ラジオドラマ「アンサンブル」

概要:某コンクール応募作品として執筆。落選作品、また応募した年から4年以上経っている故に著作権は当方に帰属。テーマ・内容は自由、放送時間50分。2013/11/28作。

〇登場人物
清川麻美(きよかわ あさみ・17)高校二年生、吹奏楽部でオーボエ担当。
遠山誠司(とおやま せいじ・46)麻美の父、元オーボエ奏者。
清川美穂(きよかわ みほ・39)麻美の母。
後藤千香(ごとう ちか・17)麻美の友人、吹奏楽部員。
吹奏楽部顧問
楽器屋の店主
親戚
部員
バイト先の店長
唐揚げ屋の店長
教師
生徒

                                他


   SE 大勢の拍手、すぐに鳴り止む。

司会「次に演奏される曲は、エンニオ・モリコーネ作曲、『ガブリエルのオ
 ーボエ』です。」

   SE 『ガブリエルのオーボエ』のオーボエソロの一節。
   SE 大勢の拍手。
   SE ロビーを行き交う人々の声。

美穂「麻美!」
麻美「あ、お母さん! 聴いてくれた? 私のオーボエソロ」
美穂「麻美」
麻美「お母さんが喜ぶと思って、私、一生懸命練習したんだよ!」
美穂「麻美」
麻美「お母さん、どうしたの? こっち、こっちだよ!」
美穂「(だんだん遠ざかって)麻美」
麻美「お母さん? どこ行くの? 私はここにいるよ! すみません、通し
 てください! 通して!」
美穂「(だんだん遠ざかって)麻美」
麻美「ねぇ、お母さん、待って! ちょっと、どいてよ! お母さん、待っ
 てってば!」
美穂「(だんだん遠ざかって)麻美」
麻美「お母さん、戻ってきて! お母さん、お母さ~ん!」

   SE 小鳥の鳴き声。

麻美「(ハッと起きて)なんだ、夢か……」
遠山「麻美、麻美」

麻美M「目が覚めると、そばにいたのは母ではなく、父と名乗る男だった」

遠山「麻美、朝食できたぞ」
麻美「ちょ、ちょっと?! なに勝手に入ってんの!」
遠山「え? あ、ああ」
麻美「早く出てって!」
遠山「はいはい、ごめんごめん」

   SE ドアを閉める音。

麻美「ったく……なんであんなやつと……」

   SE 読経、木魚を叩く音

麻美「(すすり泣き)お母さん……」
伯母「麻美ちゃん」
麻美「伯母さん」
伯母「交通事故だってね。こんなかわいい娘ひとり残して、美穂も心残りだ
 ろうよ」
麻美「(すすり泣き)……」
伯母「これから大変だよ。あんたの引き取り先も探さないといけないし」
麻美「はい……」
伯父「(小走りで近づいてきて)おーい」
伯母「あんた、どうしたんだい? こんな時に」
伯父「なんか麻美ちゃんに会いたいって人が来てるぞ」
伯母「麻美ちゃんに? 誰だい?」
伯父「いや、知らない男なんだが、遠山とかいう……」
伯母「遠山?」
遠山「あ、あの……」
伯父「あ、ああ、この人」
遠山「どうも……麻美……大きくなったなぁ……」
麻美「(鼻をすすりながら)え?」
伯母「遠山……って、あんた、もしかして」
遠山「ご無沙汰しております」
伯父「なんだ? 知ってるのか?」
伯母「美穂の別れた亭主。麻美ちゃんの……父親だよ」
麻美「私の……お父さん?」
伯母「麻美ちゃんが生まれてすぐに出て行ったんだよ、この人は」
伯父「そんなあんたが、今さら何しに来たんだ?」
遠山「麻美を……引き取りに来ました」
伯父「はぁ? 引き取るって……」
遠山「麻美と一緒に暮らしていきます」
伯母「何言ってんだい! 麻美ちゃんには、麻美ちゃんの生活があるんだ
 よ?」
遠山「わかってます。でも、父親として、この子のそばにいたいんです」
伯母「そばにって、あんたがこっちに引っ越して暮らしてくれるのかい? 
 あんただって今までの仕事があるんだろ?」
遠山「仕事はこっちで見つけます。麻美には不自由な生活は絶対させません
 から!」
伯父「(ため息)そうは言ってもなぁ……」
遠山「麻美……お父さんと暮らそう。な? 麻美……(オフ)麻美? 麻
 美?」

   SE カチャカチャと食器の音。

遠山「(オン)麻美?」
麻美「えっ?」
遠山「麻美? なにぼーっとしてるんだ?」
麻美「……べつに」
遠山「ほら、そんなところに立ってないで。早く食べないと冷めるぞ。美味
 そうだろ? 父さんな、おまえのために早起きして作ったんだよ」
麻美「……(ため息)」
遠山「え、あ、麻美?! 食ってかないのか? ちょっ、おーい! 麻
 美?!(オン~オフ)」

   SE 様々な楽器の音の中に一際目立つオーボエの音。

麻美「(オーボエソロの練習、間違えて)あ、もう! また間違えた~」
千香「麻美、おっはよ~」
麻美「あ、おはよう、千香」
千香「(笑いながら)相変わらず、ご機嫌ナナメだねぇ」
麻美「(ため息)朝から見たくもない顔を見てしまったせいよ」
千香「大変ね、生まれてから会ったことない父親と暮らすなんて」
麻美「あんなの父親とは思ってない! 知らない人と暮らしてるような気分
 だよ」
千香「(笑いながら)知らない人って。それはちょっとね~」
麻美「笑いごとじゃないよ(ため息)オーボエソロも任されて、私の人生、
 順調に進んでたのにさ」
千香「ああ、それがさ、聞いた? 今度の演奏会、中止になるかもって」
麻美「は? なんで?」
千香「学校から助成金が出ないらしいよ」
麻美「え、うそうそ?! どうして?」
千香「最近、校長が学業重視になってきてるじゃん」
麻美「うん」
千香「その影響で、予備校行くからって辞めちゃう部員が多いんだよ」
麻美「そういや、朝練来る人も減ってきてるような……」
千香「部員も減って助成金も減らされて。それで余計、活動しにくくなっち
 ゃうんだよね」
麻美「それじゃあ、また部員が減っての繰り返しじゃん」
千香「結局、お金も人も足りないのよ。演奏会するには」
麻美「そんなぁ……」

   SE ちらほら聞こえる楽器の音。
   SE 玄関の引き戸の開閉音。

麻美M「また今日も、家に帰るとあいつがいる」

遠山「おかえり、麻美」
麻美「……」
遠山「夕食できてるぞ。今夜のおかずは唐揚げだ。父さん、こっちに来てか
 ら、唐揚げ屋で働き始めたろ? ほら、駅前の。そこで余った唐揚げ貰っ
 てきた。好きだろ? 唐揚げ。嫌いな奴なんかいないもんな(笑う)ん? 
 どうだ、美味そうだろ~? ほら、好きなだけ食え食え」
麻美「いらない」
遠山「え? 好きじゃないのか?」
麻美「嫌いになった」
遠山「な、なんだ、学校で嫌なことでもあったのか?」
麻美「……べつに」
遠山「毎日帰りが遅いな。吹奏楽部だっけ? 練習大変なんだなぁ。麻美
 は、何の楽器やってんだ?」
麻美「……(ため息)」
遠山「え? あ、麻美? おい、ちょっと、どうした?!」

   SE 階段を駆け上がる足音。
   SE ドアを乱暴に閉める音。

麻美M「毎日毎日、うるさいなぁ。私の機嫌を取ろうと必死になっちゃっ
 て……あいつのああいうところに、うんざりするのよ」

   SE 合奏前のチューニングの音。
   SE 指揮棒で叩く音で静かになる。

顧問「え~知ってる者も多いだろうが、今回の演奏会の開催が厳しい状況に
 なっている。だが、おまえたちは余計な心配はせず、まず目の前の曲に集
 中しろ。いいな?」
部員たち「はい!」
顧問「合奏始めるぞ。まずは『ガブリエルのオーボエ』から」

   SE 『ガブリエルのオーボエ』の頭からオーボエソロを少し吹く。

顧問「(指揮棒で叩いて演奏止める)ダメだ! もう一度やってみろ!」

   SE オーボエソロ、同じ箇所。

顧問「(演奏止めて)集中していない! もう一度!」

   SE オーボエソロ、同じ箇所。

顧問「(演奏止めて)もう一度!」
麻美「(ソロ吹いている途中、中断して)あっ……」
顧問「どうした?」
麻美「すみません、リードが割れてしまいました」
顧問「他のリードは?」
麻美「はい(試し吹きして)……すみません、他のもあまり……」
顧問「(ため息)しかたない。次の合奏までにちゃんとしたリードを用意し
 ておけ」
麻美「……はい」

   SE カラスの鳴き声。

千香「麻美!」
麻美「千香」
千香「楽器屋行くんだよね? 私もバルブオイルなくなりかけで。一緒に行
 こ」
麻美「うん」

   SE 街の雑踏。

麻美M「楽器屋の前であいつが立っていた」

遠山「オーボエか……」
麻美「あっ……」
千香「どうしたの? 麻美、急に立ち止まって。行かないの?」
麻美「う、う~ん」
千香「ん? あそこにいるおっさん、知ってる人?」
麻美「い、いや、知らない」

   SE 自動ドアの開閉音。

楽器屋の店主「いらっしゃいませ。お客さん、気になるんですか?」
遠山「えっ?」
店主「いつも、その張り紙をご覧になっているので」
遠山「ああ、いや……」
店主「知り合いでオーボエ吹いてる方、いらっしゃるんですか? よろしけ
 れば」
遠山「あ、いや、べつに、なんでもないです(足早に立ち去る)」
千香「あっ、行っちゃった。何見てたんだろ? ま、いっか。行こ」
麻美「う、うん」

麻美M「店に入る前、ふと気になって、あいつが見ていたものを見てみた。
 オーボエ講師の募集? なんで、あんなやつがこんな貼り紙を?」

   SE 自動ドアの開閉音、雑踏の音が静かになり、クラシックのBG
      Mが流れる。

千香「えーっと、ああ、あったあった。麻美は? オーボエのリード買うん
 だっけ?」
麻美「うん、合奏の時、割れちゃったし……使えるリードも他になくてさ」
千香「あ、それならここにあるよ。うわ、一本、三千円もするの?!」
麻美「そうだよね、やっぱり三千円するよね……どうしよう……」
千香「あれ? 買って行かないの?」
麻美「う~ん、やっぱりお金ないから、今日はやめとく」

   SE 街の雑踏。
   SE ドアをノックする音。

遠山「(オフ)麻美?」
麻美「……」

   SE ドアをノックする音。

遠山「(オフ)麻美? 麻美?」
麻美「(イライラしたように)何?」

   SE ドアを開ける音。

遠山「(オン)夜食持ってきた。ほら、肉まん。夜遅くまで勉強大変だな」
麻美「はぁ? いらない」
遠山「遠慮するな。育ち盛りだもんな。夕食だけじゃ足りんだろ。ここに置
 いておくぞ。ん? なんだこれ、求人誌じゃないか。金がいるのか?」
麻美「……べつに」
遠山「部活もやってるんだから、わざわざおまえが働く必要はない。おまえ
 のために、父さんが働いているんだから」
麻美「……」
遠山「何に使うんだ? 何か欲しい物でもあるのか? え?」
麻美「(小声で)……べつに」
遠山「ん? 何だって? 聞こえないなぁ。遠慮するな。はっきり言ってい
 いんだぞ。金がいるなら、ほら、これを使いなさい。おまえのために稼い
 だ金なんだから。(ガサガサと封筒の音をたてながら)いくらいるん
 だ?」

麻美M「こいつの、こういうところが鼻につく」

遠山「え~と、今月の支払いとかもあるからこれくらいか」
麻美「うるさいなぁ! いいから早く出てってよ!」
遠山「え、あ、麻美?!」

   SE 床に皿が落ちて割れる音。

麻美「あ~もう! なにしてんのよ!」
遠山「え、ああ、悪い……」
麻美「(舌打ち)……最悪」
遠山「……すまん。すぐ片付けるから」
麻美「(不機嫌そうなため息)」
遠山「あ、麻美。そこに置いてある楽器ケース、もしかして……オーボエ
 の……なんだ、おまえ、オーボエやってるのか?」
麻美「は? だったら、何?」
遠山「え、いや、その……」
麻美「なによ、あんたには関係ないでしょ! 私とお母さん置いていったく
 せに。家族から逃げたくせに、今さら……もう、ほっといて!」
遠山「え、あ、麻美」
麻美「早く出てって!」

   SE ドアを乱暴に閉める音。

遠山「麻美……」

麻美M「あいつと暮らし始めてから、何もかもうまくいかない」

   SE ちらほら聞こえる楽器の音、その中に談笑してる部員の声。

部員A「今度のさぁ、テスト範囲、ヤバくない?」
部員B「ああ、あれな。広すぎだろ」
部員C「ほんと、勉強する時間足りな~い」

   SE 乱暴に譜面台を床に置く音。

麻美「ちょっと! ちゃんと練習してよ!」
部員A「なんだよ、イライラしちゃって。八つ当たりかよ」
麻美「そんなんじゃない! 演奏会、近いんだから集中してって言ってん
 の!」
部員A「そうは言ってもさぁ、中止になるかもしれないんだよ? やっても
 無駄さ」
部員B「そうそう。なんかね、やる気になんないんだよなぁ」
部員C「ねぇ~」

   SE 部員たちの笑い声。
   SE 街の雑踏。

千香「麻美、元気だしなよ。皆が皆、やる気ない人ばかりじゃないって」
麻美「うん……」
唐揚げ屋の店長「(オフ)おい! 何してんだ!」
千香「わっ、びっくりした~! 何? ああ、あそこの唐揚げ屋だ」

   SE 唐揚げを揚げる音。

店長「遠山~、何回言ったら覚えてくれるんだ?」
遠山「すいません、店長」
店長「年下の店長の言うことなんか聞きたくないってか?」
遠山「そ、そんな?!」
店長「いい加減、仕事覚えてくれないと困るんだよ。頼むよ、おじさん」
遠山「はい……」

   SE 唐揚げを揚げる音。

千香「うわぁ、おっさん怒られてる。だっさ~。あれ? あの人、なんか見
 たことあるような」
麻美「あ、ああ、いや、そんなことないよ。ほら、千香、早く行こ行こ」

麻美M「なんで私がこんな思いしなきゃなんないの? あんなやつのせい
 で……」

   SE カラスの鳴き声。

麻美「ねぇ、千香……一人暮らしするには、いくらかかるかなぁ?」
千香「えっ? 一人暮らし?」
麻美「やっぱり、結構するんだろうなぁ(ため息)」
千香「(からかうように)なあに、また例の父親ともめたの?」
麻美「やめて! 父親だなんて……あいつのせいよ。あいつが来てから、嫌
 な事ばっかでさ」
千香「麻美……」
麻美「(ため息)今度の演奏会のソロ頑張りたいのに……そのためにも、新
 しいリード買いたいけど、お金かかるし……あ~あ、なんか嫌になっちゃ
 う」
千香「麻美、お金ほしいの?」
麻美「ん~? そりゃね」
千香「……あのさ、これ、内緒なんだけど、私、バイトやってるんだ」
麻美「えっ?! いつの間に?! そんな時間ある?」
千香「部活の後でもできるバイトなんだ。でさ、うちのバイト先、今、人手
 不足なんだけど、よかったら働いてみない?」
麻美「え~、でも……」
千香「だって麻美、その父親なんかに頼りたくないでしょ?」

   SE 繁華街の雑踏。
   SE 扉が開き、賑やかなBGMが流れる。

千香「店長! 連れてきました~」
バイト先の店長「おお。その子が言ってた麻美ちゃん?」
麻美「どうも……よろしくお願いします」
店長「うちはね、サラリーマンとか男の人のお客さんが多いんだけど、一緒
 に散歩するだけの簡単な仕事だから」
麻美「えっと……それって、つまり、JKお散歩とかいう……」
店長「ま、簡単に言うとそうだね」
麻美「それってヤバいんじゃ……」
千香「全然大丈夫。こういうことはしちゃダメって店の決まりがちゃんとあ
 るし、安全だよ。ね? 店長! (笑いながら)ていうか、おっさん相手
 に散歩以外のことなんかやりたくないし」
店長「え~と、バイト代だけど、うちはね、三十分三千円、一時間六千円の
 コースがあるんだ。君の取り分は料金の半分。つまり、一時間コースだと
 三千円が君のものになるってこと」
麻美「三千円?!」
店長「あと、指名料千円を交通費として全額、もちろん日払いで」
店員「(オフ)店長、お客さんですよ~!」
店長「あ~い。じゃあ、早速やってもらおっか」
麻美「えっ? もうですか?!」
千香「大丈夫だよ、麻美。頑張ってね~」
麻美「う~ん……」

   SE 繁華街の雑踏。

店長「はい、これ今日の分」
麻美「えっ?! こんなに?!」
店長「じゃあ、また明日もよろしく~」
麻美「は、はい、お疲れ様でした」
千香「(オフ)麻美~!」
麻美「千香!」
千香「(オン)どうだった? 簡単でしょ?」
麻美「うん……だけど、男の人と散歩してお金を貰うのは……」
千香「でも、こんな楽に稼げるバイト、他にないよ」
麻美「うん……そうだよね……」

   SE 玄関の引き戸の開閉音。
   SE ドタドタと歩く音が近づいて。

遠山「麻美! やっと帰ってきた。どこ行ってたんだ?」
麻美「べつに……部活よ」
遠山「部活にしては遅いじゃないか」
麻美「演奏会が近いんだからしょうがないじゃん」
遠山「最近、いつもそうだろ。本当はどこ行ってるんだ?」
麻美「うるさいな! 疲れてるんだから、どっか消えて!」

   SE 階段を駆け上がる足音。

遠山「麻美?! 待ちなさい!」

   SE ドアを乱暴に閉める音。
   SE ちらほら聞こえる楽器の音、その中から聞こえるオーボエソ
      ロ。

麻美M「日に日に減っていく部員。私だけがここにしがみついているような
 気分がしてきた」

麻美「(吹くのをやめて)なんか楽しくないなぁ……」

   SE 近づいてくる複数の足音。

麻美「あれ? 何してるの? 皆、今日合奏でしょ?」
部員A「荷物取りに来ただけ。俺たち部活辞めたんだよ」
麻美「えっ? 辞めた?!」
部員B「うん、予備校あるし忙しいんだ」
部員C「来年受験だしね」
部員B「そうそう、今のうちに勉強しなくちゃ間に合わないよ」
麻美「そんな……だからって辞めなくてもいいじゃん。もうすぐ演奏会ある
 んだよ?」
部員A「こんな人数でできると思うか? どうせ中止になるって」
部員C「麻美もさぁ、もっと時間を有効に使った方がいいよ」
麻美「でも……」
部員A「じゃあな、俺たち急ぐから」

   SE 去って行く複数の足音。

麻美「(ため息)なによ……」
千香「麻美~」
麻美「千香」
千香「今日もバイト行くよね?」
麻美「うん……」
千香「店長から連絡あってさ、今日は忙しいから早めに来てくれって。ね
 ぇ、私らも辞めて、さっさとバイト行っちゃおうよ」
麻美「え、でも……」
千香「他の皆も辞めてるんだから、べつにいいじゃん。私らだけが真面目に
 することないよ」
麻美「う、うん……」

   SE 繁華街の雑踏。

客「今日はありがとう。楽しかったよ」
麻美「じゃあ、時間ですのでここまで」
客「ねぇ、この後どっか行かない?」
麻美「えっ?」
客「ホテルとかさ。あ、ああ、お金はもちろんわたすから。ほら、これでど
 う?」
麻美「い、いや、規則で決まってますから。そういうことはできません」
客「大丈夫だって。二人だけの秘密にしたら。ねっ? いいだろ?」
麻美「そんな、困ります」
客「大丈夫、大丈夫。行こうよ。ほら」
麻美「えっ?! ちょ、ちょっと離してください!」
客「いいじゃん。行くよ」
麻美「や、やめて! 離してよ!」
遠山「(オフ)麻美!」
麻美「えっ?」
遠山「(オン)おい、おまえ、麻美から離れろ!」
客「はぁ?! なんだ、てめぇ! うるせぇぞ!」
遠山「なんだとはなんだ! 麻美、この男は誰だ!」
客「はぁ?! おめぇこそ誰だよ!」
遠山「この子の父親だ!」
客「ち、父親?! うわ……あ、い、いや、僕は何もしてませんから。じゃ
 (慌てて走り去る)」
遠山「(ため息)ったく……麻美! 最近、帰りが遅いから後をつけてみれ
 ば、こんな……何やってんだおまえは!」
麻美「(ため息)最低……なんなのよ、あんた」
遠山「麻美、こんなバイト辞めなさい! おまえ、自分が何やってんのか、
 わかってるのか!」
麻美「うるさいな! べつに、私の勝手でしょ! あんたにとやかく言われ
 る筋合いなんてないんだから!」
遠山「なぁ、麻美。おまえ、こんなことしてていいのか? 前は遅くまで練
 習頑張ってたじゃないか。演奏会だってあるんだろ? 最後までやり遂げ
 ないとおまえ(後悔するぞ)」
麻美「(遠山の言葉をさえぎって)あんただって何もやり遂げていないの
 に、えらそうなこと言わないで!」
遠山「えっ……」
麻美「私のためだとか余計なことばっかりしちゃってさ。罪滅ぼしのつも
 り? (鼻で笑って)ただの自己満じゃん」
遠山「う……でもな、麻美……」
麻美「なによ! 今さら父親面して! あんたなんか父親とは思ってない! 
 勝手に出て行ったくせに! 自分の事は棚に上げて、私を責める資格、あ
 んたにはない!」
遠山「あっ、麻美!」

麻美M「もう限界。やっぱりあいつとは暮らしていけない。出て行こう」

   SE 玄関の引き戸を開ける音。
   SE 襖を開ける音。

麻美「(ガサゴソと探しながら)鞄……たしか、ここにあったはず……無いな
 ぁ、どこいったんだろ……あれ? これは(ケースを開ける音)オーボ
 エ……なんでこんな所にあるんだろう? あ、イニシャルが書いてある……
 S・T……誠司、遠山? まさか、あいつの?!」

   SE 『ガブリエルのオーボエ』のオーボエソロ。

麻美M「私の母は、オーボエが好きだった」

   SE ドアを開ける音。

麻美「ただいま。お母さん、またその曲聴いてるの?」
美穂「おかえり、麻美(微笑む)オーボエの音色が好きなのよ」
麻美「ふ~ん、いいね」
美穂「昔、このソロを吹くのがとても上手な人がいてね……この曲はお母さ
 んの思い出の曲なの」
麻美「ほんと、好きなんだね。そうそう、お母さん。今日、中学の吹奏楽部
 の体験入部だったんだ」
美穂「あら、そうなの」
麻美「私、オーボエに決めた」
美穂「えっ……」
麻美「何? なんで、そんなに驚くの?」
美穂「い、いえ……いいじゃない」
麻美「私もオーボエ好き。なんでだろうね、他の楽器吹いてみても、やっぱ
 りオーボエがいいと思って。お母さんの影響かな?」
美穂「そうかもね……お母さん、嬉しいわ」
麻美・美穂「(楽しそうに笑う)」

麻美M「あの時は母の影響だと思ってたけど、本当は私、あいつの影響を受
 けてたんだ。知らず知らずのうちに……そうか、だから母は、私がオーボ
 エを選んだ時、私とあいつのつながりを感じたんだ。言い聞かせたわけで
 もなく、自らオーボエを選んだ私を見て……」

   SE 『ガブリエルのオーボエ』のオーボエソロが終わる。
   SE 学校のチャイムの音。
   SE 部室の扉を開ける音。

麻美「あれ? 音してないなぁ。今日も練習あるはずなのに、皆、どうした
 んだろ?」

   SE ざわざわと騒いでいる部員の声。

麻美「ん? 何騒いでるんだろ?」
部員D「あっ! 麻美!」
麻美「どうしたの?」
部員D「大変! 今日で廃部だって」
麻美「廃部?! えっ?! ちょ、ちょっと待って! な、何言ってる
 の?! 廃部だなんて……冗談だよね?」
部員D「冗談でこんなこと言わないよ! 先生から連絡あって、残念だけ
 ど……」
麻美「うそ……廃部だなんて」
部員D「もう小編成でやっていく程の部員もいないし……まあ、今までもギ
 リギリだったし、これでも結構もった方じゃない?」
麻美「そ、そんな……」

   SE 唐揚げを揚げる音。

遠山「す、すいません! 店長」
店長「遠山~、もう今日で何回目だよ。これじゃ売り物になんねぇだろ!」
遠山「すみません!」
店長「やっぱりやる気ないんだろ? あったらもっと必死になって仕事覚え
 ようとするもんな(ため息)もう明日から来なくていいから」
遠山「えっ?! ちょ、ちょっと待ってください! 困ります!」
店長「困ってんのはこっち。さあ、忙しいんだから、邪魔邪魔」
遠山「そんな……」

麻美M「家にも学校にも私の居場所がない。そんな気がして街をぼーっと歩
 いていた」

   SE 複数の車がスピードを出して通り抜ける音。

麻美M「(ため息)どうしよう……廃部だなんて……ちゃんとソロ吹けないま
 ま終わっちゃうなんて……(ため息)ん? なんか前のおじさん、フラフ
 ラ危なっかしいなぁ。こんな時間から酔っ払ってんの? ここは車の通り
 も激しいのに、あっ!」

   SE 車のクラクションの音。

麻美「危ない!」
遠山「わぁっ!」

   SE ドサッと倒れる音。
   SE 車がスピードを出して通り抜ける音。

麻美「(息を切らして)危なかった~……大丈夫ですか?!」
遠山「イタタタ。え、あ、はい……って、あ、麻美?!」
麻美「えっ? げっ、あんたかよ」
遠山「な、なんだ、父さんのこと助けてくれたのか?」
麻美「べつに……あんたとは知らなかっただけだし……」
遠山「そうか……」

   SE カラスの鳴き声。
   SE 遠くで子供たちが遊ぶ声。

遠山「もう夕方か……さすがにこの時間になると寒くなってきた、うっ……
 ぷ」
麻美「ちょっともう。どんだけ飲んだのよ」
遠山「いやぁ……ははっ」
麻美「(ため息)そこのベンチでちょっと休んだら?」
遠山「ああ……」

   SE 自動販売機からガタンとペットボトルが落ちてくる音。

麻美「ほら、水でも飲んで酔い醒まして」
遠山「すまん……(ペットボトルを開けて飲んでため息)じつは、父さん
 な……仕事、クビになっちゃったんだ」
麻美「……」
遠山「あ~あ、どうしよう。これからさ、また新しい仕事となると……こん
 な役に立たない人間、雇ってくれるとこあるかなぁ」
麻美「……」
遠山「(苦笑い)駄目だな、父さん、おまえのために働かないといけないの
 に。役立たずだよな、やっぱり(ため息)」
麻美「……じゃあ、なんで戻ってきたの?」
遠山「えっ?」
麻美「役に立たないって自覚してるくせに……そんな気持ちで私を引き取ろ
 うとして来たの? (ため息)よくできたね。そんな無責任な事」
遠山「い、いや、そんな……」
麻美「……そもそも、なんで……私を棄てたの?」
遠山「違う……棄てたんじゃない」
麻美「今まで私とお母さん、ほったらかしにしてたじゃない」
遠山「それは……」
麻美「あんたのせいよ! あんたのせいで、私とお母さんがしなくてもいい
 苦労をさせられた。幼稚園の時、父の日の似顔絵、私だけ描けなかった。
 皆は楽しそうに描いてるのに、私だけ父親の顔を知らない。そもそも父親
 ってものがわからなかった……」
遠山「麻美……」
麻美「そう、お母さんだって、毎日夜遅くまで働いて、倒れそうになりなが
 らも私を育ててくれた。母子家庭で家計が苦しいのに、私のために楽器も
 買ってくれて……それなのに周りから、旦那に捨てられただの、惨めな女
 だの散々陰口叩かれて……あんたが私たちを棄てなければ、こんな辛い思
 いしなくてもよかったのに。全部、あんたのせいよ!」
遠山「……すまない」
麻美「そんな無責任な一言で片づけられるとでも思ってんの? 冗談じゃな
 い」
遠山「わかってる……謝って許されるようなことじゃない」
麻美「わかるわけないよ。いつも口ばっかのあんたに……わかるわけない」
遠山「ああ、そうかもしれないな」
麻美「だったら……」
遠山「オーボエ……だよな。おまえがやってる楽器……吹くの、楽しいか?」
麻美「はぁ?」
遠山「オーボエ……好きか?」
麻美「……何よ? 今さら」
遠山「……父さんな、昔、オーケストラでオーボエ吹いてたんだ。ただ、そ
 のオーケストラは今はもう、つぶれてしまったんだがな」
麻美「……」
遠山「麻美……おまえがオーボエをやってるって知った時、父さん、嬉しか
 ったんだ。やっぱり、おまえも父さんの子なんだと思えて」
麻美「……」
遠山「……オケがつぶれた時、自暴自棄になってしまったんだ。自分の夢
 も……何もかもなくした気になって、家族に当り散らした。当時、おまえ
 を身ごもっていた母さんは、こんな腑抜けといてくれようとした」
麻美「ならどうして、出て行ったの?」
遠山「……」
麻美「やっぱり私の事、いらなかったんだ」
遠山「違う! いらないわけないじゃないか。仮にいらない人間がいるな
 ら、それは父さんの方だ」
麻美「……」
遠山「耐えられなかった。どうしても、母さんの眼の奥に蔑みの色を見てし
 まう……それは自分の中に自分を蔑む心があったんだろうな。逃げてしま
 った……無責任で本当にすまなかった。でも、それじゃいけないんだ。お
 まえは……麻美は、逃げちゃいけない! 逃げてほしくないんだ……」
麻美「……」
遠山「……すまない、またえらそうなこと言ってしまったな。何を言っても
 言い訳になってしまうだろうけど、ただ、おまえにだけは、わかってほし
 いんだ」
麻美「……」
遠山「逃げちゃいけない……そうだよ、逃げちゃいけないんだよなぁ……だけ
 ど、俺、不器用だから、オーボエ以外、何もできないし……駄目だ(ため
 息)やっぱり、父親失格だ」
麻美「……いいじゃん、べつに……オーボエだけでも」
遠山「え?」
麻美「お母さん……オーボエ好きだったんだよ。毎日のようにオーボエの曲
 聴いてて、思い出の曲だなんて楽しそうに話してた」
遠山「母さんが?」
麻美「お母さんはべつに……あんたの事、軽蔑してなかったんじゃないか
 な」
遠山「そうか……」

   SE 学校のチャイムの音。
   SE 紙の束をバサバサと揃える音。

麻美M「……あいつの言葉に心を打たれたわけではない。ただ、自分の責任
 を果たしたいと思っただけ」

   SE 下校途中の生徒たちの雑踏。

麻美「吹奏楽部を立て直すため、ご協力よろしくお願いします! あの……
 一緒に吹奏楽部を立て直して、演奏しませんか?」
生徒1「あ~ダメダメ。今度、予備校の実力テストあるし」
生徒2「私、楽器やったことないし、無理だよ~」
生徒3「え? 吹奏楽部? そんな部あったっけ?」
生徒4「ヤダ~。部活なんてやってたら、遊ぶ暇なくなっちゃうじゃん」
麻美「吹奏楽部を立て直すため、ご協力よろしくお願いします! よろしく
 お願いしまーす! (ため息)……そう簡単にはいかないか」

   SE 求人誌のページをめくる音。

遠山「(ため息)やっぱり、この歳じゃ、なかなか仕事見つからないよな」

   SE 求人誌をパタンと閉じる音。

遠山「駄目だ。資格も何も持ってないんじゃ……オーボエ……それしか……やっ
 てみるか」

   SE 襖を開ける音。

遠山「えっと……まだあるかな……ああ、あった。ここか(埃を吹き払う)母
 さん、残してくれていたんだな……吹けるかな?」

   SE 恐る恐るといった様子のオーボエの音。

遠山「お、まだ鳴るなぁ」

   SE ゆっくりと吹き始める『ガブリエルのオーボエ』のオーボエソ
      ロの一節。

遠山「(吹くのをやめて)懐かしいな。よく吹いたもんだ、このソロ(自嘲
 気味に笑い)……何やってんだか」

   SE 学校のチャイムの音。

麻美「吹奏楽部を立て直すのため、ご協力よろしくお願いします! 吹奏楽
 に興味のある方、一緒に演奏しませんか? よろしくお願いしまーす!」

   SE 駆けつける足音。

教師「コラッ! そこで何してる! 学内での無許可のビラ配りは禁止だ
 ぞ!」
麻美「すいません……でも、私、吹奏楽部を立て直したいんです!」
教師「はぁ? そんなこと言っても、もう廃部って決定されてるんだ!」
麻美「でも……」
教師「(遮って)さあ、下校時間はとっくに過ぎてる。帰りなさい!」

   SE カラスの鳴き声。

麻美「(ため息)ダメか……」

   SE 紙が落ちる音。

麻美「(くしゃくしゃになったチラシをひろげて)配ったチラシも、こんな
 に捨てられて……」

   SE 玄関の引き戸の開閉音。

麻美「(小声で)ただいま……」

   SE 遠くに聞こえるオーボエの音。

麻美「オーボエ? この曲は……」

   SE そっと襖を開ける音。
   SE 『ガブリエルのオーボエ』のソロの一節。

麻美M「あいつが背を向けて、オーボエを吹いていた」

   SE そっと襖を閉める音。

麻美M「私はしばらくその場で、あいつのオーボエを聴いた。やっぱり、あ
 いつは私の父親という事。認めたくない。認めなければいけない。今まで
 そんな思いが頭の中をグルグルまわっていた。でも、母が好きだったこの
 曲……私とあいつのつながりを母が遺してくれたような気がする。やっぱ
 り、私とあいつは親子なんだ。この曲を聴いていたら、初めて家族三人が
 揃った。そんな気がした」

   SE 静かに階段を上がる足音。
   SE 静かにドアを開閉する音。

麻美M「自分の部屋に戻ると、廃部になって以来そのままだったオーボエが
 目に入った。私はそのオーボエを手に、あいつの所へ戻った」

   SE そっと襖を開ける音。
   SE 遠山が吹く『ガブリエルのオーボエ』のオーボエソロに、麻美
      のオーボエが重なる。

遠山「(吹くのをやめて)麻美?」
麻美「(吹くのをやめて)私も……」
遠山「なんだ、おまえ、この曲知ってたのか?」
麻美「演奏会のソロ、この曲だったから」
遠山「そうか……もう一度、最初から吹いてみるか」
麻美「……うん」

   SE 麻美と遠山で吹く『ガブリエルのオーボエ』のオーボエソロ。

麻美M「初めはお互いぎこちなく吹いていた。私はいつも走り気味に吹いて
 しまう。それを落ち着かせるように、あいつのオーボエの音が寄り添って
 きた。あいつが遅れ気味な時は、私が引っ張って、お互いの欠点をカバー
 するように……次第に支え合うようになって、私とあいつのオーボエの音
 色が重なり合っていった」

麻美「(吹き終わって)……久しぶりに吹いたの?」
遠山「ああ、オケつぶれて以来、吹いていなかったからな」
麻美「ふ~ん、結構吹けるんだ」
遠山「いやぁ、でもさすがに現役の頃と比べるとな」
麻美「……オーボエ吹くの、楽しいね」
遠山「ああ……父さん、やっぱりオーボエ好きだったんだ。やっとわかった
 よ」
麻美「私も、オーボエ好きだよ」
遠山「麻美……」
麻美「……オーボエっていいね」
遠山「ああ、そうだな」

   SE 小鳥の鳴き声。

遠山「(慌ててやって来て)すまん! 麻美、父さん寝坊しちゃって……あ
 れっ? いない。朝食、あいつ作ってくれたんだ。ん? 手紙? 『お父
 さんへ……今日は早めに学校行ってきます。麻美』そうか、もう行っちゃ
 ったのか……えっ? お父さん?! (少し笑って)お父さんか……」

   SE 学校のチャイムの音。
   SE 登校中の生徒たちの雑踏。

麻美「おはようございます! 吹奏楽部を立て直すため、ご協力よろしくお
 願いします! よろしくお願いしまーす!」

   SE 街の雑踏。
   SE 自動ドアの開閉音、雑踏の音が静かになり、クラシックのBG
      Mが流れる。

店主「いらっしゃいませ」
遠山「あの~……あそこに貼ってるオーボエ講師の募集って、まだやってい
 ますか?」

   SE チャイムの音。
   SE 紙の束を揃える音。

麻美「さてと。チラシ、これくらいで足りるかなぁ」
生徒5「あの~、えっと……」
麻美「はい?」
生徒5「遠山……麻美さんですよね?」
麻美「はい、そうですけど……」
生徒5「吹奏楽部の、このチラシを見て来たんですけど……」
麻美「えっ?! あ、はい!」

麻美M「今度はうまくいくはず。私も……そして、父も」

                              (了)

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