望美ちゃんはお前がいじめたあの子じゃないんだから……
 傷つけるような事はするなよ」
唯香「わかってます……」

望美「何? 何の話? あの子の身代わりって? 唯香は何を……」

   SE スコップで土を掘る音

唯香「望美~! ごめんね。あ、水撒き終わった? (笑って)どうした
 の? ぼーっとしたまま穴なんか掘って」
望美「え? あ、いや、べつに……」
唯香「畑の作物も順調に育ってきてるし、今年は去年より豊作になりそう。
 収穫が楽しみだね」
望美「荻野先輩来てたんだ」
唯香「えっ? あ、ああ、さっきね、肥料を運んでもらって」
望美「ねぇ、唯香……さっき、先輩と何話してたの?」
唯香「えっ?」
望美「罪滅ぼしって?」
唯香「あ、いや、べつに……」
望美「あの子の身代わりってどういう事?」
唯香「え、あ、それは……」
望美「ちゃんと言って、唯香!」
唯香「……ちょっと、あそこ座っていい?」
望美「えっ?」
唯香「えっと、その……ちゃんと話すから」

   SE 風が吹く音

唯香「あのね……昔ね、私、同じクラスの子を仲間外れにした事があるの」
望美「えっ……?」
唯香「徹底的に無視して。クラスの皆も巻き込んで……そしたら、その子、
 学校来なくなって……後から聞いた話なんだけど、ストレスで拒食症にな
 っちゃったとか……」
望美「そんな……」
唯香「いや、その、本当は仲良かったのよ。でも、ちょっと気に食わない事
 があったから、こらしめてやろうと思っただけなの……結局、転校しちゃ
 って会えないまま、ずっと心残りなの……ちゃんと謝れなかった事」
望美「何それ……」
唯香「ごめん、その、隠してたわけじゃないんだけど……」
望美「だから罪滅ぼしとか、そんな事……」
唯香「本当、私、とんでもない事しちゃったんだなって……もう、こんな事
 しちゃいけないって思って……望美のような子を見てるとほっとけなく
 て、その」
望美「だから私が身代わりなの?」
唯香「いや、そんな身代わりだなんて……」
望美「じゃあ、どうして私に声をかけたの? 唯香がいじめたあの子が喜ぶ
 と思ったから? それとも、いじめられた私が嬉しいとでも思ってる
 の?」
唯香「違う、そんなつもりじゃ……」
望美「そんなのただの自己満足だよ」
唯香「望美……」
望美「いつもそう。いじめた人間は、まるで何もなかったかのように、のう
 のうと生きてる。こっちはなかった事になんてできない……唯香、本当に
 いじめられた人間の気持ちわかってんの?」
唯香「それは……」
望美「毎日毎日思い出すのよ。あの時の絶望感を、私をいじめたあいつの声
 を。いくら忘れようとしても消えないの。それがどれだけ苦しいのか、い
 じめた人間のあんたにわかるの?」
唯香「……」
望美「わかるわけない……そうよ、いじめた人間も苦しめばいい。私と同じ
 ように……あんたも一生苦しめばいいんだ!」
唯香「待って! 望美?!」

   SE カラスの鳴き声

望美M「やっぱり他人は信用できない。信じたって何も良い事なんてない」

   SE 玄関の扉の開閉音

涼子「あ、おかえり、望美。お疲れ様。畑の方は順調?」
望美「べつに」
涼子「晩御飯できてるよ」
望美「いらない」
涼子「え? 望美?」

   SE 乱暴に扉を閉める音

明子(リフレイン)「何もできないくせに」

望美「やっぱり私が外に出ても、ろくな事ないじゃない」

   SE 携帯の着信音

望美「唯香からだ……(携帯を投げつけて)うるさい!」

望美M「少しでも希望を持とうとした自分が情けなかった。結局、私は何も
 できない。それならもう外に出ないように、深く深く土の中へ……」

望美「(くぐもった声で)もういや……」

   SE 強い風が吹く音

テレビのニュース「台風が強い勢力を保ったまま北上し大荒れの天気となり
 そうです」
望美「すごい風……」

   SE ザーッと降る雨の音

涼子「あら、降ってきたわね。これから風ももっと強くなるみたいだし。望
 美、どうしたの? 全然食べてないじゃない?」
望美「えっ? ああ」
涼子「あなたの好きな野菜炒め、こんなに残して。あ、野菜といえば、畑の
 方は大丈夫かしらね」
望美「えっ?」
涼子「あなたの畑。学校で大事に育ててたんでしょ?」
望美「そうだ……トマト……」
涼子「でもこんな天気じゃ仕方ないか……」
望美「ごちそうさま」
涼子「えっ? 望美、もう食べないの?」

   SE 扉を閉める音
   SE ドサッとベッドに倒れる音

テレビのニュース「上陸した台風の影響で、風、雨ともに強くなってきてお
 ります。皆さん、今後もじゅうぶんな警戒を……」
望美「いいじゃない、べつに……もう外の事なんか……私……気にしなくて……
 (ため息)」

   SE 扉をノックする音

涼子「(扉越しに)望美? 雨強くなってきてるから、雨戸しっかり閉めて
 てね。望美、聞いてるの? 望美? 望美?」

望美M「唯香の事はもう……でも、畑は私を必要としてる。あの実は今どう
 なっているんだろう。やっぱり、あの畑には私が必要。私には、自分の畑
 を守る責任がある」

望美「行かなくちゃ……」

   SE 勢いよく開く扉の音

涼子「あっ、望美?! どこ行くの?!」

   SE 勢いよく閉まる扉の音
   SE 強くなる雨と風の音

望美「はぁはぁ、何とかここまで、はぁ……あれ? 門が開いてる……? あ
 っ! あれは唯香?!」
唯香「(オフ)望美?!」
望美「唯香!」
唯香「(オン)どうしてここに……?」
望美「だって、私……唯香こそどうして?」
唯香「私だって、その……」
望美「もしかして唯香も……」

   SE 突風の音

望美・唯香「うわぁっ!」
望美「ここで立ち止まってる場合じゃない! 早く畑を!」

   SE 駆け出す足音

唯香「望美! 防風ネット持ってきたから、これ畑に被せて!」
望美「わかった!」
唯香「はい、望美、そっちの方お願い!」
望美「くっ! ネットの端をここに固定して、よし! 唯香! そっちはど
 う?」
唯香「よし! 大丈夫! 望美、あとはあっちの方、固定して!」
望美「わかった! くっ! もう風に煽られてなかなか固定できない!」

   SE 突風の音

望美「うわぁっ! 風でネットが!」
唯香「望美、大丈夫?! 私がここ押さえておくから、そこ固定して!」
望美「うん! くっ! あと少しで、よし! できたよ!」
唯香「よし、これでなんとか、ひゃっ!」
望美「危ない!」

   SE バケツが転がっていく音

望美「唯香、大丈夫?!」
唯香「はぁ、何とか。ああ、びっくりした」
望美「いろんな物が飛んできて危ない!」
唯香「望美、とりあえず部室へ避難しよ!」
望美「うん!」

   SE 窓を打ち付ける雨と風の音

望美「この部室、大丈夫かなぁ……」
唯香「う~ん、ボロだからね」
望美「飛ばされなきゃいいんだけど……」

   SE 強くなる雨と風の音

唯香「……望美」
望美「ん?」
唯香「来てくれたんだね」
望美「あの畑は……私の居場所だから……なくすわけには……」
唯香「望美」
望美「……唯香だって」
唯香「えっ?」
望美「その……唯香、私の畑を守ってくれてたじゃない」
唯香「それは、私にとっても……なくすわけにはいかない居場所だから」
望美「唯香……」
唯香「私……望美はもう来ないと思ってた」
望美「……」
唯香「(ため息)駄目だよね、私なんか……」
望美「何言ってんの。そんな事ないよ……」
唯香「……望美」
望美「唯香が誘ってくれなかったら、私はずっと閉じこもったまま、どこに
 も出ていけなかったと思うし……」
唯香「……」
望美「唯香の事、信じられないと思ってた。でも、本当はちゃんと向き合っ
 てみないとわからないんだよね……土と同じ、触れてみて初めてわかる
 事、たくさんあると思うし……」
唯香「ねぇ、望美」
望美「ん?」
唯香「私と……友達でいてくれる?」
望美「……私」
唯香「一緒にいてくれる?」
望美「……唯香といたい」

   SE 吹き荒れる風の音(F・O)
   SE 少しずつ聞こえてくる小鳥の鳴き声
   SE 部室の扉を開ける音

望美「うわぁ、台風でぐっちゃぐちゃ……せっかく育てた野菜、もうダメな
 のかな」
唯香「望美! こっちこっち!」
望美「どうしたの? 唯香」
唯香「ほら、見てここ」
望美「あっ!」

望美M「私たちは陽の下で、それぞれの存在する理由を見つけた」

   SE 小鳥の鳴き声(F・O)
   SE 水道の水を止める音

涼子「あらっ! どうしたの? このミニトマト」
望美「学校の畑で育てたの」
涼子「望美、あなたが?」
望美「うん。ほら、お母さん、食べてみて」
涼子「うん」

   SE ぷちっとミニトマトが弾ける音

涼子「(食べながら)うん、うん」
望美「どう? おいしい?」
涼子「うん、うん……甘いね」
望美「私も(食べて)……ほんとだ、甘い」
望美「(食べながら)……ねぇ、お母さん」
涼子「ん?」
望美「私、その、これからはちゃんと学校行って、勉強して……大学にも行
 きたいと思ってるの」
涼子「大学?」
望美「うん、農業大を目指してみようと思ってるんだけど、その……」
涼子「望美……いいんじゃない。お母さんも応援してる」
望美「えっ?! でも、うちはその、母子家庭だし……えっと……」
涼子「大丈夫。お金の事は心配しなくていいのよ。お母さん、こんな時のた
 めにちゃんとたくわえてるんだから」
望美「ありがとう」
涼子「……(鼻をすする)」
望美「何よ? そんな泣かなくったって」
涼子「だってさ、あなたがそんな……(泣き出す)」
望美「(少し笑って)もうボロ泣きじゃん」

   SE 望美と涼子の笑い声
   SE 蝉の鳴き声

望美「うわぁ、今日も暑そう。じゃあ、いってきます!」

   SE 軽やかに走り去る足音

望美M「今まで暗い土の中にいたような気分だったけど、もう大丈夫。私は
 陽の下でもやっていける」

                              (了)

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