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MGCにマラソンの可能性を見た。大逃げ、大口、大いに結構!

 2019年9月15日、午前8時45分。

 まだ青緑が目に眩しい神宮外苑いちょう並木の下で、30名のランナーが号砲を待っていた。東京オリンピック出場を賭けたMGC男子のレースである。

 MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)とは、昨年8月の北海道マラソン以降、いくつかの国際レースで厳しい条件をクリアした選手だけが出場を許されるオリンピック選考会である。上位2名に出場権が与えられるこのレースは、ほぼ「一発勝負」と言ってよい。

 逆に言うと、ほかのレースでどんなに傑出した記録を出しても、このレースで結果を残せなければオリンピックには出られないのである。実に厳しい世界だ。

 この「一発勝負」には開催前には多くの賛否両論があった。(まぁ、どんな仕組みにしても両論はあるのだろうが……)だが、選考基準・方法の是非は置いておいて、純粋に一つのレースとして見た時、非常に白熱した面白いレースであったことは疑いの余地がないだろう。

 ただのしがない市民ランナーである筆者の主観で、「オリンピック選考レース」と「国内トップレベルのマラソン大会」のいう二つの視点から、今回のレースを振り返ってみたいと思う。


走る前から期待感しかない

 時間と場所は朝9時前のいちょう並木に戻る。記事冒頭のスタート直前のシーンだ。画面に映るのは——「青緑が目に眩しい」なんていかにも現地で見てきたような物言いをしたが、テレビ観戦をしたのだ——いつもどおり飄々とした表情の設楽悠太。靴紐を気にしたのか、屈みこんだために画面から消える。その様子を隣の選手の険しい視線が追った。大迫傑である。

 この時点でワクワクする。昨年の東京マラソンで日本人トップでゴール、同時に16年ぶりに日本新記録を出し、報奨金1億円を手にした設楽。その8か月後のシカゴマラソンで設楽の記録を破り、日本人初の2時間5分台で同じく1億円を手にした大迫。この二人が並んでいるのだ。

 さらには青山学院の選手として箱根駅伝に出場し、5区山登りで「山の神」と呼ばれた神野大地や同じく箱根で活躍した服部勇馬、井上大仁、中村匠吾などまさに錚々たる面々だ。いったいどのようなレースになるのだろうと期待感が高まる。さながら、天下一武道会を観る観客の気分だ。

 ちなみに、設楽も大迫も箱根駅伝を走った選手だ。近年は箱根を走った選手がマラソン競技の第一線で活躍するケースが増えたように思う。


想像以上のスタートダッシュ

 レースはスタート直後から予想外の展開となった。設楽がいきなり飛び出し、そのままあっという間に2位以下を引き離す。その後も3分/kmペースで走り続け、一時は2位グループと2分以上の差を付けた。たぶん観戦していた誰もが思ったはずだ。「おいおい、大丈夫かよ」と。

 もっとも、設楽が早い段階で飛び出すことはある程度予想通りではあった。もともと前半からハイペースで入るタイプだったし、前日の会見ではこんなことを言っていた。

前半ハイペースでいけば誰もついてこないと思う。それだったら、後半ペースを上げられないくらい、前半から突っ込んでいく。(中略)最初の30キロで勝負はついていると思う。(中略)それぐらいの練習はやってきた。

 並みいる強豪選手を前に、なかなかのビッグマウスである。

 結果はと言うと、30kmを過ぎたあたりから急激に失速。40km手前で後続に捕まったあとは、ずるずると順位を落とし最終的に14位でレースを終えた。


批判を厭わない覚悟を称したい

 結果だけを見れば、設楽の作戦は失敗だったと言わざるを得ないだろう。だが、それを責める権利は我々にはない。なぜなら、一番悔しいのは設楽だから。こうなるリスクは百も承知で選択した走りだっただろうから。

 おそらく彼はこう考えたんじゃないかと思う。

MGCでぶっちぎりで勝つくらいじゃないと世界とは戦えない

 あたかも設楽のセリフを引用したみたいに書いたが、彼はこんなこと言っていない。完全に筆者の憶測だ。憶測ではあるが、ついこの間まで日本記録保持者だった彼がオリンピック出場が掛かったレースで勝算もなく、赤坂ミニマラソンの猫ひろしみたいに、ただ目立ちたいがために後先考えずに飛び出したなんてことはあるはずもない。リスクを考慮したうえで、「オリンピック内定をもらうため」ではなく、「オリンピックで勝てるという自信を得るため」に攻めのレースを展開したのだろう。オリンピックと同じ夏の、まったく同じコースでのレース。設楽はMGCをオリンピックの「選考会」ではなく「前哨戦」と考えていたのではないか。だからこその、あの走りだったのだと思う。

 私はリスクを恐れず、勇気ある選択をした設楽を称えたいと思う。


マラソン競技の今後の可能性を示すレースだった

 レース結果はと言うと、設楽を捉えてからは中村、服部、大迫の3選手の抜きつ抜かれつの展開となった。実に見ごたえのあるレースだった。正直を言うと、筆者は設楽が追いつかれた段階で大迫の優勝だと思っていた。

 だが、終わってみれば、中村の優勝、服部が2位でこの二人がオリンピック内定。大迫は5秒差の3位で今大会での内定を逃した。なんという熾烈な戦い。失礼な話ではあるが、大会前に中村の勝利を予想した人がどれだけいただろうか。設楽・大迫・服部・井上の四人が「BIG4」と呼ばれる中で、中村はダークホース的なポジションであったことは否めない。だが、「マスメディア的な表舞台」から離れたところで人一倍の努力をしてきたのだと思う。でなければ、あの終盤の粘り強さは出せるはずもない。

 なお、オリンピックには最終的に3選手が出場できる。今大会で中村、服部の内定が決まったので、あと一枠残されていることになる。その最後の一枠の条件は「大迫の日本記録を破ること」。もし今後の対象レースでその条件が満たされなかった場合は、MGCで3位の選手が内定となる。つまり大迫だ。今大会で大迫が3位になったことで、奇しくも両方の条件において大迫が3つ目の椅子を守る形となった。

 ここでふと思った。もし今回大迫が4位以下になっていたら、大迫がオリンピックに出場する条件は「自分の日本記録を超えること」になっていたということか。自分に勝つ。まったくもってレベルが違うが、ランナーの端くれとして感じる。自己ベスト出すことは、他人の記録を超えることよりも数段難しい。


MGCは今後も続けるべきではないか

 最初に書いたように、ほぼ一発勝負でオリンピック出場選手を決めることの是非は議論の余地があるように思う。だが、複雑怪奇な選考基準で気がついたら出場選手が決まっているよりはよほど透明性があり、本番と同じ時期に同じコースのレースで決めるというのは理にかなっていると筆者は思う。一発勝負であることは有力選手が選考に漏れるリスクを孕んではいるが、オリンピックこそ問答無用の一発勝負であることも事実だ。(選手には酷だが)

 だが、私がここで言いたいのは、オリンピック選考会としてのMGCの是非ではなく、「MGCはレースとして最高にエキサイティングだった」ということだ。

 大げさな言い方かもしれないが、日本のマラソン大会がエンターテインメントとして発展した一つの例ではないだろうか。年間を通して様々なフルマラソンの大会、国際レースが行われているが、MGCほど日本のトップランナーが一堂に集うレースはこれまでにはなかった。他のスポーツであれば、国内のトップ選手が漏れなく参加して日本一を決める大会というのは少なからずあるように思う。

 プロランナーの道を選んだ神野大地やNikeオレゴンプロジェクトの大迫傑のように実業団に所属しない新しいランナーたちが出てきている昨今、マラソンもよりファンに「魅せる」スポーツとして発展していく時が来ているのではないだろうか。


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